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畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
四章  祖花の想い、幼芽の願い
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6.利害一致


「私の力を借りたい……だと?」

 ――兄妹の生家を飛び出したところで出会った、彼らを追っていたはずの、枝裁鋏(シアーズ)であるグレンからの意外な言葉。

 思わずそれを繰り返すカインに、バイクにまたがったまま相対するグレンは、神妙にうなずいてみせた。

「……一体どういうことだ。何をたくらんでいる」

「たくらんでいる……と言えば、まァ、たくらんでいることにもなるんだろうが……アンタたちに害になることじゃない。今はとにかく、素直にアンタをアテにしてるだけだ――あの兄妹を助けるためにな」

 油断なくグレンの挙動に注意を払ったまま、カインは眉をひそめる。

「助ける? 連れ去ったのはお前たちだろう……!」

「数日前なら、その通りと認めるだけだったんだが……あいにく、今はそうでもなくてな」

 困り顔で、グレンはがしがしと乱暴に頭をかいた。

「このままだと……」



 兄妹の実母、マルタから二人を引き取った春咲姫(フローラ)は、そのまま天咲茎(ストーク)に戻るだけだと思っていた車が、進路を曲げて人工湖中央の古城にやってきたことに、首をかしげずにはいられなかった。

「それで……どういうことなの? ライラ」

 それだけに、ライラから端末越しに指示された通り、兄妹を車内に残して外に出た春咲姫は、待っていた当の本人に、すぐさまその問いを率直にぶつけていた。

 しかし、古城前のロータリーに立つライラは、めずらしいことにそれに対してすぐに応えることなく、春咲姫に背を向けたまま、何か気になることでもあるのか、静かに月を見上げている。

 ……その姿に、一瞬、春咲姫は奇妙な不安を感じた。

 だから、それを振り払う意も込めて、もう一度強く、ライラの名を呼んだ。

「ねえ、ライラ!」



「このままだと……何だと言うのだ?」

 カインが問い直すも、グレンはすぐには言葉を続けない。頭をかく手も止まっていた。

 よほど言いにくいことなのか、わずかの間ながら逡巡を見せたグレンは――やがてはっきりとそれを口にした。

「このままだと――あの兄妹は、殺される」

「……何だと……?」

 一瞬、カインはその言葉を理解できなかった。この庭都(ガーデン)において、そして兄妹を取り巻く環境において、あまりにも現実感のないものだったからだ。

 しかし、それはすぐさま本来の意味を取り戻してカインの胸の内に染み渡る。

 バカバカしい、あまりにもくだらない冗談だと聞き流すには――向けられるグレンの眼差しは、あまりにも真剣だった。

「殺されるんだよ、あの二人は。アンタも戦り合った、あのライラという女の手で――な」



「分かってる、聞こえてるわ。……ここに寄ったのはね、用心のためよ」

 ライラは春咲姫の問いに、そう答えてようやく振り返った。

「あの子たちに協力者がいるのは知っているでしょう? マルタが引き離してくれたし、部下が足止めしたでしょうけど、それでも気は抜けないわ。

 だからね、車だけ囮として先に行かせて、あなたたちにはこの城で少し様子を見てもらうことにしたの」

 春咲姫は、その『協力者』について、詳しいことは教えられていなかった。

 だが、ライラやグレンほどの人間が後れを取ったというぐらいだから、相当な腕利きであるのだとは理解していた。

 しかも件の人物は、ヨシュアに死すら与えている。慎重に慎重を期す、というのは決して間違いではないだろう。

 春咲姫は了承の意味も込めて素直にうなずいたが、少し不満げでもあった。

「でも、それならそうと、初めから言っておいてくれれば良かったのに」

「ごめんなさい。……ここ、最近使ってなかったでしょう? だから設備の点検と準備に時間がかかってね。ぎりぎりまで、実際に使えるかどうかの判断が下せなかったから」

 ライラは微苦笑を浮かべる。

「…………?」

 春咲姫は先に感じた奇妙な不安のように、そこになぜか、かすかな違和感を覚えたように思ったが――それも、正体を掴めるほどではなかった。



「カイン、アンタもこっちへ来る途中、人工湖を渡る際に古城を見たと思うが……ライラは、あの古城に一行を足止めした上で、独断で兄妹を暗殺するつもりらしい。一度天咲茎に戻れば機会はないに等しいからな、手を下すなら今しかないと踏んだんだろう」

