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闘う理由  作者: 上杉蒼太
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中編 引退宣言

 次の土曜日。

 GF本部ビルの地下にある闘技場は賑わっていた。円形のリングの上では少女たちが激しい闘いを繰り広げ、詰めかけた観客たちもまた歓声を上げたり、応援したりして盛り上がっていた。

「あー疲れた……。まさかあんなに抵抗されるなんて思わな

 かった」

 汗をタオルで拭いながら、闘技場の隅にあるパイプ椅子に腰掛けて、花蓮はつぶやいた。

 試合を終えたばかりで痛めつけられた全身が悲鳴を上げていたが、朱音の闘いを見逃したくなかったこともあって、特別に席を準備してもらったのだった。

「朱音ちゃんが相手じゃないから何とかなったけど、あの子

 も最近強くなってきたわね。面白くなりそう♪」

 セミファイナルで闘った相手は最近力をつけてきた少女だった。勝利を収めたものの、簡単にあしらうことが出来なかった点に相手の成長を実感していた。

「でも、今回のコスチューム評判よかったわね。闘う和風メ

 イドさんってありそうでなかったし。来週もこれにしよう

 かな~」

 自分でデザインして作り上げた新しいリングコスチュームを確かめて、花蓮は満足していた。今まではウェイトレス姿がトレードマークだったが、そろそろ気分を一新したかった。

 衣装何着か作って、そのたびにファイトスタイルを変えるのも悪くないわね。ウチには悪役ヒールはいないけど、たまには悪役になってみるとか。面白そう♪

 そんなことを考えたりしている内に、少し離れたリングの上ではメインの試合……朱音と中堅クラスの少女ファイターの闘いが始まった。判官贔屓のせいなのか、いつもより少女ファイターを応援する声の方が多い。

 うーん……。あの子じゃ朱音ちゃんには勝てないわね。せめて見せ場ぐらいは作れればいいんだけど……無理かな?

 いつの間にか、花蓮は実況席に座った解説者の気分で試合を眺めていた。朱音が<かなり>を力を抜いているのがわかったが、少女ファイターの方はそれでも抵抗するのに精一杯のようだった。

 駄目ね、やっぱり。あの子に朱音ちゃんの相手は荷が重いわね。ま、わたしならなんとか……。

 頭の中でシミュレーションしていると、試合が動いた。ついに本気になった朱音が、相手に襲いかかっていったからだった。一気の猛攻に少女ファイターは簡単に組み伏せられ、3カウントを取られて試合終了となる。

 リングを囲んだ観客も呆れるほどあっけない幕切れだった。

「もう、朱音ちゃんったら……。メインなんだからもう少し

 粘ればいいのに」

 控室に戻ったら朱音とその点について話をしようと思いながら、花蓮は立ち上がった。リングに背を向けて、その場から立ち去ろうとした時だった。

「済みません。皆さんにお話したいことがあります」

 突然、朱音のおっとりとした声が聞こえてきて、花蓮は足を止めた。慌てて振り向くと、<最強のお嬢様>はリングの中央にマイクを持って立っていた。

 ただならぬ気配を感じたのか、闘技場内が水を打ったように静まり返る。

「突然で申し訳ありません。私……中村朱音は来週のファイ

 トを最後に引退します」

 言葉の意味が花蓮を含む全ての人たちに伝わるまで数秒を要した。伝わった途端、悲鳴や驚き、抗議の声が一斉に上がり、耳をつんざくような騒ぎになる。

 ち、ちょっと待って! 朱音ちゃん何を言い出すの!? 朱音ちゃんが今引退したらGFはどうなるの? 律Pは知ってるの……?

 闘技場全体を包み込む混乱の中で、花蓮は呆然と立ち尽くしていた。リングに駆け寄って、直接真意を問いただしたかったが、足が震えて動かなかった。

「本当に、本当にごめんなさい! 引退試合は来週の土曜日

 に行います。対戦相手は……花蓮を指名します!」

 朱音の声に合わせるように、突然スポットライトが当たって、対戦相手に指名された少女は思わず手で目をかばった。

「突然で悪いけど、花蓮……貴方ともう一度闘いたいの。貴

 方が今後GFの看板選手になるんだから」

「朱音ちゃん……」

「何度も闘ったけど、やっぱり花蓮が一番強かったから。本

 気でぶつかってきて」

 姿勢を低くして近づいてきたネコ耳少女……レフリーのキャット美咲がそっとマイクを差し出した。奪い取るように受け取ると、心に思い浮かんだ言葉を一気にぶちまける。

「朱音ちゃん! 突然何言い出すの!? 理由を教えて! そ

 うじゃなきゃわたしは闘わない! 律Pが何を言ってもリ

 ングに上がらないから! だっておかしいじゃない! こ

 の前だって闘うのが好きだって言ってたのに!」

「……。本当は誤魔化してたのよ。トップとして君臨してき

 たけどもう限界なの。だから……花蓮、貴方に後を託すわ。

 貴方ならきっと支えられるはずよ」

「そんなわけない! 朱音ちゃんがいないGFなんて嫌! 

