魔境の薬草
転生モノといいつつも転生要素をなるべく排した作品にして行く予定です。
ユイに叩き起こされた俺は、彼女に言われたように実験を行っている部屋の方に向かっている。改めて考えてみると、恐らく俺は過去に戻ったようだ。ここが夢ならあまりにも現実味がありすぎる。そして、目覚めるまでの光景がただの夢であるなら、あまりにも鮮明すぎる。なんの悪戯かは知らないが、どうやら過去に死に戻りをしたらしい。そして、ユイに叩き起こされた実験の結果というのは、
「確か…魔境で作られたポーションの実験だったな。結果が出るまで長かったな。」
三日前。俺の研究部門とユイの研究部門に急遽研究の依頼が来た。依頼主は王国の第一王女であるレネ王女。内容は、魔王討伐からたった一人で帰還した勇者グリムが持っていた魔境で調合したとされるポーションと、魔境の薬草で調合された特殊な葉巻の解析と研究。なんでも、王国内で採取可能な薬草で調合された物よりも強力な回復力を持ち、非常に強力な依存症も持っているという。これらを解析して、現在依存症の治療をしているグリムに対する有効な薬を開発できないか、というもの。日々、聖遺物や竜種モンスターの研究で忙しい研究所。王国の辺境に位置する「竜の霊峰」の麓にある「ドレイク研究所」において、手の空くことは稀であったが、丁度聖遺物解析が終わっていた俺とユイに白羽の矢が立った。急な依頼とはいえ、他でもない王家直々の願いであるためその依頼を快く受けて、さっそく解析を始めることにした。
まず、俺たちがやったことは現状の把握。実際にこのポーションはどのような効力を持っているのかを実験してみることにした。研究所付近にいる一番弱いモンスターの「ホワイトラット」と、一番強いモンスターである「バレットセンチピート」を戦わせることにした。しかし、そのままの状態ではホワイトラットが捕食されて終わりである。しかし、この実験ではホワイトラットに十分の一にまで希釈したポーションを注入した状態で戦わせた。勇者曰く、切り落とされた腕が瞬く間に再生し、非常に好戦的な性格になり、リミッターが外れたように思っていた以上の力も出たという。彼の言っていることが、薬物中毒者の虚言でなければ、希釈したとはいえポーションを注入したホワイトラットは多少の抵抗をして見せるだろう。
俺達研究者がそう考えていたが、一日目にして予想外なことが起きた。文字通り、ホワイトラットはバレットセンチピートと戦い続けた。本来好戦的な気質でないホワイトラットが、である。そして一日戦った挙句、互いに疲労に耐えかねて倒れるように眠りにつく。そして翌日、一日目では逃げ回り、抵抗する戦い方をしていたホワイトラットが、バレットセンチピートに襲撃をした。東方の言葉に「窮鼠猫を嚙む」という言葉がある。追い詰められた鼠が、捕食者である猫に思わぬ一撃を与えるという意味である。しかし、それは鼠が生き残るために仕方なく決死の反撃を行っていたに過ぎない。しかし、二日目のホワイトラットは、自分から捕食者に攻撃をしていたのである。既に捕食が出来ないと判断していたバレットセンチピートは捕食対象の攻撃を恐れて逃げ回るという光景が繰り広げられていた。
そして三日目。俺がいずれ起こるかもしれない未来に微睡んでいたところで結果が出たのだ。所詮は薬物中毒者の戯言と高をくくっていた俺達研究者は、その結果に半分恐れながら、半分ワクワクしながら実験場まで歩く。かく言う俺もその一人である。実験場に入り、ユイと同じように薬草の研究に駆り出された魔法使い、ナギに声をかける
「すみません。長めの昼寝を取っていました。」
「別にいいよ~。ついでにレポートも済ませているから」
「本当にすみませんナギさん。レポートまでやってくれて…」
「ユイも気にしないで。これでようやく長く眠れるからぁ…ふわぁ…」
ナギはそう言うと、小さく欠伸をした。白衣を身に纏った小柄の少女にも見える女性。特徴的な赤茶色の神を三つ編みにしている。白磁の肌は誰にも穢されたことが無いような神秘性も思わせる。と、言っても、こう見えて俺やユイよりも年上で結婚もしている。そして双子の母というのだから不思議なものである。そんな上司の報告書を、俺とユイは覗き込む。
「…」
「…ナギさん。」
「うん。気持ちは分かるよ。私も同じ気持ちだから。」
ユイは言葉を失い、俺は思わず先輩の名前を呼ぶ。それに共感するように上司がため息をつきながら続けた。
「全く、嘘を言っていなかった。私達が思ったよりも強い薬草らしい。それ故に、手に余る代物だ。希釈してこの様なのに……あれを希釈せずに飲んでいれば心が壊れるなんてのはかわいいものだよ。よく人の形を保ったまま戻ってこれたものだよ。或いは、勇者にはそれから守る加護でもあったのかな?」
そう言いつつ、ナギは実験場の方に歩み寄る。俺とユイもそれについて行って見たものは、
「うっ…!」
「嘘…こんなのって…」
足を捥ぎ取られ、体も引き千切られ、周りに紫色の体液を散らしながら見るも無惨な姿となったバレットセンチピートと遺骸と、欠損と再生を繰り返したことによって体毛が全て抜け落ち捕食者をいたぶるためだけに変形した四肢で、全身から血を噴き出して息絶えたホワイトラットの成れの果てがそこにあった。
あまりにも惨たらしい光景に俺とユイは青ざめる。ユイは力を失うように座り込み、俺はうっかり吐きそうになった。
「どれだけ強い力でも。身に余る代物ならばそれは呪いでしかない。私は旅に参加していないからわからないけど。その呪いを気にせず飲み干せるほど、過酷な旅だったんだね。私ならすぐに逃げるな…」
言葉を失った俺達を見ながら、苦虫を潰したような顔で小さく呟いた。
こんな感じで続きます。どうぞよろしくです