WORLD 1-1 時には思春期の妄想で片付けられないこともあるのです
[×5]
チュン……チュン……バサバサバサ……
意識が急に身体に戻る感覚。鳥のさえずりと羽音で俺は目を覚ました。
一瞬の空白。そして、
「ふぇ?」
そして、自分が土の上に立っていたことに気付く。
目の前の風景は木、木、木。どこまでも続く森だった。
「あれ? 俺、さっきまでブレクエしてたはずだけど……どこよココ……」
記憶が曖昧で何故ここにいるのか、どうやって来たのか分からない。
「突然テレポート…………バグか?……」
言いようのない不安に駆られ、VRゴーグルを外そうと『現実世界の手』を動かす。
「あれ?」
『現実世界の手』が空をつかみ、俺は目の周りを覆っているはずのゴーグルがないことに気付いた。
まさか俺、異世界転移した?
と、一瞬だけ新たな可能性を考えたが
「そんな非現実的な……思春期の子どもが考えることなんてそんな妄想ばっかり! まったくもー」
と、一瞬考えたそれを俺は『ただの妄想』で片付け、ゲームの不具合でバグが起きたと予測した。
「……ん?」
まわりを見渡すと、俺の後ろに小さなスペースに石で出来た祠を見つけた。
円形の土台から上に向かって伸びる柱、俺の胸の高さのところにある握り拳3個分のくぼみ、最上部にある屋根、その形から神社にある灯籠を連想する。
「なんだこれ……うおっと!?」
好奇心で手を触れたとたん、くぼみの中が淡く発光し始めた。
[Checkpoint]
そして俺の頭上に意味不明の文字が浮かび上がり、消えていった。
「なにこれ?」
「グゥオ……グゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
よく調べてみようと身を乗り出したその時、背後から雄叫びが聞こえた。
「ぅえ!?」
飛び上がって振り返ると、そこには巨大な動物の姿。見た目は猪だが、その大きさが違う。通常の猪の3倍はあろう体格で、目の前には鼻が位置している。巨大な鋭い牙を持ち、鈍く赤い光を放つ目で俺を睨んでいた。
初めて見るはずなのに既視感を覚える見た目。そこで気づく。
「こいつ……もしかしてフォレストボアー……!? にげ……」
突然思考が中断され、とてつもない痺れが全身を襲う。
その巨体に体当たりされた、と気づいた時には、すでに俺の身体は宙を舞っていた。
地面になぎ倒され、身体の感覚が無くなっていく。
「……なんだこれ……いきなり……やられるのか……?」
五感が全て消え去った後、残された意識も闇へ沈んでいき、真名木 蓮は死んだ。
[テテテー テテッテッテー]
[×4]
意識が急に身体に戻る感覚。
一瞬の空白の後、
「…………ふぇあ?」
間の抜けた声を出して、俺は今おかれている状況を確認する。
先ほど巨大猪に襲われ、確かに一度「死んだ」はずの場所、淡く光を放つ祠の前に俺は立っていた。脅威は既に去った後なのか、目に映るのはのどかな森の風景のみ。
「助かった……のか? ……いや、たしかにあのでっかい猪にふっとばされて……死んだな、俺」
死んだのに、どうしてここにいるのだろうか。と疑問に思う前に
「……ひとまず退散! 考えるのはそのあと!」
この場を離れるのが先決と判断し、一目散に逃げ出した。
……おかしい……
全速力で走り始めてからかなりの時間が経ったはずなのに、未だに息切れがしない。普段の俺なら、3分ほど前には体力の限界が来ているはずだった。
火事場の馬鹿力というやつだろうか。
それにしちゃ随分冷静なんだけど。
違和感を覚えながらも俺は猪を十分振り切ったと思える所で止まり、木陰に腰を下ろした。
「さて、まず俺がどうしてこんな所にいるかってとこからなんだが……」
腰を下ろし、落ち着いたところで改めて今の状況を整理する。
巨大猪に吹き飛ばされた時、衝撃で目が覚めた。いや、その後に死んだんだけども。
その後どういう訳か戻ってきた訳だが。
情報を整理し、考えるにおそらく、
「……俺、異世界転移したわ」
そもそも、目が覚めた時に気づくべき要素は山ほどあった。
まずはVRが出来る表現を大幅に超えたリアリティ。いくらここ数年でVR技術と脳科学が発達したとはいえ、今の技術では俺が感じている風や座っている土の感触などは再現不可能なはずだ。
そして今の蓮の服装。Tシャツにチノパンと、最後に元の世界でゲームをしていた時に身につけていたものをそのまま着ていた。唯一違う事と言えば靴を履いていたところだが、これはいつも俺が履いているスニーカーだ。これだけのアイテムがVRで再現されているとは考えにくいし、まず不自然。
……うん、こんだけおかしな点があったのに気付かない俺って……鈍感すぎねぇ!?
