5.永遠の花の告白
ノアに頼まれた、地上へ続くエレベーター近辺の調査の後――。
夜の訪れとともに現れた敵対者の一団に、カインは取り囲まれていた。
直接的な攻撃は仕掛けず、闇に身を潜め、消音器を使った遠距離からの銃撃に専念する――そんな敵対者の意図が、牽制にあるのは明らかだった。
個々の力量に差があろうと、こうして相応の訓練を積んだ人間が複数で牽制に徹するとなると、突破するのは容易ではない。それはいかにカインといえど例外ではなかった。
だが――その拘束時間となると、決して相手の思惑通りとはいかなかった。
わずかな銃火を手掛かりに、短時間で闇の向こうの気配を正確に嗅ぎ取ったカインは、敵対者の視界と思考、その両方にとっての死角から襲いかかり、相手が気が付く間も与えず、静かに、速やかに意識を刈り取っていく。
そうして、かつて最高の暗殺者として畏怖された技量をいかんなく発揮し、全員を無力化したカインは、一息つく暇も置かず街路を駆けた。
待ち伏せ、そして足止めによる時間稼ぎ――その意味するところは一つしかない。あるいはエレベーター周辺の警備すらも、調査に時間をかけるよう計算された上での罠だったのかも知れない……。
考えれば考えるほどに焦りは増し、地を蹴る足に力がこもる。
やがてたどり着いた双子の生家からは、昼間あったはずの賑やかさが消えていた。
焦る気持ちそのままに玄関を荒々しく開き、居間へ押し入るカイン。
その音でようやく気付いたのか、ソファで一人くつろいでいたらしい家主は、小さく悲鳴を上げて跳ね起きた。
「ど、どうして……? 指示通りだから、枝裁鋏の人が捕まえてくれているはずじゃ……」
マルタの口から漏れ出たその一言は、カインに状況を理解させるには充分だった。
「あの子たちは――どうした」
居間をねめ回し、カインは問う。
マルタは、初めこそおびえを見せていたものの、優位にあるのは自分だと踏んだのか、虚勢を張るように不敵に微笑み、大きく両手を広げて見せた。
「見ての通りよ。花冠院に引き取ってもらったわ」
「自分の子供だろう……! 長らく会わずとも、お前を慕い、最後の別れをと会いに来た子供たちだろう……! それを、だまし、あげくに売ったと言うのか……!」
一瞬の事ながら、怒りもあらわに、カインは脇に下げた拳を握り締める。
ノアたちがこの場にいれば、初めて見る姿に驚いたに違いない。それほどの、感情の発露だった。
だがそうした強い感情の波は、鏡のように相手の感情の高ぶりをもあおる。眉間に深く皺を刻んだマルタの語気に、勢いが乗った。
「人聞きの悪いことを言わないで! これはあの子たちのためでもあるのだから!」
「不死を否定するあの子らの信念を知りながら、それを黙殺することが善意だと言うのか?」
マルタは片頬をゆがめた。バカバカしい、と笑い飛ばすように。
「不死を否定する理由なんて知らないわ。あの子たちも一言も言わなかったし、そんな愚にも付かない話、わざわざ聞きたいとも思わなかったもの。
……はっきり言ってあげるわ。命というのは、生きるために生まれてくる。だから生きることこそが、役割に沿った最も機能的で美しい状態なのよ。『死』なんていう欠陥はあるべきじゃない。――もってのほかだわ」
「では、あの子たちのことなど、愛しくはないと言うのか?」
「愛しいわよ。死ぬことなどない、完全な命であるのならね。
――けれどいざ産んでみれば、赤ん坊なんて、いつ死に迎えられてもおかしくない、不愉快で空恐ろしい存在だったのよ」
カインは顔をしかめる。
その中に浮かぶのは、怒りよりもむしろ――悲哀だった。
ノアたち兄妹への。そして……この母親への。
嫌悪もあらわに自分をにらみ付けるマルタに背を向けると、そのままカインは、教え、さとすように静かな口調で告げた。
「お前の言う通り、人は、人としては産まれてこない。放っておけば、いずれ死ぬか、獣になるだけだ。だからこそ、誰かが人間にしてやらなければならない。護り、教え、導かねばならない。
