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WORLD 1-2  異世界ものに異能力バトルはつきもの

[×3]


 意識が急に身体に引き戻される感覚。

 一瞬の空白。そして、

「なんなんだよさっきの音……そしてこの数字は……」

 俺――真名木 蓮は目を覚ました。

 モンスターに攻撃したはずなのに全く手応えを感じられず、その上自分がやられてしまった不条理に思わずため息をつく。

「ブレクエの世界に来たんだからさぁ……もっとこう、ゲームと同じように戦えると思ってたんだけど? 何故俺が死ぬ?」

 RPGの醍醐味の一つは迫り来る敵と戦い、勝つことでレベルアップし強くなることだ。

 さスライムのような超ザコ敵にすら勝てないということはすなわち、俺のスペックはこの世界にどこにでもいる《村人》と同等、もしくはそれ以下ということである。

 そもそも敵に1ダメージでも与えられなければ勝つことすらできないので、今後の俺の成長は絶望的とも言える。

「っと、悲嘆にくれてばっかりもダメだよな。動かないと何も始まらないか」

 前向きに行こうと自分を奮い立たせ、改めて自分の今の状況を確認する。俺の周りを取り囲むのは木、木、木。どこかで見たことのある風景だと思い振り向くと、後ろにはこの世界に来て最初に見つけた人工物、あの灯籠のような形のオブジェクトがあった。

「最初の地点に戻された感じだなこりゃ。……セーブしてなかったからか?」



 《ブレクエ》シリーズのセーブ機能は対応ハードのスペックが上がるにつれ進化していった。俺の世代のブレクエは任意で設定を変更しない限りオートセーブが主流であり、「セーブをする」という言葉は死語になりつつあったが、レトロゲームをこよなく愛する俺にとっては常に側にある言葉だ。



「城っぽいのに近づいてたのに強制逆戻りかぁ~。まぁ今度はモンスターにケンカ売らずに地道に行くかな」

 戦えないことを自覚し一度は肩を落としたが、立ち直りの早いところは俺の長所。それに訳も分からず放り出されたとは言え、ここはゲームの世界。

「どんな状況でも楽しまなきゃ、ゲーマーの名が廃るってもんさ! さて、最初の街に向かいますか!」

 そう言って俺は力強い一歩を踏み出した。



「グォ……グガアアアアアアアアアア!!!」



「いやお前はお呼びじゃねぇよ!?」

 勇ましく歩き出した直後、早速出会ったのは《フォレストボアー》。逆戻りから再び始まった旅路はトラウマ製造器との二度目の遭遇からだった。

「グギャアアアアアアアア!」

「俺達、なんか運命の赤い糸的なもので結ばれてんのかね……ってぅわお!」

 軽口を叩く俺に、巨大猪の身体が飛んでくる。すんでの所で体当たりを回避すると、俺は一目散に逃げ出した。

「どうあがいても勝ち目なし……! 逃げる!」

 さスライムにすら勝てなかった俺がフォレストボアーに立ち向かっても確実に殺されるだけだ。今の俺に出来ることはひたすら逃げることのみ。

 あの巨体で森の中では小回りは利かないだろうと考え、いずれ振り切れると思っていたが、

 ガガガガガガガガ……


 それは甘い考えだったと思い知らされることになった。

 フォレストボアーが周囲の木々をなぎ倒しながら、蓮に向かって真っ直ぐ突進してきたからだ。興奮状態にあるらしく、後ろから荒い息づかいが聞こえてくる。

「どうあっても俺を殺したいのかお前! しつこい男はモテないぞ!」

 障害物もお構いなしに突っ込んでくる敵に対し、都会っ子の俺は森の中を走るどころか歩くことも慣れていないため、段々とお互いの距離が縮まっていく。しかし俺の身体はいくら走っても疲れを感じることはなく、失速することはなかった。


 そして一方的な勝負の決着の時が来る。

「ふべっ!」

 俺が小枝に足を滑らせ、前のめりに大きく転んだのだ。

(あっ……これ、死ぬ)