 グレンが言うと、カインは信じられないとばかりに、大きく首を振る。

「……どうしてだ。花冠院(ガーランド)の人間は皆が皆、春咲姫とやらの意志に従い、あの子らを不死にする、そのために追っていたのではなかったのか」

「これまではそうだった。だが――ヨシュアが死んだからな」

 グレンはぽつりと、色の抜けた声でつぶやいた。

「ライラは昔から、春咲姫と庭都を護ることに固執していた。それを害する可能性のあるものは、いかなる手段を用いてでも排除しようと考えるほどに。

 そして、本来ならこの庭都ではありえないはずの、ヨシュアの死だ――直接手を下したのはアンタでも、その死をもたらすきっかけとなったことで、あの兄妹も、彼女にとっては春咲姫と庭都に仇なす、危険な存在となったんだろう。そして枝裁鋏の――彼女の部下は、誰もがその考えに賛同している。

 いや実際、彼女の考えを聞けば、他にもなびく人間は少なからずいるだろう。庭都の平穏のためにも、春咲姫自身のためにも、その意志に背くことになろうと、災厄の芽は早々に摘み取るべきだ、とな。それだけ『死』という存在は、新史生まれの庭都の住民にとって大きいものだからだ。

 ――ともかく、ライラの決意に真っ先に気付いたボスの指示で、俺は彼女の動向に注意を払っていた。それで何とか、この計画を嗅ぎ付けることができたわけだが……ライラは知っての通り手練れだ。俺も一対一なら何とかなるかも知れんが、向こうは他に部下もいる状況で、しかも子供二人を助け出すとなると、さすがに手にあまる」

「……そこで、私の手を借りたい、というわけか。だがそれなら、お前にも協力者はいるだろう。指示を出したボスも、それに部下も。……それで、どうして私なのだ」

 カインの問いかけに、グレンは困ったように相好を崩した。それはどこか、悪戯をたくらむ子供のような――それでいて落ち着きも伴った、決意の宿る涼やかですらある笑みだ。

「……なに。ボスには悪いが、俺は俺で独自の判断を下そうと、そう思っていてな」



「でも……やっぱり、結果として正解だったみたいね」

 車の中でうつむく兄妹を、遠目にちらりと見やり、ライラはそう切り出した。

「え? 何が?」

「天咲茎にすぐ戻らず、ここで少し時間を過ごそうって話。車の中で色々と話をしていたんでしょうけど、あの子たちもあなたも、少し落ち着くための時間が必要なように思えるから」

「あ、うん……そうだね。それは……そうかも知れない」

 ライラの言葉に、自身としても納得するところがあるのだろう、春咲姫は素直にうなずく。

 実際、春咲姫の様子に、普段と違う何か焦燥感めいた、切迫した空気を感じたゆえの発言だったので、全くの嘘というわけではない。だが、やはり罪の意識が、ちくりとライラの胸を刺した。

 ――だけど、これは必要なこと。この子を護るために……。

 無意識に、そっと胸元に手を当てて、ライラはあらためて自分に言い聞かせる。

 あの兄妹は洗礼を受けて不死になったところで、考えを改めることなどないだろう。そしてその考えは、庭都には不要の、混乱と恐怖をまき散らすだけだ。

 それを止めるには――殺すしかないのだ。

「……さて、あんまりここでこうして長話していたら、囮の意味がなくなってしまうものね。車を行かせるから、あなたはもう城内に入りなさい。部屋の方は準備してあるから」

「ノアとナビアは?」

「もちろん客人として、ちゃんとした部屋を用意させたわ。……さすがに、あなたとは別の部屋にさせてもらうけれどね」



「独自の判断? それが、先に言っていた、お前がたくらんでいることとやらか?」

 カインの問いを、グレンは素直に「ああそうだ」と肯定する。

「……まず俺のボスは、春咲姫という存在だけでなく、その意志も護ることに一片の迷いもない。だから、春咲姫の願いに逆らうようなことは絶対にしない。そして春咲姫は……あの嬢ちゃんは、強い娘だが、その強さゆえに、やはりあの兄妹を不死にすることを止めようとはしないだろう。つまり俺がボスの指示に従う限り、あの子らは命は助かっても、不死にならざるをえない、ということになる。