そしてその役目を第一に担うのは……誰でもない、実の親であるべきだったはずだ」
「何を、知った風なことを……」
「役割に沿うのが、機能的で美しいと言ったが。ならば、親というものを履き違え、親としての役割を自ら放棄したお前自身がどうなのか。――今一度、考えてみるんだな」
「……バカバカしい。わたしに何の非があるというの」
自分に言い聞かせるようにつぶやくマルタの脳裏に、先刻、春咲姫に連れられ、ここから去っていった兄妹の姿が思い起こされる。
言葉もなくうなだれるナビアと、顔を上げてマルタを見据え続けるノア。
動作こそ対照的ながら、二人の感情の色は同じだった。怒りというより、悲しみと失望に染まった暗い色。
それでも、彼女は何を気に留めることもなかった。だから、ノアが淡々と発した「全部演技だったんだな」という問いにも、何ら気後れすることなく真実を――かつて産まれたばかりの二人を春咲姫に預けたのは自分からだという真実を告げた。
そして、洗礼を受けて不死になりさえすれば、疑いようもなくお互い、本当の親子として、愛し、愛されるようになるという真意を告げた。
それに対して、あの子たちはどんな反応をしただろうか?
――そうだ。二人ともが、首を横に振った。
もちろん、まだ不死でない二人が、自分の言うことを正しく理解できるなどとは思わなかったが、にもかかわらず、何かを悟ったような表情で……ゆっくりと大きく、首を振っていた。
そして、ノアは言った。苦痛を堪えるように、眉間に幾重にも皺を寄せながら、しかし静かな声で言った。
「俺もナビアも、アンタを恨みはしない。赦すさ。優しくしてくれたのが演技でも、アンタが母親なのは間違いないし、良かれと思ってのことだって言うんだから。だから、赦すよ。
それからもう一つ。
――俺たちを産んでくれてありがとう。そして――さよなら、母さん」
礼を言われるのは当たり前だ。今しばらくの別れも間違いではない。
だが、赦されなければならないようなことなどしていない。ましてや、愚かな思想に取りつかれたままの子供になど。
「バカバカしい……!」
そう……気に留めるほどのことではないはずだった。
なのに、ふつふつと沸き起こる苛立ちに突き動かされるように、ふと視線を上げるマルタ。
その目に止まったのは戸口だった。
……背を向けた黒衣の男の姿が、そこに重なる。
『親としての役割を自ら放棄したお前自身がどうなのか。――今一度、考えてみるんだな』
「っ! あなたなどに何が分かると言うの……!」
記憶の中の背中に直接叩き付けるように、マルタは罵声を放つ。
そう――何が分かると言うのか。
不死を否定する、愚かで不完全な人間などに――何が。
カインは兄妹の生家を後にした。
強く吹き抜ける夜風は、彼自身気付かないほど、いつの間にか熱くなっていた頭を冷やしていく。
不死を肯定する者と、否定する者――そもそもの価値観が根本的に違う以上、何を言おうと馬耳東風に終わるのは分かり切っていた。だが、それでも……カインは、胸からあふれる言葉を抑え込むことができなかった。
兄妹の抱いたであろう無念を、わずかでも代弁したかったのか。
それとも――失われた記憶の中に、彼女の発言に反応してしまうような何かがあったのか。
一時立ち止まり、天を見上げるが、それで答えが出るものでもない。
――ともかく連れ去られた二人を追いかけなければ、とカインは足を踏み出す。
二人を連れ去った人間がどんな道をたどるにせよ、行き先は天咲茎で間違いないはず――。
夜にあってなお、他を圧して中心地にそびえるのが分かる尖塔を、遠目に確かめるカイン。
「――っ!」
その目を、突然――脇からの強い光が射た。
反射的に身構えながら、焼き付いてくらむ目をすがめて、そちらへ向き直る。
「ここに来れば会えると思ったのは、やはり間違いじゃなかったみたいだな」
白い光の向こうから聞き覚えのある男の声がした。