 あと数秒でフォレストボアーの巨体に押しつぶされ、間違いなく絶命する。

 わざわざ自分の死と向き合う気にもならず、諦めて地面に顔をつけたまま身体が押しつぶされるのを待つ。

 猪の足音が近づいてきた。のこり3メートル、2メートル、押しつぶされる恐怖に耐えかね、俺は思わず目をつぶった。


「プギャアアアアアアアアアア!!」


 俺の身体の右側から大猪の足音と、今まで聞いたことのない種類の雄叫びが聞こえたかと思うと、足音が通り過ぎていった。

 一瞬の間を置いて、

「え?……え!?」

 顔を上げると、そこには左目に深々と小枝を突き刺したフォレストボアーが苦悶の声を上げながらのたうち回る姿があった。

 左目は完全に失明しているらしく、時折木に胴体をぶつけている。ブレクエは《全年齢対象》のゲームのためか、フォレストボアーの身体から血が流れ出なかったが、俺にとってそれは逆に不気味なものに思えた。


 しかし、俺は目の前の光景に不気味さを感じると同時に、頭では全く別の事も考え始めていた。


 ラノベでよくみる異世界転移や異世界転生ものは、大抵主人公は特別な能力を手に入れるものだ。「もしかしたら自分も」と淡い期待を持ってみたが、これまで俺の身に起きたことは全て不条理な物ばかり。

 しかし、改めてこの世界に来てから俺の身に起こった事を一つ一つ思い出していくと、あることに気がついた。そして目の前で起こっている出来事。


 もしも、この状況を覆すことのできる能力が俺に備わっているとしたら?


 そして今考えたのはものすごくバカバカしい事だが、この状況でそれを試してみたい自分がいる。

 ただの憶測であり、同時に何の確証もなく、実際それを試して見事に返り討ちに遭う可能性の方が高い。今の状況ならば、隙をうかがって逃げることも出来るだろう。

 …………

 蓮はゆっくり立ち上がると、10メートル先のモンスターをじっと見据えた。もはやフォレストボアーは先ほどまで追いかけ回していた相手には興味を失い、左目と身体の痛みに負けて暴れているだけだ。

 今ならいける、と確信を持って走り出す。眼前の敵、フォレストボアーに向かって。

 助かった命をまた危険にさらす行為。しかし俺には一人のゲーマーとして譲れない、ある信念があった。

「それは……どんな結果が待っていようとも、気になったらやってみずにはいられない『検証魂ケンショウダマシイ』!!」

 フォレストボアーから半分ほど距離を縮めた所で、ジャンプ。


[ビョーン]


 人体からは絶対に発せられない音を出しながら、俺の身体は大きく浮かび上がった。

「わお!」

 俺の身体能力、というより人間の身体能力を遙かに超える跳躍力で、一瞬のうちに俺は地面から3メートル程離れた空中にいた。この結果を少しは予想していたとはいえ、俺も驚きの声を上げる。

 直後、俺の身体は重力に吸い寄せられ、落下をはじめる。着地地点は暴れ回っているフォレストボアーの背中。


[ペコッ]


 綺麗な放物線をえがき、フォレストボアーの背中に足から着地。その瞬間、フォレストボアーは明らかにファンタジー世界に似合わない音を出し“潰れた”。

「…………」

 終わった。


 大猪の脅威と騒ぎが去り、後に残ったのは静寂のみ。ブレクエでは戦闘で勝利するとモンスターがお金や宝箱がドロップしたり、一定の経験値が貯まるとレベルアップするのが普通だが、今の勝利には何の見返りも褒美も無かった。

「あー……うん。コレが俺のこの世界に来て得た能力ってわけね。わかったわかった」

 ブレクエの世界に転移したのだから、ノベル的な展開から考えて俺は自分に主人公ポジションの勇者か、もしくは魔王の役割でも与えられているのかと思っていた。他にも村人とか魔法使いとか、いろいろ選択肢はあった筈だ。

 しかし、現実はそれらとは全く違う、その上ゲームのジャンルすら違うポジション。


「『アクションゲームの主人公』……ってところかね……」


『どれだけ走っても疲れない』『敵に触れただけで死ぬ』『敵を踏んで倒せる』など、ブレクエなどのRPGの世界では絶対にありえない要素が俺の身に起きた。そしてその能力はアクションゲームのソレに酷似している。それに気付いた時はさすがの俺も半信半疑だったが、この結果を見るにどうやら本当らしい。

 つまり俺はある意味最強、ある意味最弱の力を手に入れたということだ。

 自分の能力を自覚すると同時に、俺はどこか残念な気持ちになってきた。

 ブレクエの世界に転移したからにはブレクエにどっぷり浸かろう、という密かな野望が音を立てて崩れ落ちていく。


「おもってたのと、ちがーう!!!」


 やるせない気持ちになり思わず叫んでしまったが、静まりかえった森の中に虚しく声が響くだけだった。


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