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畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
二章  落果の芽吹く場所へと
9/39

1.田園にて


 それゆえに方舟の主は方舟を降りる。

 大樹となった鳩の小枝には背を向け、

 帰らぬ鳩の小枝を求め、海の底へと。


     〜葬悉(そうしつ)教会偽典七十七章 凋零(ちょうれい)






             *


「よっこいしょ……と」

 作業に一区切りのついたルイーザは畑から離れると、木柵の上に座って一息つく。

 そうして改めてぐるりと見れば、彼女自慢の小麦畑は丁寧に整っているのがよく分かった。

 田園地区――その名の通りのどかに広がる田園と、それを取り巻く草原が大半を占めるこの地区の片隅の、こじんまりとした小麦畑と小さな丸太造りの家(ログハウス)が、彼女のささやかな国だ。

 最新の技術により、手間のかかる農事をこなさなくとも、安定した食料の生産・供給は可能となっているのだが、それでも農事につく人間はわずかながらいた。

 ルイーザもそんな一人だ。

 理由は人それぞれだろうが、彼女については、昔ながらのやり方で――と言っても、彼女の外見はせいぜい三十歳前後といったところだが――太陽の光の下、額に汗して作物を育てることが好きだからだった。大地と生きている実感が得られる、と。

 木柵に座ったまましばらく、自らが育てた小麦が、風に金色のさざ波を立てるさまを楽しんでいたルイーザだったが、そろそろ夕食の用意をと思い立って、玄関へ戻る。

 すると、ちょうど彼女を訪ねてきたらしい、一人の警備隊員と鉢合わせになった。

「あら、アロン。珍しいわね、どうかしたの?」

 ルイーザの問いに、外見上は彼女と同年代に見える警備隊員のアロンは、愛想良く答える。

「ああ、天咲茎(ストーク)から、こういう平和なときこそ、それを守るためにいっそう仕事にはげんでほしいってお達しがあってさ。何か最近変わったことはなかったか、知り合いを回ってるんだが……どうかな?」

「ふうん……。つまり、それは――何かがあった、ってことね、アロン?」

 腕を組んでにやりと笑うルイーザ。

 その、迫力すらただよう姿を前に、そもそも子供の頃から彼女の世話になっていて、今でも頭の上がらないアロンは、それこそ叱られた子供のように小さくなる。

「はあ……アンタにはかなわないなあ、やっぱり。まあ、アンタなら大丈夫だと思うし……いいか、今から言うことは絶対秘密にしてくれよ?」

「そうした方がいいとあたしが思ったらね」

 この返答にアロンは、まったく、とぼやきながらも、声を潜めて話を続ける。

「……実はな。天咲茎から、子供がいなくなったらしいんだよ」

 アロンの言葉を聞いた瞬間は、ルイーザには何のことか分からなかった。

 しかしその意味を噛み砕き、記憶と照らし合わせるうち、言わんとしていることを悟る。そして、素直に驚いた。

「確か……二百年ぶりだかに生まれた双子が、優れた才能があるからって言うんで天咲茎で育てられることになった――って話があったわよね。……まさか、その子たちが?」

「そう。もうすぐ洗礼を受けるって時になって、突然天咲茎を出たらしくてさ。

 それで、洗礼の前にその子たちに万一のことがあったりしたらいけないから、行方を探るのに協力するように、って」

「……けど、どうしてまた。ただの無断外出ってワケでもないんでしょう?」

「俺にも……いや、花冠院(ガーランド)でも分からないんじゃないか。タイミングからして、不老不死になるのを拒んだってことなのかも知れないけど……それがそもそも、理解に苦しむことだしな」

 そう言って難しい顔をするアロンに対し、ルイーザはどこか曖昧にうなずき返す。

「でも……そういう話なら、庭都(ガーデン)の全住民に触れ回った方がいいんじゃないの?」

 ルイーザがそう提案すると、アロンは首を横に振った。

春咲姫(フローラ)と花冠院は、なるべく事を公にしたくないんだそうだ。子供たちの安全も大事だけど……ほら、どんな混乱が起きるかも知れないからさ」

「ああ……そうね。それは確かに……」

 不死を常識とする、新史生まれ――つまりは、世界を崩壊させた大戦を知らない庭都建設以降に生まれた人間には、死というものに対して、実際に接する機会など無いにもかかわらず、本能的にその恐怖だけは覚えているのか、アレルギーに近い強い拒否反応を示す者も少なくなかった。

 そんな中に、不死を自ら否定した、『死』を持ったままの人間がいるという話が伝われば、『死という未知』への過敏な反応から、住民の間には、決して小さくはない混乱が生じることだろう――。

