起:始まりの訪問者
メイドRPGというTRPGを知っていますか
公園での路上ライブを終えたベルクとレヴィアは、その日の宿を探していた。
これと思った人間が居ればヒッチハイクを願う、
家に泊めてもらうなどの好意に預かることもあるが、だいたいは木の上で寝ている。
だが、おそらくは最近の自然破壊に対する警鐘とかなんかの都合で、
そうしていると本当に通報されることもある。
哀しみに暮れながら、ベルクはいい感じのベンチを見繕っていた。
「その、アンタが何を考えてるのかは分かるんですけど。
あまりにも情けないんでカラオケにでも泊まりませんか?」
「そうそう俺もそう思っていてな」
嘘おっしゃい。とレヴィアは呟いたが、彼の言質は取った。
小判を咥えた犬がトレードマークのカラオケチェーン店を見繕い、入る。
「いらっしゃいませ~」
ここは身分証明書もスマホの有無も確認されないので色々と都合がいい。現金は正義だな。
「ドリンクバー頼んで良いですか?」
「さっき公園でペットボトルに汲んだ水があるだろう」
「そんなもんカラオケで飲みたく無いって言ってるんですよ」
そうか、真水も可哀想に。レヴィアの氷点下の視線を受けながら、
ベルクはホットのドリンクバーで久々にコーヒーを楽しむことにした。
ブラックが飲めない訳ではないが、疲労には糖分が一番。
コーヒースティックを五つマグカップに投入する。予想より白い。
「なに歌いますか。三回目の浮気とか、ハモります?」
「俺は癒やされたいのであって重い歌詞を味わう余裕は今はない」
「いけず」
選曲に手心を加えてくれと思いつつ、ベルクはレヴィアのソロ歌唱を楽しむ。
彼女は日頃は高い毒電波で人を煽るような声色をしているが、
いざ歌うとなると戦乙女もかくや、という低音イケボからしっとりした高音まで歌ってのける。
海の魔女セイレーンも大海魔リヴァイアサンの一部に過ぎない、とは彼女の談だが、
そう断言するだけのことはある。
「うらみ~ま~す~あなたの肌を~」
嫉妬と羨望を司ると言うだけあり、選曲センスは悪いと思う。怖いので黙ってはいるが。
ベルクが生暖かい時間を過ごしていると、こんこんとドアがノックされた。ベルクは怪訝に思った。
特に店員が必要な用事を頼んだ覚えはない。流行りのウイルス対策の消毒や掃除だろうか?
ベルクはドアを開けた。
レヴィアは店員が来ようが何だろうが歌い続けるタイプ。特に気にしなかった。
「ごきげんよう。お初にお目に掛かりますね。
少々お願いしたいことがございまして、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
メイドさんが入ってきた。この店にそんなサービスは一切なかった筈。流行りか何かだろうか?
「彼女が歌い終わるまで待ってくれ」
「はい」
メイドは素直だった。部屋から出て、ドアを閉める。
「あなたがわ~た~し~置き去りの~日々~」
しかし人から見たら俺たちはどう見えたものかな、
少し年の差のある恋人、あたりが無難なところだろうか。
「忘れら~れな~い、知らずにい~たい~」
彼氏の前でこんな歌を唄う奴は少し嫌だとベルクは思った。
が、自分も自覚のない悪所はあろう。多少の欠点は許し合ってこそだ。
「で、誰ですかね。さっきの女」
「ああ。見えてはいたのだな。別に俺の過去の女とかそういう訳ではない」
「何を動揺してるんです?」
声が震えそうなのでベルクは黙った。そのまま部屋のドアを開け、メイド女に一礼して入室を促す。
「改めまして、私は不知火財閥の使いです」
レヴィアは取り出した小切手に一億と書いた。
5億欲しい