なろう奇妙な物語。
もし、あなたが描いた世界に行くことが出来たらどうしますか?
好きに作り上げる事の出来る世界。
きっと甘美な世界があなたを待っているでしょう。
なろうで小説を書き始めてから、早3年。
自分の連載の完結を迎え、新作を考えていたある日。
お気に入りユーザーの活動報告で、怪しげな文章に目が止まった。
『物語を123,456文字で完結させると、その作品の中に転移するらしいよ!』
『本当に? 私の完結作品12万文字ぐらいだったから、その文字数になるように改稿してみる!』
俺はそのやりとりには入らなかったが、好奇心からその続きをチェックしていた。
翌日、その活動報告を見てみると。
『ガセネタだった』
『乙、改稿入れちゃダメかもよ?』
『改稿なしの一発勝負かぁ。これって元々どこ情報?』
『○○○って人の割烹から。その人の作品見てみそ。123,456文字で完結してるんだけど、その作品の完結後の割烹から行方不明』
『ちょっと見てくる』
俺も検索かけて、その人のページに飛んだ。
確かに作品一覧の一番上の作品が、123,456文字で完結している。
そして完結当日の活動報告にはこう書かれていた。
ーーーーーー
なろうの三大不思議!
一、妖怪ブクマ剥がし
二、ランキングの怨霊
三、自作品に異世界転移
私はとうとうやり遂げた。
そう、123,456文字完結を成したのだ!
今から自作品の世界に行ってくる!
みんなしばしの別れだ!
ーーーーーー
その人の活動報告は大勢の人で賑わっていた。
だが、その報告を上げた後、彼の書き込みは一つもない。
最終更新日は一ヶ月前。
引退の為のネタなのか、たまたまログイン出来ない状況になったのか。
少なくとも異世界転移を信じる人はいない、そう思っていた。
だが、その後も本人不在のまま増えているコメント。
順を追って見ていると、奇妙なコメントがいくつか見られる。
『改稿表示出てないけどさ、中身少し変わってるよね?』
『やっぱり? 俺もそう思った。微妙だけど描写が変わってる』
『本当に転移してて内容が変わってるのかもw』
それからは活動報告をチェックしながら、その作品を読み始めた。
『おっさんだけど、チートで成り上がります!』
異世界転移したおっさんが、女神から貰った【洗脳】スキルで成り上がっていく、いたって普通のなろう小説。
ヒロイン達と村から町へ、町から国へと統治者達を【洗脳】し、最後は国王になる物語だ。
陰湿な話しかと思えば、コメディ要素がふんだんに詰め込まれ、意外にもスッキリと最後まで読むことが出来た。
そして間違い探しのように読み始めた二周目。
クライマックスが大幅に変わっていた。
【洗脳】により快く城を明け渡すはずの国王は、無実の罪で洗脳された兵士に牢に入れられてしまう。
明らかにストーリーが変わっているのだ。
俺はすぐさま目次に戻るが、改稿の表記はない。
もう一度ラストシーンを確認しようとした時、急にページに飛ばなくなった。
「あ、あれっ?」
スマホに映し出された文字を見て冷や汗が流れる。
『エラーが発生しました。
この小説はユーザ退会に伴い、削除されました』
理由は分からない。
だが、何度試しても同じ画面が出るだけ。
ゾッとしながらも、もしかして本当に転移してたんじゃないかとの考えがよぎる。
その世界で行動した結果、物語が変わったのではないのか?
作者がどうなったかは知らないが、飛ばされた世界で物語を完結させたのではないだろうか?