 アロンの言わんとしていることを理解し、ルイーザはうなずく。

「……で、だ。今の話を踏まえて、もう一回聞くけどルイーザ……改めて、何か気付いたことってないか?」

「そうは言ってもねえ……せめて、写真とか画像とかないの? その子たちの」

「んー……それがさ。双子の片割れが、天咲茎を出る前に、情報システムに細工していったらしくて……のき並み消されてるんだそうだよ、その子たちの記録が」

「それはまた……徹底してるじゃない。でも、そうなると難しいわねえ」

 前髪をすくい上げ、ルイーザは言葉通りに難しい顔をする。

 洗礼により、不凋花(アマランス)を受け入れて得る『不老』とは、その瞬間から身体の時間が止まる、というわけではない。

 間違いなく不死にはなるものの、身体の年齢については、『不凋花の細胞がその個体において最も安定する状態』で固着する、というのが正しい。つまりは洗礼から数年後に老化が止まることもあれば――年齢的に可能になりしだい、すぐに洗礼が行われるようになってからは、まずありえない事ではあるものの――逆に若返る、ということもあるのだ。

 結果として、庭都住民の大半は二十代から四十代程度の外見に収まるわけだが、だからといって洗礼直前の、十代半ば程度の見た目をした人間が決定的に少ないわけでもなく――逃げた子供たちが堂々とその中に混じり、普通に生活していれば、面識のない人間には怪しむのも難しいだろう。

「うーん……やっぱり特に思い当たらないねぇ」

 ルイーザが考え考え答えると、アロンは「やっぱりお手上げか」と頭をかきながらこぼす。

「ま、そもそも、こっちの地区に来ているかどうかさえ分からないんだしなあ……」

「でも、そうやって地道に手掛かりを探すのも仕事でしょう。頑張りなさいな、ほら」

 母親が子供を元気付けるようにそう言うと、ルイーザはアロンの背中をばしんと叩いた。




             *


 物資運搬のために整えられた、幅の広いゆるやかな坂を上った先に、工場の敷地がある。

 一辺が百メートル程度の、ともすれば研究所や病院のようにも見える小さな白い箱形の建物が幾つか集まっているそこは、庭都の他の建造物のような建築様式ではなく、いかにも工場といった無機質さがただよう。

 ただ、だからといって決して周囲から浮いているというわけでもなく、その立方体の群れはまるで自然が生み出した前衛芸術的な巨石のように、周囲を取り巻くのどかな田園風景の中に溶け込んでいた。

 ――その敷地内の一画に建つ、居住棟内。

「たーだいまー!」

 自動掃除ロボットによって清潔に保たれているカーペット敷きの廊下の中央、特に広い個室の前に立ったナビアは、内側に元気な声で呼びかけながら、返事も待たずにドアを開いた。

 多人数による利用を考慮してか、大きめのテーブルにソファまで置かれた、広い窓から射し込む陽光のせいもあって清潔感あふれる部屋――。

 その一角のデスクで掌携端末(ハンドコム)を操作していたノアは、よほど集中していたのか、ナビアの行動に、飛び上がりそうな勢いで顔を上げる。少しズレたままの眼鏡が、彼の驚きのほどを物語っていた。

