モカとかくれんぼ妖精
※「かくれんぼ」をテーマにしていますが、夏のホラー2021参加作品ではありません。ほのぼのしたお話ですのでご安心ください(^^♪
「ずいぶん、くたびれてきたなぁ……」
日課の毛づくろいをしながら、黒猫のモカはふぅっとため息をつきました。石川家にやってきてから、どのくらいの月日がたったのでしょう? ネコたちは数を数えるのが苦手なので、モカも正確な年月はわかりませんが、自分のからだがずいぶん年を取ったことだけは感じています。
「そろそろおれも、『かくれんぼ妖精』の世話になる日が来るのかな?」
かくれんぼ妖精は、くたびれて疲れてきたネコたちを、『かくれんぼの国』へ連れていってくれる、ネコたちだけに見える不思議な妖精なのでした。モカも近所のノラ猫たちから教えてもらったのです。
「かくれんぼの国は、人間たちの乗ってるでっかい怪獣もいないし、お腹がすくこともない。その国へ行ったネコは、ずっとひなたぼっこして、遊びたいときは仲間とかくれんぼや追いかけっこして遊べるんだ。仲間たちもたくさんいて、みんな仲良く暮らしている……か」
楽しいはずのかくれんぼの国でしたが、モカはうかない顔で「にゃあ」とひと鳴きします。すると、うしろからとてとてと足音が聞こえてきたのです。
「モカ、みっけた!」
しっぽをつかまれて、モカはくるりとふりむきました。石川家の一人娘、心愛ちゃんが立っています。のっそりとモカも立ちあがって、心愛にすり寄り、もう一度「にゃあ」と鳴きます。
「つぎね、モカ、おに!」
「わーっ」と走っていく心愛に、モカは心配そうに声をかけます。
「おいおい、そんなよちよちしてんのに走んなよ」
もちろんモカの声は、人間には「にゃあ」としか聞こえません。心愛もモカが遊んでくれていると思ったのでしょう。「はぁっ」とわざとらしくため息をつくと、モカはしっぽをピンと立てて、それから心愛を追いかけようとします。すると……。
「やぁ、こんにちは。モカ君っていうのはきみのことかい?」
知らない声が聞こえてきて、モカは毛を逆立てて「シャァーッ!」といかくします。じりじりとあたりに視線をはわせるモカに、声の主はあわてて続けました。
「あぁ、待ってくれ、別にぼくは悪いやつじゃないよ。ぼくはかくれんぼ妖精のチャイだ」
「かくれんぼ妖精だってぇ?」
モカはまだ毛を逆立てたまま、信じられないといった様子で聞き返しました。
「そうだよ、かくれんぼ妖精だ。知ってるだろ?」
「あぁ、そりゃ知ってるけど……ホントに、本物?」
逆立てていたしっぽの毛を元に戻して、モカはしっぽの先をパタパタさせます。
「ホントに本物だよ。ちょっと待っててよ……」
突然目の前がピカッと光って、モカは思わず顔をそむけました。光が収まって顔をあげると、そこには背中に真っ白なつばさを生やした、真っ白な毛並みのすらっとしたネコが立っていたのです。サファイアとエメラルドのオッドアイで、しっぽも長くてしなやかな感じでした。
「……ホントに、本物だ……」
言葉を失うモカに、チャイは得意そうにしっぽをゆらしました。
「これで信じてくれただろう? じゃあ、改めまして、ぼくはかくれんぼ妖精のチャイ。モカくん、きみをかくれんぼの国に招待しにきたよ」
チャイの言葉を聞いて、モカのしっぽがピンと一直線になります。前足で顔をなでながら、「にゃっ」と短く鳴きました。
「へへっ、じつはおれもさ、そろそろかくれんぼの国へ行けるかなぁって思ってたんだよ。うれしいじゃんか、へへへ」
チャイのすぐそばに来て、モカが顔をすりよせます。チャイもくすぐったそうにしていましたが、やがて「なぁー」と甘えたような声を出しました。
「それじゃあ行こうか。心配はいらないよ。きみのからだは、ぼくがちゃんとかくれんぼの国まで連れていくからさ」
モカとチャイは、すりよせていた顔を離しました。チャイにモカがうなずきます。そしてモカが歩き出そうとしたそのときでした。
「わわっ!」
心愛の声が聞こえてきて、モカはすごい勢いでふりかえったのです。チャイが「ふにゃっ!」とびっくりして毛を逆立てます。