合わせて光が弱まり――闇との合間に、一つの像が形を結ぶ。
そこにいたのは、枝裁鋏特有の赤いスーツに身を包み、大型のバイクにまたがった、髭面の男――グレンだった。
「貴様は……!」
「グレン、だ。……光栄だな、覚えていてくれたか」
グレンは髭に覆われた頬をかすかに上げる。笑ったらしい。
「なるほど、今度は貴様が足止めをするということか。だが――」
視力はまだ完全に元に戻っていなかったが、気配さえとらえているならそれだけでカインには充分だった。全力をもって一瞬でカタを付けようと腰を沈めるが……それに対し、当のグレンが、敵意はないとばかりに大きく両手を挙げて制止を呼びかける。
「待った! 勘違いするな、俺はアンタと戦り合うためにここまで来たわけじゃない」
「……なんだと?」
警戒しながらも、カインは今にも襲いかかろうと四肢に溜めていた力を逃がし、ゆっくりと構えを解く。
言葉の真意はともかく、事実としてグレンに敵意がないのを、気配で察したからだ。
「ならば――何が目的だ」
大げさに挙げていた両手を下ろすと、グレンは自身の髭をそっとなでつける。
そして、打って変わって真摯に、カインを真っ直ぐに見据えながら訴えた。
「――単刀直入に言おう。カイン、アンタのその力を貸してもらいたい」
*
「結局……春咲姫、アンタは、俺たちのために本当のことを隠していたんだな」
向かい合わせで座れるよう設計された送迎用の大きな車の中、となり合う自分たち兄妹の対面に一人ぽつんと座る春咲姫に、ノアは問うた。
母の家を出てこの車に乗せられてから、すでに一時間は過ぎている。その間の沈黙を破り、初めて発せられた言葉だった。
春咲姫は一度顔を上げて兄妹を見比べた後、わずかに目を伏せてうなずいた。
「ノア、あなたの才能にわたしたちが目を付けたのは本当だよ。だから――」
「だから、死を忌み嫌う母親から押し付けられたんじゃなく、むしろ自分たちが母親に無理を言って引き取った――そんな形にしたわけか」
「……ええ、そう。マルタがどう考えているにせよ、母親の方から突き放されたっていう事実は……子供には、つらいと思ったから。余計なことを、と思われても仕方がないけれど」
「そんなの――そんなの、思わないよ」
ノアが答えるより先に、ナビアが身を乗り出して言った。
「ナビアの言う通りだ。……ただでさえ俺なんて、母さんのこと薄情だってずっと憎み続けてたんだ。なのに、子供の頃からこんな事実を知らされていたら、それこそどれだけショックだったか分からない。
――だから、それについては感謝してるよ。これだけの時間の猶予があったから、俺もナビアも、母さんを赦せたんだろうから」
「……ありがとう。うん……天咲茎を出て行って、一ヶ月も経ってないのに……見違えるほど強くなったんだね、二人とも」
優しい声で言う春咲姫は、まぶしいものでも見るかのように目を細める。
その表情を、観察するようにじっと見続けていたノアは、小さく首を振った。
「……なんでだ?」
何が言いたいのかと首をかしげる春咲姫に、ノアは強い語気で問いただす。
「アンタは俺たちを捕まえようとしていた。連れ戻したがっていたんじゃないか。……なのにどうしてそんな顔をするんだ。そんな……何とも言えない顔」
「わたし……そんなに変な顔をしてる?」
「何かが気になって、微妙に後ろ髪を引かれてる――そんな感じがする。車に乗る前から」
ナビアもうなずいて同意を示す。
春咲姫はふと自分の顔に手を遣り、そして苦笑をもらした。
「……そっか。そうだね、今のわたしには……嬉しいっていう気持ちと、哀しいっていう気持ちが同居してるから。
――わたしね、生まれたばかりのあなたたちを預かったとき、マルタとわたしの個人端末の間に、直通の回線を設けておいたの。マルタが後で思い直して、あなたたちと会いたいと思ったとき、すぐに、いつでも、その願いを叶えられるように、って。