言い訳をするとしたら、昔夢見た異世界転移を「そんなものノベルの中での話」と、自分に起こるはずがないと諦めていたからなのだが。
次に「ここが何処なのか」という疑問が出てくるが、それはもう予測がついている。
《フォレストボアー》
先ほどの巨大猪の名称を思い出す。
「おそらく此処は……俺がさっきまでやってた《ブレイズクエストⅩⅥ》の世界だ!」
ゲームを始めてこの世界で目覚めるまでの記憶があやふやで、なぜ、どうやって異世界転移したかは分からないが、間違いなくここは《ブレクエ》の世界だ。
なぜそう言い切れるのか。それは先ほど蓮を殺したモンスターに、俺はゲームで嫌と言うほど倒されていたからだ。
《フォレストボアー》Lv,25~30
ゲーム序盤でも登場する上級モンスター。フィールドの森林地帯を歩いていると、ごくまれにエンカウントする。
まだプレイヤーのレベルが20に満たない状態でも出くわすことがあり、現在のアクションRPGになる以前のブレクエでは、出会ったら無駄な抵抗はやめて潔く『にげる』コマンドを選ぶのが定石とされていた。
HPも尋常でない程多く、『とっしん』や『なぎはらい』といった一撃必殺の攻撃を繰り出してくる。このモンスターを倒せるようになって晴れて一人前とされ、プレイヤーが目指す目標の一つとされている。
ブレクエシリーズを余すことなくやり尽くしてきた蓮でさえ、エンカウントしても絶対に気を抜くことができないモンスターの一体だ。
「――そんなトラウマメーカーといきなり出くわすなんて……今日の俺の運は最悪レベルかもな」
訳も分からずゲームの世界にとばされた上に、初戦闘はトラウマ級のモンスター。泣きっ面に蜂とはよく言ったもんだ。思わずため息をつく。
そもそも戦えるような装備も何もつけていないのに、どうやって戦うというのか。
「武器を買うまでとりあえず素手戦闘か? モンスター相手にどこまで通用するんだろ……?」
もとの世界に戻るまでこの世界で暮らすことになる可能性が高いので、たとえ無茶をしてでも今の俺の力量を試しておかなくてはならない。
そう考えた俺は立ち上がり、Lv,1でも絶対に倒せるモンスターを探すため、そしてトラウマメーカーに会わないために、ひとまず森を抜けて平原に出ることにした。
棒の倒れた方向に真っ直ぐ歩いてみるという古典的な方法を試してみたところ、運良く平原に出ることが出来た。ラッキー。
さらに歩き、低レベルモンスターを探してみるが、
「あれは……ゴブリンちゃん達か。ヒーラーいるし厄介そうだな……」
「ソルヴォルフの群れ発見! でも少し数が多いな……」
これまでのブレクエシリーズでの経験を生かし、身を潜めながら力試しに丁度良いモンスターを選んでいく。しかし確認できるのは倒せる自信のないモンスターばかり。
「ん?」
辺りを見渡しながら歩いていると、左前方に小さく建物が見えた。
「あれは……城か? とすると、城下町があると見た!」
人里恋しくなってきたところでの発見に喜び、俺は見えた人工物に向かうことにした。
人工物に向かって歩いて行くと、徐々にその全貌が明らかになってきた。最初に想像した通り、中性ヨーロッパ風にデザインされた大きな城が見える。外回りを大きな城壁で囲み、内部にある街もかなり大きい事が窺える。
城に近づくにつれて、周囲にいるモンスターのレベルも下がってきた。おそらくゲームではこの街から物語が始まっていくのだろう。今まではストーリー上で進むべき道を逆走してきたのだと予想する。
「おおっ! あれは!?」
見ると、紫色をした丸いゼリー状の物体が徘徊していた。《ブレクエ》シリーズの中で最弱、かつマスコットキャラとしても知らない人はいない、モンスターの代表格《さスライム》だ。
紫色というと毒を持っていそうなイメージだがそんなことはなく、外的から身を守るための警戒色という設定らしい。しかしそのツヤといい透きとおり方といい、どう見てもブドウゼリーである。
「アイツなら俺でも倒せるかな……よし!」
思い立つや否や、俺はそのままさスライムに突っ込んでいった。
「!!」
さスライムが俺に気付き、目を赤く光らせ戦闘状態へとなる。小さくはねた直後、その液状の身体のどこからそんな跳躍力が出せるのかと思う程のスピードでさスライムが跳んできた。
(『たいあたり』か。一撃くらい受けても大丈夫だろうけど……そりゃ!)
流石に序盤中の序盤である敵の攻撃に当たるほど反射神経も悪くなく、俺は少し横に跳んでそれを余裕でかわす。そしてお返しと言わんばかりに、
「そらぁ!」
さスライムのおそらく顔面にあたる場所に右ストレートをお見舞いした。
が、
「……?」
パンチを食らってもさスライムは微動だにしない。素手戦闘だとこんなに自分は弱いのかとショックを受ける間もなく、俺の身体に変化が起こる。
「っへ?」
さスライムに拳が当たった直後、全身に強い電流が駆け巡った。
段々と身体の感覚が無くなっていき、とうとう意識だけになる。
(……敵に攻撃して死ぬ!? 俺、弱すぎねぇ!?)
最期にそんなことを考えながら、俺の意識は無くなっていった。
[テテテー テテッテッテ―]