WORLD 2-1 異世界の仕事にブラックもホワイトもない
「ふふんふふふ~っふふん~ふふふ~」
「シャー!! ……!?」
[ビョーン]
[ペコッ]
傍から見ている人がいたのなら、一瞬のうちに様々な事が起こって困惑するだろう。
まずモンスターの跋扈するフィールドに武器、防具などを何も装備していない少年が鼻歌を歌いながら走っている。
すると突然、目の前にLv,8のモンスター《ラパン》が少年の前に立ちはだかり、兎のような愛らしい見た目とは裏腹の鋭い牙で少年を威嚇する。並の村人ならこの時点で一目散に逃げ出すだろう。
しかし少年はニヤリと不気味に笑うと、そのまま《ラパン》に直進。そしてジャンプ。
恐るべき跳躍力で宙を跳んだかと思うと、そのまま《ラパン》を踏みつけた。
すると《ラパン》の身体は一瞬のうちに上から圧縮されていき、平面状になって潰れたのだ。変な音と一緒に。
戦い|(?)の後、少年は冒険者鞄からクリスタルを取り出し中を確認する。
クリスタルの中には『19』という数字が浮き出ていた。
「あと1体かぁー。なんか楽勝過ぎて萎えるわぁー」
気の抜けた独り言をつぶやき、少年は再びクエスト『可愛い悪魔』を達成するため最後の《ラパン》を探しに走っていった。
この少年――つまり俺が《ブレイズクエスト》の世界に転移して3日が経った。
この3日の間に色々な事が起こったのだが、きちんと順を追って話そう。
話は3日前、俺がこの世界に転移した日に遡る。
「ちくしょー……俺4万G稼いだんだよぉ……今頃高級宿屋で優雅なディナータイムとかしてたんだよぉ……なのになんでぇ……」
「まぁまぁ、そう落ち込むなっテ。長い人生ダ。次はきっとイイことあるからサ!」
「……トリに人生語られても何も心に響かねぇよぉ……」
「ンダトォ!?」
折角稼いだ40,000ゴールドを“収集”してしまい、俺の所持金がまた0になってしまったその夜。
傷心中の俺はユーリ達に連れられてやってきた「夜鷹のねぐら」という酒場で、注文したパスタを待ちながらテーブルに突っ伏して嘆いていた。
「しかし驚いた。変な音がしたと思ったら硬貨が無くなっていて……手品でも使ったのかと思ったけど、反応から察するに違うみたいだね?」
「ああ……本当に俺が意図せず消えた。いや、消しちまったの方が正しいのか? 何にせよ俺は一文無しなう」
「消しちまっタ?」
「いえす。……まぁ信じてくれるか分からんが、一種の呪いみたいなもんだな」
“呪い”というのは我ながらいい表現だと思う。
普通ゲームでの“呪い”というと徐々にHPが減っていったり回復呪文が効かなくなったり、遠からずキャラクターの死に関わってくるものが殆どだ。
例えば昔人気になったRPGに「頭にタケノコが生える」という呪いがあった。一見シュールだが、頭に生えたタケノコはキャラのHPを吸ってどんどん成長していき、それが竹になると全てのHPを吸われてゲームオーバーとなる。なかなか侮れない呪いだ。
これらに対して俺の“呪い”は「硬貨に触るとアイテムとして吸収される」。こちらは直接的に死と隣り合わせというわけではないが、この世界で生きる上では結構辛い。
俺の世界なら紙幣やカードというものがあるので支払いには不便はないだろうが、この世界は違う。紙幣を作れるほど印刷技術が発達していないし、もちろんカードもない。
故にこの世界で出回っているお金は全て硬貨だ。結論から言って、俺はこの世界で全てのお金に触ることが出来ない。
……なんというか、生活に支障をきたすレベルの悪質な嫌がらせだ。
「呪いか……それは難儀だな。教会で解呪できないものなのか?」
「たぶん無理だろうなぁ。まぁお前等はもう見てるけど、俺の“あの”能力の代償みたいなもんだから……」
そう言うと2人は納得顔になった。おそらく頭の中には昼間のビッグさスライムの時の様子が浮かんでいるのだろう。
