WORLD 1-A 勇者の日常
「グオオオオオオオオ!!」
巨大猪が雄叫びを上げ、森が震える。
身の危険を感じた周囲の動物たちは、すぐさまその場から散っていく。
しかし唯一声の主を目の前にして全く物怖じせず、まっすぐそれを見据える人影があった。
歳は10代後半くらいで、綺麗な紫色の髪とエメラルドグリーンの目を持つ少年だ。顔立ちも整っており、なかなかの美形である。
「ん……またキミか……《フォレストボアー》の異常発生ってやっぱりホントだったんだね」
全く緊張する素振りを見せずつぶやくと、少年は手にした片手剣を構える。
「グゴッ!!」
巨大猪が少年に向かって一直線に突進してくる。まともに食らえばひとたまりもない威力を持っているが、やはり少年は動じない。
邪魔な木々をなぎ倒しながら、少年に脅威がせまる。
そして巨大猪が少年に接触し、あっけなくその身体を吹き飛ばす……
と、思われたその時だった。
「はっ!」
「グォッ!?」
少年の一声とともに残像が生まれる。直後、少年は巨大猪の後方に移動していた。
同時に相手の巨大猪の身体は横に切断され、上半分と下半分でスッパリと分かれていた。
「ゴッ???」
何が起こったのか把握しきれない様子で、巨大猪は黒い煙となって消えていく。
「ふぅ、やれやれ」
ガコン
少年が一息つくが否や、《フォレストボアー》が消えた場所に空から宝箱が降ってきた。
これは『トレジャードロップ』と呼ばれる、モンスターを倒した後に所構わず降ってくる討伐報酬だ。中には直前に倒したモンスターの身体から採取できる素材が入っている。
なぜ宝箱が空から降ってくるのか、この世界の人間は誰も知らない。
教会の神父曰く「勝利の女神の祝福」だそうだが、少年は宝箱が降ってくる理由よりもその中身に興味があった。
「『ボアーの角』が2本、それと『ゴワゴワな毛皮』ね……まぁいつも通り」
慣れた手つきで少年はドロップアイテムを冒険者鞄に入れていく。
空になった宝箱は、スッと透明になって消えていった。
「ユーリ、終わったカ? なぁもう帰ろうぜェ。オレ腹減ったヨ」
宝箱が消えて行くのを見届けると、少年の後ろから声が聞こえてきた。
少年――ユーリと呼ばれた若者が振り返ると、そこには幼い《サンダーバード》が飛んでいた。
黄色い羽毛に包まれ、淡い青色の目をしている。
「ガル? どこに隠れてたんだい?」
「かっ、隠れてたわけじゃねーシ! 茂みから隙をついてあのイノシシ野郎に攻撃しようとしてたんだヨ!」
ガルと呼ばれたその幼鳥は、弱いところを見せまいと胸を張って答えた。
「あー、それなら悪かったね。《カウンター》の一撃で倒しちゃったよ」
「オメーは強くなりすぎだゼ……今レベルいくつだヨ?」
「えーっとね」
そう言うとユーリは自分のステータスウィンドウを出した。
この世界に生ける者には全て『ステータス』なる物が設定されている。
そのステータスを数値化したものが『ステータスウィンドウ』だ。
ステータスウィンドウはそれを持つ本人の意思によって呼び出すことができ、『名前』、『職業』、『レベル』『現在のHP/最大HP』、『現在のMP/最大MP』、『状態』の6つが表示される。
ユーリの近くに現れたステータスウィンドウにはこう表示されていた。
名前:ユーリ
職業:光の勇者
レベル:74
現在のHP/最大HP:459/459
現在のMP/最大MP:180/180
状態:正常
「レベル74て……どんだけ強くなってんだよオマエ……」
ステータスを見たガルは、冒険者としては異常ともいえる数値にあきれるしかない。
「これでもまだ足りない……」
「何言ってんだヨ。冒険者はせいぜいレベル30の実力もありゃ十分食ってけるんだゼ?」
「……冒険者の平均レベルから考えると確かに高い。けど、ボクはまだまだ強くならなくちゃいけない」
ガルの反応を見て急に真剣な顔になったユーリだったが、すぐに笑顔をつくって言った。
「それはともかく、一旦街に帰ろう。そろそろお昼だしね」
「オッ! 今日はもう修行は終わりカ? やれやれ……やっと化け物だらけの森からオサラバかァ」
森の中では終始周りを警戒してガタガタ震えあがっていたガルだったが、帰るという言葉を聞いてホッとした顔になった。が、その安堵はすぐに崩壊することになる。
「何言ってるんだい? まだ今日は終わらないよ。 戻ってまた帰ってくるからね」
「ハァ!? なんでわざわざそんな面倒な事するんだヨ!?」
「《フォレストボアー》の大量発生で緊急の討伐クエストが出てると思うから、それを受けてまた帰ってくる。昼食はついでだよ」
「報酬目当てカ!? お前、結構金にがめついなァ……」
「『金は天下の回りモノ』ってね。じゃあ行こっか。先にクエストセンターへ向かおう」
本日2度目であるガルのあきれ顔を横目に、ユーリは街に向けて歩き出した。その少し後をうなだれた様子のガルもついて行く。
なんだかんだ言いながら、いつも自分についてきてくれるこの幼鳥はやっぱり優しい奴なんだなとユーリは改めて思うのだった。
番外編です。
勇者のユーリ君と相棒のガルがここで登場です。
ガルのキャラがいまいち成り立ってないかな? と思ったので個性を付けるため、台詞の語尾をカタカナにしました。