そして、今回は――その直通回線を使って、わたしからマルタに連絡を取ったの。事情を一通り話して、もしもあなたたちが現れるようなことがあったら、報せてほしい……って。そうしたら――」
「そうしたら……本当に連絡が来た、ってわけか。子供に会いたい――どころか、子供をもう一度引き取って欲しいっていう連絡が」
なるべく感情的にならないようにと自制しているのだろうが、さすがに抑えきれるものでもないのだろう。
淡々とそうつぶやくノアからは、やり切れない落胆の念がにじみ出ていた。
春咲姫はそんなノアを気遣うように見つめながら、静かにそれを認める。
「あなたたちを、こうして無事に保護できたことは素直に嬉しい。でも……母親が、危険を承知で会いに来た子供を、ためらいなく引き渡したのが……哀しいの。
わたしは子供を産むことができないし、実の母とは幼い頃に死に別れているから、親がどういうものか――特に母親については、本当の意味で分かっているとは言えないけど、でも……やっぱり、哀しくて」
うつむく春咲姫の顔を、ずいと身を乗り出して心配そうにのぞき込んだナビアは、膝の上で握り締められたその小さな拳に、そっと自らの手を重ねる。
春咲姫はその手を、今度は自分の両手で包み込み、優しく微笑んだ。
「ありがとうナビア。本当につらいのはあなたたちなのに……ごめんね」
「……なあ、春咲姫」
二人のやり取りを見守っていたノアは、何かを心に決めたのか、居住まいを正し、あらためて春咲姫に正対した。
「アンタはそうやって、俺たちのことを何かと思いやってくれた。なら……俺たちの、不死にはならず、人として生き、人として死にたいっていう意志も、尊重してくれないか。
庭都に混乱を招くことを心配してるなら、それは大丈夫なんだ。俺たちは庭都を離れて地上に降りることを決めたんだから。
だから……頼む、俺たちを解放してくれ。俺たちだって、世話になったアンタと争うようなことはしたくないんだ」
以前はそんな要求が受け入れられるなどとは夢にも思わなかった。だから逃げ出したのだ。
だが今、ノアは、春咲姫なら話せば分かってくれるに違いないと思えていた。
そして、彼女さえ首を縦に振ってくれたなら、もう不毛な争いも逃亡も必要なく、大手を振って地上へ向かえるのだ。それはまさしく、文句のつけようのない理想的な結末だ。
対して春咲姫は、言葉を選ぶようにしばしの間を置いてから、口を開いた。
「ノア、ナビア。誰にも言っていないことだけど……わたし、ね。この千年の間ずっと、心の片隅に引っかかって捨てきれずにいた、一つの疑問があるの。
そう……わたしは、不老不死になって……本当に良かったんだろうか、って。……そんな疑問が」
春咲姫の告白に、ノアもナビアも、文字通り言葉を失う。
それも当然だった。庭都すべての不老不死の源、ただ一人、不凋花と共生する神のごとき存在が、己の在りように疑問を抱いていたなど、誰が想像しただろうか。
「でもね、あのとき……死にたくなかったのも事実。
昔……わたしは、治る見込みのない病気で、いつ死んでしまうかも知れない命だった。そんなわたしが生きるためには、不凋花を受け入れて、不死になるしかなかったの。
もちろん、わたしはそれを拒否することもできた。……でも、不老不死の持つ意味を理解して――そこに罪深さを感じながらも、わたしは生きたいと願った。必死に、がむしゃらに、生きたいって……願ってしまった」
そこに含まれているのは、浅ましくも生にすがりついてしまったとの自嘲の念か――窓に映り込んだ自分と目を合わせ、春咲姫はかすかに笑った。
ノアもナビアも、ただただ息を呑んで、千年を超える時を生きてきた少女の告白に聞き入るしかなかった。
「……不凋花を体内に取り入れる手術が終わって、わたしが目を覚ましたときには……もうウェスペルスやライラたちが、わたしの中の不凋花を通して不老不死になっていた。
そのときからわたしの命は、わたしだけのものじゃなくなったの。それは同時に、そうして繋がるみんなの命の重さを背負うことでもあったから。
