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恋愛小説

作者: 木下学

 画家は日々、絵を描きそれを売っていた。そこで得た金で肉や植物を食べ空腹を満たした。体をまとった布に穴があけば、新しい布をまとった。

 画家の描く絵は絵ではなかった。画家は醜かった。そして画家は美しさと向き合うことができなかった。美しさを描くと醜くなる。その醜さは画家の醜さ。醜い自分の自画像。自分の醜さと向き合うことができなかった。

 画家は模倣を繰り返していた。模倣するのは目に映る真実を、ありのままに描いた絵ではない。存在するものを真実のように描き、真実から遠く離れた虚構の産物。虚構を観察し、学び、そこから画家は別の虚構を描く。

 画家は一つの場所にはとどまらず、歩き続ける。どこかで体を休め、虚構を作り、それを売り、他人の虚構を学び、また歩き続ける。

 画家は罪を犯した。その罪を裁かれることを恐れている。画家は逃げ続けていた。醜さと罪と罪悪と裁かれる恐怖が混ざり合う。画家は形容のできない混ざり合った液体で満たされていた。

 冬。葉が落ち枝を無数に伸ばす木。生命活動の停止。葉のない木だけが画家に美しさをあたえてくれた。画家は冬をもとめて歩き続けた。けれども葉の無い木を描くことはなかった。そこにあるのは停止でもなく死でもない。無数の枝。ツボミ。ツボミが葉となる。葉の変化。枝から落ちる。葉のない木は過程の中の断片。

 画家は冬を求めて歩き続けた。そしてある場所にたどりついた。

 サクラ。冬の中にサクラが花を咲かせ、花びらが散っていた。幹と枝には黒いクダが絡みついていた。そして絡みつく無数のクダは一本のクダになりサクラの横にある黒い箱につながっていた。

 黒い箱の横に幼い少女がいた。酒瓶を両手に抱えていた。美しくもなければ醜くもない。

 画家は少女に近づいて話しかけた。少女は腹がへったというので画家は干し肉を与えた。

 そして二人は互いに自分のことを語りはじめた。

 少女の家族。祖父、父、母。彼らの仕事はこのサクラを咲かせ続けること。

 黒い箱の上部に穴があいており、そこに酒瓶に入れた油をそそげばサクラは冬でも花を咲かす。春が来るまでそれを続けることが彼らの仕事だった。

 最初に祖父が去った。次に父が去った。最後に母が去った。少女は一人になった。

 画家はここでサクラを描くことにした。

 サクラから少し離れた場所に丸太小屋があった。小屋の中には動物を捕まえるための器具があった。本棚にいくつかの本がならんでいた。器具の使い方が書かれた本。捉えた動物の調理方法。食料となる植物について書かれた本。

 画家はここで生活するために丸太小屋の中で学んだ。森の中で動物を捉えた。植物を採取した。丸太小屋でそれらを調理した。

 少女と画家の共同生活が始まった。

 画家は日々の労働の合間にサクラの絵を描いていた。

 その横で少女は座り、少女が感じる疑問を語った。

 「いつも灰色の雲。灰色の雲の上に青い空。青い空の上はまっくらな闇の世界。闇の世界の中にいるのに、どうして空は青いの?どうして灰色の雲は去らないの?」

 画家はなにも答えなかった。

 二人は笑わない。泣かない。

 少女もなにかしてみようと思った。

 画家が絵を描くように自分もなにかしたいと。

 少女がおどけてみせた。けれども画家は笑わない。

 画家は絵を描き続け、少女はおどけ続けた。

 それからずいぶん長い時間が経った。

 少女は女性になり道化となった。

 ある日、道化のふるまいに画家は笑った。笑った画家を見て道化も笑った。

 そして画家はサクラを眺めた。

 花びらは無秩序な色彩をおび、枝は直線であったり曲線であったり円を描いたりしていた。これを描くことは不可能だった。

 画家は道化を描くことにした。

 できあがった絵を道化に見せた。

 道化は涙をながした。その涙を見て画家も涙をながした。

 悲しみの涙ではなく喜びの涙。

 二人は黒い箱からクダを引き抜き、油を黒い箱にかけ、マッチで火をつけ燃やした。

 涙をながす道化と絵が描けない画家。

 ひとりでは歩けない。ふたりでないと歩けない。

 どちらかが上というわけでもなく下というわけでもない。

 従う、従わせるでもない。

 ふたりの間にあるものは依存でもない。

 涙をながす道化は画家しか笑わすことができない 

笑いながら絵を描く画家は道化しか描けない。

 春をもとめて。

 春の中で画家は葉が多い茂った絵を描き、道化はこどもたちを笑わせる。

 ふたりはそんな春がやってくることを夢見ている。


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