「あっ、心愛!」
気づいたときには、モカは弾丸のようにキッチンへとダイブしていました。かくれんぼで、モカからかくれようとしていたのでしょう、心愛はいすをよじ登って、そのままテーブルの上に乗ろうとしていたのです。バランスをくずして、いすが倒れて心愛が投げ出されるのが、モカにはかたつむりのようにゆっくりと見えています。
――くそっ、間にあえ――
間一髪、背中から落ちる心愛のすぐ下にモカはもぐりこんで、肉球を目いっぱい床に押しつけました。毛を思い切り逆立てて衝撃に備えます。そして――
「ぶにゃっ!」
苦痛に満ちた鳴き声をあげて、モカはその場にべちゃっと倒れてしまいました。
――心愛は、無事か――
「モカ、だいじょぶ? だいじょぶ?」
からだをゆすられて、モカはからだじゅうから空気が抜けていくような気がしました。代わりにからだは、いっぱいの『安心』で満たされていきます。
――よかった、無事だったんだ――
心愛にゆさゆさされて、モカはゆっくりとからだを起こしました。あんな高いところから心愛を受け止めたというのに、からだは少しも痛くありません。
「そりゃそうだよ、ぎりぎりだったけど、ぼくが魔法を使ったんだ」
いつの間にか、モカのとなりに来ていたチャイが、ふぅっと息をはきました。心愛にぎゅうっと抱きしめられながら、モカはチャイに向かって「にゃあ」と鳴きます。
「そうだったのか……。ありがとう、心愛を守ってくれて」
「ん? ……あぁ、違うよ。ぼくが守ったのはきみだよ」
サファイアとエメラルドのオッドアイを、交互にぱちくりさせてから、チャイはアハハと笑いました。
「まだ子供とはいえ、さすがに人間の下敷きになったら、いくらきみでも死んじゃうからね。だからぼくがとっさに、きみに魔法をかけて守ったんだよ。……だからその女の子を守ったのはぼくじゃない。モカ、きみだよ」
今度はモカが目をぱちくりさせる番でしたが、やがてうれしそうに目を細めてから、もう一度短く「にゃぁ」と鳴いたのです。チャイも「にゃー」と鳴き返して、それから軽く首を横にふりました。
「……でも、どうやらきみはまだ、かくれんぼの国にはいけなさそうだね」
「えっ?」
ぽかんとしているモカでしたが、チャイは心愛をちらりと見て、それからゆっくりと白い羽をはためかせました。
「このままきみをかくれんぼの国へ連れていっても、きみはその子が心配でしかたがないんじゃないか?」
「それは……」
いいよどむモカに、チャイは笑って続けました。
「大丈夫だよ、またいつかむかえにくるさ。ただ、まだそのときじゃないってだけだよ。……そうだね、ひとまずはその子が、ほかのお友だちとちゃんとかくれんぼできるようになったら、ぼくのことを呼んでよ。それまではきみが、しっかりその子を守ってあげてね。……じゃあ、それまでちょっとのあいだ、お別れだよ」
最後に「またね」とだけいって、チャイは白いつばさをバタバタさせて、宙にうかんで消えていきました。あとに残されたチャイは、ほおずりする心愛に短く、「にゃあ」と鳴いてほおをよせるのでした。
「もういーかーい?」
男の子の声がよくひびく公園で、モカはニコニコしながらかくれんぼの様子を見守っていました。そのうしろから、昔聞いたことがある声が聞こえてきました。
「……よくがんばったね。あの子をずっと守ってあげたんだ。……胸をはっていいよ」
ちらりとうしろをふりかえると、白いつばさをはためかせて、ほこらしげな顔をするチャイがそこに立っていました。モカは前足で顔をひとなでして、それから静かにうなずきました。
「もういーよー!」
心愛の元気な声が公園にひびいたときには、すでにモカとチャイのすがたはありませんでした。さわやかな風が、心愛のやわらかなほおをゆっくりとなでつけます。それはまるで、モカがほおずりするような、温かくてふわふわした感触でした。
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