「だーかーらっ! いきなり大声出して入ってくるなっていっつも言ってるだろ!」

「だって、お兄ちゃん集中してたら、『入っていい?』って訊いても聞こえてないんだもん」

「それならそれで、いちいち大声出さなくても、普通に入ればいいだろ」

「大声じゃないとお兄ちゃん気付いてくれないもん。あいさつは大事なんだよ」

 言って、ナビアはほら、とばかりに小首をかしげてノアを見る。

 ノアは、いつものことながらまるで動じない妹のマイペースさに敗北感すら感じながら、ズレた眼鏡を直しつつため息混じりに挨拶を返す。

「おかえり。――これでいいか?」

 ナビアは満足そうに笑って、ソファにぽんっと腰を投げ出した。

 ノアはもう一度大きな息を吐くと、運んできた買い物袋を壁際の棚の上に置いているカインに、恨みがましい目を向ける。

「――おいカイン、アンタいるのになんでコイツ止めてくれなかったんだよ?」

「止めるとも。――それが必要だと判断すればな」

 あいかわらず無愛想で抑揚のない返事を返すカインだったが、その中に、どこかしら楽しんでいるような響きがふくまれていることにノアは気付く。

 それはここ一週間ほど、隠れ家としてあらかじめ用意していたこの場所で、こうして一緒に生活してきた成果のようなものだ。

 そしてそれを裏付けるように、カインの口元には、笑みとも取れるかすかな動きがあった。

「それにしてもカイン、アンタ、ナビアに甘くないか? 娘を溺愛する父親みたいだぞ――実例は知らないから、あくまでイメージの上で、だけど」

 ついつい口をついて出るのは憎まれ口だが、ノアとしては、希薄なものであれ、カインが表情を見せてくれていることは素直に嬉しかった。

「あれ、お兄ちゃん、ヤキモチ? おじさんにかまって欲しいの?」

「ちーがーうっての。――そんなことより、街の方で何か変わったこととかなかったか?」

「うん? うん、えっとね……」

 ノアの問いに、ナビアが、『特に問題はなかった』ことを、脱線と蛇足をふんだんに交えた一大冒険譚のように語って聞かせた。

 それは、肝心なところを、カインが合間に合間に補足してくれなければ、慣れたノアですら煙に巻かれて話の本質を見失ってしまいそうなほどだった。

 もっとも、それでもまだナビア本人にしてみれば、全然語り足りていないらしい。もういいと止められてから、不満げに頬をふくらませている。

「とりあえずカイン、アンタが一緒で助かったよ。――ナビアの話だけじゃ、何も無しと解読するのに丸一日食わされるところだった」

 ちらりと兄に一瞥されたナビアは、バカにするなと言わんばかりに口を尖らせた。

「そんなこと言うなら、お兄ちゃんだってお買い物、いっしょに来れば良かったのに。部屋にずっと閉じこもってるなんて不健康だよ。天咲茎にいた頃みたい」

「しょうがないだろ。天咲茎の方にどういう動きがあるかの情報収集とか、改ざんしたデータのチェックとか、やらなきゃいけないことが結構あるんだからな。

 ――そうだ、それはともかくさ、カイン」

 一息に妹に対して反論したノアは、いつものように壁際でたたずむカインに向き直る。

「まだ夕飯まで時間あるんだし、ちょっと休んできたらどうだ? アンタっていつも起きてる気がするけど、ろくに休んでないんじゃないのか?」

 この一週間程度の間だけでも、ノアはカインが眠っているところを見たことがない。

 いやそれどころか、この隠れ家で安心して食事を採れるようになってようやく、兄妹の求めに応じて一緒にテーブルについてくれるようになったほどで、そうでなければ座ってさえいなかったのだ。

 だからといってカインに疲れのようなものが見えるわけではなかったが、それがまた逆に、無理をしているのではないかとノアが気にかける理由でもあった。

「うん、そうだね。おじさんもたまにはゆっくりした方がいいよ」

 ナビアも同調してカインをうながす。

 兄妹二人から休息をすすめられた当のカインは、二人の顔を見比べた後、目を伏せつつ小さく首を振った。

「私のことなら気にしなくていい。休息なら取れるときに取っている。だが――」

 そう続けて顔を上げたカインは、ささやかな微笑を浮かべた。

「せっかくの好意だ。ここは甘えさせてもらおう」

 どことなく緊張気味だった兄妹も、その返事に表情をほころばせる。

 さらにナビアは、嬉々とした様子で、ひょいと手を挙げた。

「あっ、はい! それじゃお買い物にも行ってきたんだし、おじさんのためにも、今日のご飯は保存食とかじゃなくて、あたしがちゃんとお料理するからね!」

「――そうか。楽しみにしている」

 まるで驚く様子も見せないカインに、むしろ驚いて目を丸くしたのはノアだった。

「カイン、アンタ……ナビアがメシを作るって聞いて、驚かないのな? 言っちゃなんだけどナビアって――その、無軌道って言うか、こんななのに」

 その発言が、ナビアの怒りを誘うであろうことは理解しつつも、思わずノアはそう尋ねずにはいられなかった。

「特に驚くほどのことでもないと思うが」

 いつもと同じ調子で、さらりとそう言ってのけるカイン。

 ノアは呆気に取られたが……少なくとも、この発言のおかげで、ナビアの機嫌が大きく傾いたりするようなことはなさそうだった。

 現に、視界の端にとらえたナビアは、ニコニコとご満悦の様子だ。

「……やっぱり、ナビアに甘いんじゃないかなあ……」

「どうかしたか?」

「いーや、何でもない。――ああそうだ、ナビアのヤツ、こんなだけど意外に料理の腕はちゃんとしてるから、そこのところは安心していいよ」

 また半ば反射的に、妹の神経を逆撫でしそうな発言をしてしまうノアだったが、カインは、自身が言った通りまるで心配していなかったようで、いつものように「そうか」とだけ答えて部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見送り、ドアが閉じたあともしばらく視線を外さなかったノアの口からは、ややって、盛大なため息がこぼれ出る。

 その原因は、気安く振り返るのがためらわれるような、背後からの――妹の放つ冷ややかな視線だった。

 ――夕食までに、何とかして機嫌を取らないと、自分だけとんでもないものを食べさせられるかも……。

 記憶を掘り起こせば、こうしたときに受けるしっぺ返しは、思い出したくもないものが大半であり――自らのうかつな発言が招いた事態を憂えて、ノアは内心頭を抱えるしかなかった。




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