 みんなだって嫌に決まってるでしょう!?」

 観客たちの間から複数の同意の声が上がる。それに圧されたのか、朱音が戸惑いの表情を浮かべたのを見ると、花蓮は一気に畳みかける。

「だったら来週、わたしと闘って、わたしが勝ったら引退を

 撤回して! 絶対に勝ってみせるから!」

「花蓮……わがままを言わないで……」

「一度ぐらいわがままを言わせて! 朱音ちゃんが抜けるな

 んてわたしは絶対に許さない!」

 言い切った瞬間、闘技場全体を声にならない声が満たした。その全てが自分に対する期待であることに気づいて、花蓮は自分がとんでもない事を宣言したことに気づく。

 ……言っちゃった……。でも引けない。今朱音ちゃんに抜けられるわけにはいかないんだから!

「……。わかったわ。その条件でいいわ。律P。それでもい

 い? 話が大きくなったけれど、このままだと花蓮ちゃん

 が収まらないと思うの」

「仕方ないわね。こうなったら大々的に宣伝してやるしかな

 いね。最後の対決になるかもしれないし」

 リングサイドにいた律Pが諦めたように認めて、話は決まった。観客たちのボルテージは最高潮に達し、花蓮はそこに込められた期待の大きさに気づいて、急に怖くなる。

 わたし……本当に勝てるの? 本気で闘って一度も勝ってないのに。でも引退なんかさせたくないし……。

 ぐっと拳を握りしめたものの、ざわつく気持ちは抑えられなかった。

 朱音に勝てるかどうか、まったく分からなかった。


 翌日から、花蓮は朱音とまったく話をしなくなった。

 いつもならばGF本部に顔を出すと、真っ先にお嬢様な少女を見つけ出して声をかけるのだが、建物内で会っても目を合わせようともしなかった。

「ねえ、花蓮。みんな気味悪がってるよ~。朱音とまったく

 話をしてないんでしょう?」

 試合を翌日に控えた金曜日の午後。

 本部ビルの三階にあるGFの事務室に顔を出した途端、パソコンに向かっていたキャット美咲の声が飛んできて、花蓮は顔をしかめた。

「まあ、気持ちは分かるけどね。来週の対戦まで言いたいこ

 とは全て我慢するつもりでしょう? 辛くない?」

「……辛いに決まってるじゃない」

 応接セットのソファーに腰かけて、花蓮は本心を漏らした。

「だってわたしが負けると朱音ちゃん、引退するんだから。

 ずっと目標にしてきたのに……」

「律Pも試合の直前に聞かされたみたい。止める余裕も無か

 ったってぼやいてたから」

「律Pの仕掛けたアングルの可能性って無い?」

 キーボードを叩いていた美咲の手が止まった。腕を組んで考え込むと、「その必要が無いじゃない」とだけ答える。

「だよね……。朱音ちゃんが引退したらGFの人気、ガタ落

 ちになるもんね」

「売上が半分になってもおかしくないわね~。ウチの看板選

 手なんだから。あたしも説得したけど、聞く耳を持たなか

 ったし。あーもう。どーすればいいのよ~。アングルを考

 えるこっちの身にもなってよ~!」

 今にも落ちてきそうな天球を支えるかのように両腕を振り上げて、美咲は大声を上げた。

 レフリー兼唯一の事務員兼プロデューサー見習いの大げさ極まりない叫びに、花蓮はようやく口元に微笑を浮かべる。

「美咲も大変ね」

「まーね。でも本当に大変なのは選手じゃない。……朱音に

 勝てる自信ある?」

「全然。練習もしてるし、過去の対戦映像見返して攻略法探

 してるけど……。隙がないのよね」

「だって朱音ってプロからも誘われる程の実力者じゃない。

 普通にやっても勝てると思えないのよね~」

「はっきり言うわね。こっちはそんなのと闘わないといけな

 いのに。少しは助けてよ」

「まあ、あたしがレフリーするから少しは助けるけど……。

 凶器準備する?」

「真顔で言わないでよ、真顔で」

「だってリングで闘ってる時の朱音って人間の形をした凶器

 そのものじゃない。あたしだって逃げたくなるんだから」

