閑話:スミレ様のお遊戯
中等部三年のある秋の日の話。
この日、放課後の第二茶道室に集まるとスミレがやけにそわそわしていたので少し嫌な予感がした。
「ねえ、二人とも私……やりたいことがあるの」
あんまり聞きたくない。きっとろくなことじゃないはずだ。
隣にいる瞳も同じことを思っているようで眉根に皺が寄せられている。
「ハンカチーフを持っているのは? そう、レディの嗜み!」
「は?」
「よって、ハンカチーフ落としを開催するわ!」
意味がわからないし、三人でやるの!? それ絶対三人でやる遊びじゃないから。
「ちょっと待って、スミレそれは難しいわよ」
「まあまあ、落ち着いて真莉亜。クゥールダウン! OK?」
落ち着くのはスミレだ! 考え直して。三人でそんな遊びしても、つまんないからね。
「ルールは簡単。王子役二人が向かい合わせに座って、うつむく。そして、淑女役は二人の周りをぐるぐると回って、ハンカチーフをそっと落とす。自分の真後ろに落とされたことに気づいた王子は、淑女を追いかけまわしてハンカチーフを届けるのよ」
それ私の知ってるハンカチ落としじゃない。
「さあ、始めるわよ! 私が手始めに淑女役をするわね」
私と瞳を強引に向かい合わせに畳の上で正座をさせられて、スミレに言われるがままうつむく。その周囲をスミレが軽やかにスキップして回っていく。
「ランララ、ランララ」
……なんだ、これ。
スミレのアカペラBGMが流れている。
こうしてわけのわからない儀式みたいなのが始まった。と思いきや、茶道室のドアが開く濁音混じりの音が聞こえて顔を上げた。
……いつのまにかスミレがいない。え、もしかして廊下に逃げた!? これって廊下に逃げるのもありなの? ハンカチ落とされたら追いかけなきゃいけないの?
振り返ると、私の後ろには何もなかった。
「……私だ」
どうやらハンカチは瞳の背後に落とされたらしい。瞳は追いかけるのかと思いきや、ハンカチを丁寧に畳むと、呑気にお茶を点て始めた。
「瞳、追いかけないの?」
「大丈夫。スミレはきっとすぐに戻ってくるから」
どうやら瞳は追いかけっこをする気はないらしい。まあ、中三にもなって廊下で追いかけっこなんてしないよね。ましてや令嬢が。
「スミレって昔からこんな感じなの?」
「うん。ずっとこんな感じで心は幼いまま歳だけとってる。いきなり意味のわからない遊びをしたがるから、昔から巻き込まれてきたよ」
ああ……幼い頃から苦労してきた瞳が浮かぶ。御愁傷様です。
「まあ、スミレのお兄さんのせいっていうのも少しあると思うけど」
「スミレのお兄様? お会いしたことないわ」
「あれは会わないほうがいい」
眉根を寄せて苦い表情をした瞳からは、相当嫌な思い出でもあるのだろうと察した。
スミレのお兄さんって漫画にも出ていなかったから知らないなぁ。どんな人なんだろう。けど、お兄さんのせいって言っているってことはあまりいい人じゃない……とか?
スミレが出て行ってから、約十分後。
「な、なんでっ!」
瞳の予想通り、半べそをかいたスミレが戻ってきた。よっぽど寂しかったらしい。
「なんで追いかけてくれないの〜! ばかばかばか〜!!」
「スミレ、」
「もう知らないんだからっ」
瞳はすっかりご機嫌斜めになってしまったスミレに歩み寄ると、先ほどスミレが落としたハンカチを差し出した。……しかも、くまさんのハンカチ。
「落としましたよ、お嬢様」
そう言って、ハンカチを捲り上げると中から指輪キャンディーが出てきた。
「まあっ!」
スミレは頬を桃色に染めて、嬉しそうに指輪キャンディーを受け取った。
あれも前世の駄菓子屋さんで見たことあるやつだ。宝石の部分がキャンディーになっていて、指にはめながら舐めれるんだよね。
すっかり機嫌が直ったスミレはキャンディーの部分をくわえて食べていたので、まるでおしゃぶりみたいになっていた。
一瞬素敵なお姫様と王子様ちっくな演出が入ったけれど、スミレと瞳の関係はわがままな子どもと、あやしているお母さんみたいだなぁ。
「次は何をしようかしら! わははははっ」
私も瞳もうつむいて聞こえないふりをした。
……このスミレの遊戯は高等部になっても続くのだろうか。