……でも、それが嫌だったわけじゃない。
わたしは純粋に、生きることができて嬉しかったし、何よりも、永遠を生きるのに一人じゃなく、仲間がいてくれることが嬉しかった。だから、ウェスペルスたちが、わたしたちだけじゃなく、誰もが死なずにすむ理想の世界を創ろう、って言ってくれたとき、わたしは喜んで賛成した。
そうして……世界を破滅に追いやったあの大戦を挟んで、長い年月をかけて生き残ったわずかな人々を集めたわたしたちは、この庭都を造った。
人々の意見の違いや衝突もあって、常に順風満帆だったとは言えないけど……ようやく庭都は、限りなく理想に近い形で平和な世界を実現した。
そしてわたしも、その平和な時間のうちに、心の片隅に刺さった小さなトゲのような疑問を――その痛みを、しばらく意識することなく過ごすことができた。庭都のみんなが幸せに暮らしてくれている、だからわたしが不死になったことは間違いなんかじゃなかったって、そう素直に思えたから。
でも、ある日――不老不死が当たり前になったこの世界で、死がある命こそ正しい、本来の人間の生き方だって……洗礼を拒否して逃げる子供たちが現れた」
「……それ、って……」「俺たちのこと、か」
兄妹の確認に、春咲姫は二人の方へ向き直って小さくうなずく。
「わたしにはそれが、啓示のように思えた。お前の在りようは本当に正しいことなのか、もう一度自ら問い直せと、そう言われている気がした。
だから、わたしは――」
そこまで言ったところで、春咲姫は急に口をつぐんだ。その先の思いは禁忌であり、決して言葉にしてはならないとばかりに、固く唇を結んで。
そうして自ら、何かを否定するかのように首を振り、呑み込んだ言葉は外へ出すことなく、「とにかく」と彼女は話を続ける。
「わたしが……不老不死に疑問を抱き続けてきたのは事実。あのとき、やっぱりわたしは死ぬべきだったんじゃないかって、そう思うこともあるぐらいに……ね」
「それならなおさら、俺たちの考え、理解できるだろう?」
「うん……そうだね」
理解が得られるのなら大丈夫だと目を輝かせるノア。
しかし春咲姫は、一転して厳しく――そしてどこか沈鬱な表情で、静かに首を横に振った。
「でも――ごめんなさい。あなたたちの考えもよく分かる。けれど、だからこそ……わたしはあなたたちを――あなたたちの選んだ生き方を。認めるわけにはいかないの……決して」
「な……なんだよ、それ。どうして……!」
「それを認めるということは……わたしの、わたし自身の生き方について抱き続けてきた疑問――それこそが正しいと、はっきり認めることでもあるの。
ことがわたし一人だけの問題ならそれでもいい。
でも、それなら、わたしを通じて不老不死になった庭都のみんなはどうなるの? わたしを信じてくれるみんなの、幸せで平穏な生活を、全部間違いだったって否定しろと言うの? 今さら?
そんな、みんなの命を弄ぶようなこと……認められない。認められるわけ――ない……!」
春咲姫は、喉の奥から一言一句、絞り出すようにして……心情を吐き出した。
それは、聞いている方がつらくなるほどに悲痛な、文字通りに心からの声だった。
現に兄妹も、しばし沈んだ面持ちで言葉を失っていたが……やがて顔を上げたノアが、何かを言おうとしたそのとき、待ったをかけるように、春咲姫がかたわらに置いていた掌携端末が呼び出し音をかき鳴らした。
同時に、車が大きく減速し、天咲茎に戻る上では曲がる必要などないこの人工湖の橋上で、ゆっくりと弧を描き始める。
「え? どうして……ライラ?」
端末で呼び出してきている相手が、列の先頭車両にいるライラだと気付いた春咲姫は、事情を尋ねようと端末の回線を開く。
「お兄ちゃん、ここって……」
窓から外を見てつぶやくナビアに、ノアはうなずいて応じる。
……やがて車列がその動きを止めたのは、人工湖の途上にある、荘厳な古城の前だった。