敵を踏みつけたり石を蹴るだけで倒せる能力の裏にはこんなデメリットがあるとは思いもしなかった。というか本当に『ブレクエ』らしくない能力ばかりでなんだか悲しくなってくる。
「ああ~くそぉ。なんで俺異世界転移したし……」
中二病時代の妄想とはいえ一度は夢見たブレクエの世界への転移だったが、想像していたものとかなりのギャップがある。思わず深いため息が出てしまった。
「はいお待ち! どうしたんだよため息なんかついて! なんだ? 恋の病か?」
突然俺の後ろから元気な女性の声が聞こえてくる。
振り返ると、半袖シャツにショートパンツという軽い服装の女の人が皿を持って立っていた。
この酒場の女主人、ベルベットさんだ。
「恋の病なら良かったんだけどねー。実はとんでもないトラブルに巻き込まれちゃったのさ」
「ありゃま。まぁ何であろうと気張んな少年。――それにしても、勇者クンが友達連れてくるなんて珍しいなぁー!」
「そうだったかな? この所持金がゼロになる呪いをかけられたのはレン。ボクの新しいパーティだよ」
「ほほー! 友達クンの名前はレンっていうのか! レン、勇者クンをよろしくな! あと、今後ともウチの店をご贔屓に!」
そう言ってベルベットさんは厨房に戻っていった。
いや友達じゃなくてカモの間違いなんだが……って、あれ?
「おい、今お前なんて言った?」
「え? 『この所持金がゼロになる呪いをかけられたのはレン』って言ったよ?」
「その呪いの内容も少しツッコミたいけど、ちがうその後」
「『ボクの新しいパーティだよ』って言った」
は……?
「ええええええええええ!?」
突然のパーティ結成宣言に、俺は不満とイヤミと拒否のニュアンスが籠もった渾身の「え?」を発動させる。
「何だソレ聞いてねぇぞ!? 俺がいつお前の仲間になったんだよ!」
「今だよ」
「ええええええええええ!?」
俺は再度、不満とイヤミと拒否のニュアンス以下略を発動させる。が、当の本人が平然としているのを見るに、この精神攻撃は全く効いていないらしい。
「今こっちは丁度人手が足りてなくてね。そしてキミは今日泊まる宿もないんだろ? だったらキミはボクの手伝いを、ボクはキミを養ってあげればいい。WINWINの関係という訳だ」
「……お前の家に泊めてくれるってのは確かにありがたいんだが……。一つ聞くけど、そのお手伝いとやらの内容は?」
「しばらくボクの代理として騎士団で働いてほしい。仕事内容は……そうだな、最近数が増えてきたイワームとかバッタフライなどの魔物討伐、人捜し、ストーカー調査をはじめとした街の治安維持活動、国の要人の護衛、他国への物資輸送の護衛、クエストセンターの補助的活動、団員の子どものお守り、消耗品の買い出し、武器の手入れなどなど」
「ただの社畜じゃねーか」
後半ほとんど雑用みたいな仕事ばかりだったが、これ大丈夫だろうか。
「家に泊まらせてくれる代わりに今言った仕事をやれ、と? どこがWINWINだよ。お前フェアっていう言葉辞書で調べてみろ」
「仕方ないだろ。そうやすやすと家に泊めてあげられる程の余裕はないんだ。ボクだって生活があるんだし、家賃はしっかり払ってもらうよ」
典型的な大家さんの台詞をさらっと言うユーリだが、取引の内容は完全にブラック企業のソレだ。
それにコイツの性格上、さらに何か裏がある気がする。主人公だけに、そのうち魔王を一緒に倒してくれとか無茶なことを言われる流れになりそうだ。
「お誘いは嬉しいのですが、辞退させて頂きま――」
「あと仕事は……そうだな、姫の護衛とかかな?」
「あっ、やっぱやります。よろしくお願いします」
俺は二つ返事で仕事を引き受け、ユーリの仲間に加わった。
発売前から話題のあの姫さんのお側につけるって?
最高じゃないですか。