 しばらくの沈黙の後、ふたりの少女は揃って肩を落として溜息をついた。

 どう考えても、朱音の引退を阻止できるとは思えなかった。

 もう……。最悪。どうしてこうなるのよ~。確かにわたしじゃないと相手にならないけど、勝てるわけじゃないのに。

 美咲が事務作業に戻ったので、花蓮は一人で悩んでいた。

 弱点……も思い浮かばないわね。とにかく隙がないし。こうなったらリング上で直接説得するしかないかな……。

「あ、花蓮ちゃんここにいたんだ」

 ソファーに背中を預けてぼんやりしていると、いきなり律Pの声が飛んできて、花蓮は慌てた。

「いよいよ明日だねえ~。勝てる自信はある?」

「ありません。勝てる方法があったら教えてください」

「はっきり言うねえ。ま、そんなところが好きだけどね♪」

 イケメン俳優のような微笑を浮かべながら、律Pが向かい合って腰かけた。手に持っていたジュースのペットボトルをテーブルに置くと、花蓮に差し出す。

「まあ、本気になった朱音ちゃんに勝てる選手なんて今のG

 Fにはいないけどね。正直、こっちもお手上げなんだ」

「律Pの言うことも聞かないんですか?」

「まあね。今度の試合で引退するの一点張りでどうにもなら

 ないんだ。花蓮ちゃんが最後の頼みの綱なんだ」

「そんな……」

「プレッシャーをかけるわけじゃないけど、正直いい機会だ

 と思う。花蓮ちゃんはまだ底を見せていないからね」

 ペットボトルのキャップを回す手が途中で止まった。問いかけるような目線で話の続きを促す。

「私の見立てでは潜在能力はGFで一番だと思ってるんだ。

 それなのに全部出しきれていない。そんな感じがするんだ」

「でも朱音ちゃんには勝てそうにありません」

「まあ、潜在能力を全て発揮しても勝てるとは思ってないけ

 どね」

 あっさりと律Pは認めた。

「でも諦めずにぶつかって欲しい。そうすれば朱音ちゃんが

 抜けても花蓮ちゃんが看板選手になれるからね」

「わたしで……いいんですか?」

「もちろん。君にはその名の通り、華があるからね。この前

 だってリングコスチュームを新しくして闘ってくれたじゃ

 ない。あれ、凄く評判よかったよ」

「でも明日はいつものウェイトレスに戻します。初めて朱音

 ちゃんと闘った時と同じですし」

「最初に闘った時は酷かったねえ~。前座とは言えあっとい

 う間に負けちゃってさ。あの時はどうなるかと思ったよ」

 そう言って律Pはおかしそうに笑ったが、思い出したくない過去を掘り起こされた花蓮は、顔を真っ赤にして俯いただけだった。

 でも……。やっぱり強くなってるのかも。今なら勝てなくても善戦ならできるはずだし。

 改めて、GFに入って良かったと思う。学校を退学して、根無し草になっていた自分が輝けるから……。

「朱音ちゃん、GF抜けたらどうするって聞いてます?」

「いや。何も。実家に戻るわけじゃなさそうだから、しばら

 くは何もしないんじゃないかな。本当に勿体ないけどね。

 なにせ、私が昔所属していた団体から何度もスカウトされ

 てたぐらいだからね」

「でもプロレスラーになる気は無い?」

「まあ、GFとプロの世界はまるで違うからね。プロから見

 ればGFは遊びみたいなものだし」

 かつて人気女子プロレスラーだった律Pの言葉には重みがあった。それでも、花蓮にはGFの選手としてのプライドがあったこともあって、思わず言い返す。

「確かに遊びみたいなものかもしれませんけど、みんな真剣

 なんです。そんな事を言わないでください」

「おお怖い怖い♪ その心意気があれば大丈夫。試合のレベ

 ルはさておき、心意気だけはプロに負けたくないからね。

 さてと、もし練習するなら付き合うけど、どうする?」

「お願いします」

 律Pに続いて、花蓮も席を立った。勝てる見込みは無かったが、最善だけは尽くしたかった。

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