 だが……それではダメなんだよ。直接目の当たりにした俺には分かる。たとえ不死になったところで、あの子らの考えは変わらないだろう。そしてそれでは結局、ライラが危惧するように、庭都に混乱を引き起こす火種になってしまうだけだ。

 だから――俺は、もう一つの手段を取ることにしたのさ」

 言って、グレンは懐を探ると、カードのようなものを二枚、カインに投げてよこす。

 受け止めたカインは、それが、ノアの使っていた端末であることに気付いた。

「その掌携端末(ハンドコム)に残されていたデータから、俺なりに推理して……あの子らは地上に降りるつもりだという結論に達した。そうだよな?」

 わずかな逡巡の時間を経て、ここで口を閉ざすことに意味がないと結論付けたカインは、その通りだと認めた。

 グレンもまた、満足そうにうなずき返す。

「あの子らの主張の是非はともかくとして、庭都にいる限り、その存在がいたずらに住民の心をかき乱し、混乱を招くのは間違いない。そしてそれは、俺としても望んでいない。

 だから俺は、二人が庭都を出て地上に降りる気でいるのなら、それが一番、事が丸く収まるはずだし、手助けしようと思ってな。それで、あの子らの保護者のアンタを協力者に選んだ、というわけだ」

「我々とお前と、そして庭都の利害が一致すると……そういうことか。

 だがお前は、不死の身でありながら、不死を否定する彼らの意志を擁護して……それでいいのか?」

 グレンはその問いに、かすかにフン、と鼻を鳴らした。

 それは、自分で自分の滑稽さをわらっているように……カインは感じた。

「こう見えて俺も、子を持つ親の身でな。子供が、こうだと決めた強い想いがあるのなら……そしてそれが、少なくとも俺の主観で間違いとも言えないものなら……できる限り、貫き通させてやりたいと――そう、ガラにもなく思っちまってな」

 グレンの心底の奥まで見透かそうとするように、鋭い目を真っ直ぐに向けていたカインは、やや間を置いて渋面のままに、しかしさしたるためらいもなく首を縦に振った。

「分かった――お前に協力しよう」

 その言葉を聞くや否や、グレンはバイクのエンジンをスタートし、手慣れた動きでその場で車体を半回転させると、乗れとばかりに後部席を親指で指し示した。

「……一つ、言っておく」

 黒衣の裾をひるがえし、指示通り後部席にまたがったカインは、低い声でそう切り出した。

「決して裏切るような真似はするな。もし、あの子らの身に何かあれば……いかなる手段を用いようとも、私は必ずお前を殺す。覚えておくんだな」

「無論だ。だが、それならそっちにも覚えておいてもらうが――」

 肩越しにカインを振り返り、グレンもぞっとするような声で告げる。

「ライラや、その部下を手に掛けるのは仕方ない。だがもし、いかに記憶を失っているとはいえ、アンタが春咲姫の嬢ちゃんにまで牙を剥くような真似をすれば――タダではすまさん」

「……なぜ、私が記憶が無いことを知っている?」

「それも坊主の端末からな。……アンタが記憶を取り戻す手がかりになればと、色々調べていたようだぞ?」

 グレンの返答に、そうか、とカインはうなずく。

「安心しろ。いくらその春咲姫が不老不死の源だろうと、戦意も無い少女を無闇に手にかけたりはせん」

 カインの返事に、グレンは一応は満足したのか、鼻を一つ鳴らして前を向く。

 そして、さながら鬨の声のように、エンジンを大きく一度空吹かしさせた。

「よし――飛ばすぞ、振り落とされるなよ!」




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