表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/96

義務デー

久世くぜ光太郎こうたろう視点



 俺には勝手に決められた婚約者がいる。顔合わせをしたときから、互いに気が合わないことに気づいてしまった。

 それからというもの、顔を合わせば嫌味を言い合うかほとんど会話をしない。そのくらい俺と婚約者の雲類鷲うるわし真莉亜まりあの仲は最悪だった。


 互いの誕生日には適当なものを贈りあって終わらせているが、婚約者という肩書き上時折会いにいかなくてはならない。俺も彼女も婚約を解消することを望んで入るが、花ノ宮学院にいる以上はそれがなかなかできないのだ。


 真莉亜の伯父が理事長を務めており、俺との婚約の話を持ち出したのは理事上の妻である真莉亜の伯母だ。だから真莉亜も今は反論ができないのだろう。

 真莉亜の伯母は真莉亜に対してかなりきつく当たることがあり、自分に従わないことを許さない人なので在学中に逆らうのは厄介そうだ。俺の両親もこの婚約には乗り気で、俺の意見を聞く気がなさそうなので、真莉亜から解消を言い出してもらえないものかと日々悩んでいる。


 相性が悪いのに結婚なんてしたら、互いに毎日が地獄だ。


 そして、今日は真莉亜との約束の日。最近はなにかと理由をつけて会っていなかったが、一年に一度くらいは会わなければならない。俺らにとっては義務みたいなものだった。高等部にあがったら、今以上に会わなければならないのだろうか。


 憂鬱な気持ちを抱えながら雲類鷲邸へ訪問し、不服だが向かい合うようにソファに座る。これはいつも通りで、普段なら真莉亜は退屈そうに紅茶を飲んでいる。


 けれど、今日は違った。


 何故か熱心に片手で本を読んでいて、空いた方の手はダンベルを持っている。真莉亜らしくない可笑しな行動だ。しかも、読んでいる本は『瞬発力を身につける五つのメソッド』。……意味がわからない。



「それ……なんだ?」

「……本ですわ」


 見ればわかる。


「いや、なんでそんな本読んでるんだ?」


 耐えきれなくなって訊いてしまったが、今日は無視も嫌な顔もされずに真莉亜は答えた。



「いつどこでなにがあるかわかりませんわ。ですから、私は己の身に危険が迫ったときに瞬時に対応ができるように勉強をしております」


 それで『瞬発力を身につける五つのメソッド』? いや、それ役立つのか?


「それにいざというときに力がなければ、困るかもしれませんわ。ですから、私は己の筋力をつけておくために特訓をしております」


 ……それでダンベル。

 そもそもいざというときって、どんな危険を連想してるんだ。そうそうないだろう。蒼は止めないのか不思議だ。まあ、蒼の場合は真莉亜のすることにはあまり口を出さないか。

 瞬発力と体力って、この女は何を目指しているんだ?



「お前、そんなやつだったっけ」

「まあ……そんなやつとは、どういうことかしら。そもそも貴方は私の一割くらいしか知らないわ」


 一割。言う通りかもしれない。俺は真莉亜をちゃんと知ろうとしてこなかったし、互いに嫌い合っていたから必要以上の会話もしてこなかった。


「貴方の知らない私がいることは、不思議じゃないでしょう」

「そうだな」


 今日知った真莉亜の一面は大分不思議だけどな。


「けど、令嬢が身体を鍛えるのはどうなんだ」

「私はあくまでソフトマッチョを目指しているのよ。さりげなくだもの。太マッチョにならなければ平気だわ」


 真莉亜の口から、マッチョという単語が出てきたことにまず驚きだ。本当にこいつはどうかしてしまったのだろうか。頭を打ったとか?

 真剣な表情で『瞬発力を身につける五つのメソッド』を読んでいた真莉亜だが、それは背後から近づいてきた人物にあっさりと奪われてしまった。


「ぅ、わ!?」

「姉さん、人前でこういうのは控えた方がいいって言ったよね」


 本を奪ったのは真莉亜の弟である蒼だった。弟といっても俺らと同い年で、同じ学校。俺も会えば少しくらいは会話を交わす。


「だ、だって!」

「だってじゃない」

「でも!」

「でもじゃない」


 この二人はこんなやりとりをするような姉弟だったか?

 真莉亜ももっと気が強くて、口調もお嬢様といった感じのものだった気がする。


「偉そうで無愛想で感じ悪い久世のことがいくら嫌だからって、変な本を読みながらダンベルで鍛えるのは良くない」

「いや、待て。お前、さりげなく俺の悪口含まれてるぞ」

「……そう?」


 そうだった。こいつはこういうやつだった。蒼はあまり周囲には関心がないが、家族のこととなると別。真莉亜の婚約者でありながら互いに嫌がっている俺らの関係を良く思っていないのだろう。


「あと姉さん、トレーニングルームに行ったらダンベルの数が前より増えていた気がするんだけど」

「えっ? そうかしら、そうだったかしら。おかしいわねぇ。どうやって増えたのかしらねぇ。不思議だわぁ」

「ダンベル購入禁止。そんなにあっても意味ないから」

「ええっ! 微妙に重さが違うのよ!」

「はい、犯人自供しました」

「謀ったわね!」


 このくだらないコントみたいな会話のやり取りはなんだ? 本当に真莉亜なのか?

 以前の真莉亜なら、そもそもダンベルなんて使わない。ああでも、つい先ほど言われた俺は真莉亜のことをあまりよくわかっていないという話が脳裏に過る。


 本当に俺は表面上しか見ていなかったんだな。


「……なによ」


 思わず吹き出してしまった俺を真莉亜が不服そうに見てきた。やっぱり変わったのはお前自身だ。俺は確かに知らないことばかりだったけれど、以前の真莉亜なら俺が笑えばギロリと睨みつけてこの場を立ち去っただろう。


「言っておくけれど、私が犯人と決定づけるにはまだ証拠が足りないわ! 無罪よ! 一番疑わしい人って案外犯人じゃないんだからね!」


 なんてわけのわからない苦しい言い訳を始めるあたりが、彼女が変わった証拠だと思う。結局この後、ダンベルも本も蒼に没収されていた。



 夕方になり、雲類鷲邸に迎えの車が来た。真莉亜と蒼に見送られて、久世家の車に乗り込んだ。

 ……あの真莉亜が見送りだなんて、本当おかしな日だ。


 車の中には既に一人乗っていた。まあ、乗っていたところで不思議には思わない。日頃から久世家によく来ているし、今日も行くと連絡が入っていた。


「真莉亜様がお見送りをしてくださったのね! 私も車から降りてご挨拶すればよかったわ」


 うっとりとしながら言う彼女は俺の幼馴染であり従妹の五辻いつつじ希乃愛きのあ


「あら、光太郎。今日は楽しかったの?」


 俺の顔を不思議そうに覗き込んだ希乃愛は首を傾げた。


「え?」

「だって、いつもは仏頂面で帰ってくるのに今日は少し表情が柔らかいわ」

「……そうか?」


 自分ではそんなこと全くわからないな。


「真莉亜様と楽しいひと時をお過ごしになったのね!」


 俺と真莉亜の結婚を望んでいる従妹の希乃愛は嬉しそうに声を弾ませた。


 何故か昔から俺が結婚をするなら真莉亜じゃないとダメだと言って、俺たちを仲良くさせようとしてくる。俺にはよくわからないが希乃愛は真莉亜のことを敬愛しているようだった。そんな彼女と従兄の俺が結婚することが嬉しいんだとか。



 まあ、でも今日は初めてつまらなくなかったな。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