バカバカしい話だが、俺の中で辻褄が合ってしまう。
もちろん異世界転移なんてものを信じているわけではない。
昔、夜中に合わせ鏡をすれば自分の死に顔が見えると噂になった事がある。
恐怖に震えながら鏡を覗き込んで、「嘘じゃん」とホッとした。
今の心境はその時に似ている。
嘘だと思いながらも、怖いと思いながらも、試さずにはいられない。
俺は新作を書き始めた。
【洗脳】なんておどろおどろしいものは入れない。
単純明解なストーリー。
主人公は貴族の三男で最強。チートな身体能力で無双するありふれた話。
もちろんハーレムも入れておく。主人公にベタぼれの幼なじみ、獣耳の生えた爆乳美女。ツンデレエルフにどこぞの国の王女。
ヒロイン達一人一人は強く美しく、主人公には従順。
後はプライドだけが高く、ザマァされるような敵を入れておく。
これはでっぷり太った王子が担当だな。
そうだな。主人公のハーレムを自分のものにしようと画策するが、詰めが甘くまた頭の悪さも相まって常に失敗ばかり。最後は国外追放だな。
後は引き立て役。エリートの貴族至上主義の騎士や、王子を使って国を乗っ取ろうとする馬鹿な大臣なんかも入れておこう。
当然足元をすくわれない様に、能力値はかなり低めだ。
これだけだと寂しいかな。
主人公のライバルとして、魔王の息子なんかも入れておこう。
こいつはイケメンで強い。しかし最終的には主人公の無二の友人になることにしておこう。
ピンチを助ける配役も入れておけば安泰だ。
こうして書き始めた物語は、気がつけば全60話になっていた。
推敲を行い、123,456文字に合わせる。
無理に文字数を合わせたせいで、少々文面がおかしくもあったが、大筋は問題ないだろう。
書き終えた俺は毎日10話ずつ投稿した。
日に日に期待と不安が積み上がる。
6日後、俺はついに『完結します』にチェックを入れた。
震える指でボタンを押したのに、何の変化もない。
「やっぱりそうだよな」
安堵のため息をつきつつも、少し残念な気もした。
一応夢のような人生を主人公に用意したんだけどな。
結局その作品は、なろうで総合評価100をなんとか超えた程度で終わり、PVはみるみる下がっていった。
それからしばらくして、俺のマイページに『新着メッセージがあります』と赤い文字が光る。
ボタンを押すと送信者の名前が、俺の作品名になっていた。
目眩に似た感覚を覚え、それ以上進む事を躊躇する。
呼吸が荒くなり、心臓の音がうるさい。
意を決してスマホにタッチする。
『準備が整いました』
ただそれだけが書かれていた。
よく見れば文字は緑色。
つまり文字の先にリンク先があるということ。
俺は耐えきれず、そのまま電源を切った。
布団にくるまりながら、言いようのない不安に駆られる。
冗談にしてはタチが悪すぎるだろ?
いっそ『なろう』を退会しようかとマイページに飛ぶと、そこから指が動かない。
もし本当に異世界転移したとしても、俺の作った話を満喫できるんじゃないだろうか?
主人公が傷付く描写は避けたし、なんたって四人の美女のハーレム付き。
俺の欲望の全てを置いてきたといっても過言ではない。
恐る恐る、メッセージのボタンに触れる。
相変わらず『準備は整いました』の文字が映し出される。
深く息を吐き、かする程度の力でその場所を触れた。
その瞬間、目の前が真っ暗になったかと思うと、俺の耳にはゴトリと何かが落ちた音を捉えた。
まぶしい光を感じて、うっすらと目を開ける。
見たこともない広く豪華な部屋に俺はいた。
ほ、本当に異世界転移したのか?
まさしく貴族を彷仏させる部屋。
豪華なベットから身を起こすと、とてつもない高揚感に満たされる。
たとえ夢でもいい、この世界を満喫してやるぞと意気込む。
だが俺は、部屋に置かれた鏡を見て愕然とする。
「うぁあぁぁぁーーーー‼︎」
そこに写し出されていたのは、でっぷり太ったデブ。
俺は慌てて自分の腹をつかむ。
この感触、夢とは思えない。
部屋の外から従者らしき男の声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか王子! 何かありましたか?」
そう俺は理解した。
確かに俺は異世界転移を果たしたようだ。
だがそれは俺が望んだ主人公では断じてない。ザマァ要員の落ちこぼれ王子だ。
俺は従者に震える声で「悪い夢を見ただけだ」と伝え、そのまま頭を抱えてうずくまった。
俺にはもうバットエンドしか残されていない。
俺の人生は終わったのだ。
どれぐらいそうしていただろうか?
嗚咽をあげていた筈なのに、なぜか腹の底から笑いがこみ上げてくる。
ーー本当にそうか?
ザマァ王子上等だ!
確かに醜い姿ではあるが、俺は勇者がとる行動を全て知っている。
こうなれば俺のやることは一つ。
勇者のハーレムを奪い取り、悪徳王子ストーリーを作り上げてやる!
ザマァ王子の夢は俺が叶える!
作者の力を思い知れ!
その後、彼がどうなったかは分かりません。
ただ、なろうランキングに入り出した作品で、見るたびに話の変わる作品が注目を浴びているそうです。
その作品の文字数は……。
※この作品はフィクションですが、くれぐれも真似しないように。(自己責任でお願いします)