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第一話

 僕が勇者になったのは、適性センスがあったからだ。

 才能センスと同じようなもの。スカウトされ、訓練漬けの日々を送り、無事に勇者の資格を得た。


 勇者として暮らし始めてから一ヶ月前まで、王都タンチンテにある高層安アパートの最上階を拠点として、日帰りでそこそこ小銭が稼げる依頼を受けて暮らしている。最上階は上るのが大変で家賃がいちばん安い。僕は一応勇者だから平気。


 酒も飲まない、きれいなおねいさんのいる店にも行かない、ただただ昼寝をしていればそれでいいじゃない?といった余計な金のかからない暮らしぶりで、装備なんかも最初にもらったのを大事にして、もちろん今でも現役で使っている。


 駆け出しの勇者が僕を見ると、あれ、あの人、初期装備なのになんだか古びてる、良く言えば体になじんでる、どして?という、いぶかしげな表情をする、僕には稼いだ金を高い装備に使わなくちゃいけないのかさっぱりわからない。

 初期装備、素敵じゃないですか、くせがなく、いちおう自分の体つきに合わせて誂えてあるセミオーダー、余計な装飾もなくシンプル。

 春は野草、夏は小鳥、秋は果物、冬はそのへんの酒場の暖炉の煮込みや串焼きを味見。


 そうやって健やかに暮らしていたら、勇者ギルドから、もっと遠くの街へ行って見聞を広めてこいと諭された。

 まあ実際、王都だけあって警備する兵士の人はたいてい優秀、治安も良くて、勇者としての仕事って簡単なのしかない。旅立ちの地に居続けるのは僕くらいのものだろう。


「いやー、そうですか」と、はぐらかすのも二ヶ月で限界。

 長年の貢献に感謝して、新たな発見を願う、という体裁で支度金がもらえた。

 出て行かないと「旗みたいにつり下げて街道を牛より遅い速度で進ませて見世物にしてやるがどうか」ということだったので、すみやかに支度を始める。

 今まで貯めてきたお金を勇者証にチャージして、家具を古道具屋に売り、近所の人にお別れのあいさつ。

 早朝、開門と同時に僕は旅立つのだった。


 そんなわけで、王都タンチンテから歩いて三日、最も近い街、川沿いに広がる家々の赤屋根が美しいロードナで暮らそうとしたら、どういうことでしょう、ロードナのギルドで

「申し訳ございません、ピータン様の依頼受付は一年ほど停止命令が出ております」と、言われました。

 さすが、僕の行動は先読みされて、さらに先手を打たれていた!

「一番近場で、仕事できそうなとこ、どこですかね」

 後ろ髪を編み込んでいる女性が、書類を俊敏にめくる。

「モルフォナからは停止命令がありませんね」

「一ヶ月は旅しなきゃいけないか」

「あ、ハドスの地下宮は例外扱いで仕事を受けられますよ」

「危険ですもんねぇ・・・・・・わかりました。ありがとうございます」

「良い旅を」


 僕は勇者ギルドを出た。

 どうしたものか。僕は青空を見つめ、次の瞬間、素晴らしいひらめきを得た。

 あ、そうか、貯金はあるから、しばらくここでのんびり暮らして、勇者じゃない仕事すればいいじゃない?


 川はおだやかである。

 時は過ぎ、川は流れ、日は昇り、そして沈む。

 僕は川辺で魚釣りをしていた。


「おーーい」

 白鎧の人が対岸からこっちへ向かって拳を突き上げていた。声からすると女性だ。

 誰だろう、僕は手を振る。

 イラッとした様子で、女性は数歩助走をつけて、両手を広げた大人が十人並んだほどの幅はある川を飛び越えて僕の近くへ着地した。

 勇者の身体能力半端ない。あいつら体の仕組みどうなってるんだろ。


「あ、チフォン。どもっす」

 勇者訓練生時代に友達となったチフォンだった。スワロースターの軽装繊維鎧を着ている。

 スワロースターは勇者の女性しか所属できない有名なクラン。

 栗色の肌、優しげなたれ目、喜怒哀楽は表現豊かで、外見は華やかな踊り子のようでもあるけれど、性格は指揮官向きで苛烈なところもある。

 チョコレートの甘やかさは見せかけで、実際はビター。

 チームワークを伸ばす授業で、よく一緒に組んでいた。


 彼女は僕を見下ろしてたしなめる。

「ピータン、こら、 なにしてる」

「魚釣ってる。よく行く食堂へ持って行くと魚ぶん値段を引いてくれて、あまったぶんは買い取ってくれて」

「ちっがーーーーーう。お前、勇者だろ」

「はっ」

「おい、なぜ気まずそうに目をそらしてる」

「……」

「もっと辺境に行かないとだめだろ」

 やっぱり怒られた。


「えへへ」

「勇者はもともと、強力な怪物を討伐するために結成された組織から発展して、今でもその役割がメインなんだからな」

「いやー、呪いにかかっちゃって。視力が落ちて、それで危険なとこ行けないんだよね」

「これ何本に見える」チフォンが人差し指から薬指までを伸ばして、僕へ見せる。

「三本、さすがにそれくらいは見えるよ。そろそろ治るからだいじょぶ」

「そうか、それならモルフォナ領に来い、先に行ってるから」

「え、やだよ」


 チフォンは僕の拒否を無視して話を続ける。

「モルフォナの街ラクソで、領事が行方不明、新しい領事が成り立ったようなんだが、そいつが臭い。他街の金山から秘密裏に金塊を盗んでいるらしい。急ぎの任務だ。後からついて来いと言っても、お前に誰か付けておかないと逃げるよな」

 逃げないと、首を振り否定するものの


「だよな、逃げるか・・・・・・お前にはもったいないがシュークレアに任せよう」

「いいよ一人で」

「モルフォナまで来れば辺境へは数週間で行けるからな。気楽に来るがいいさ、間に合わなくてもかまわない。私はすぐ出立しなくちゃいけないが、シュークレアを迎えに出す。どこにいる?」

「『遠ざかる小魚亭』」


 チフォンの提案を蹴るには、お世話になりすぎている僕は、しょんぼりと素直に答えた。

「よし、じゃ、またな」

 僕と片手を打ち合わせ、対岸へとジャンプ、チフォンは待っていた同じ鎧姿の数人と一緒に走って去った。


 魚籠の水を入れ替え、僕はため息をつく。

 宿で精算を済ませ、僕は『遠ざかる小魚亭』へ向かった。

「おいちゃーん、これ」

 アゴヒゲを蓄えた面長で体格の良い店主、ドロバンさんに魚籠ごと渡す。

「うむ」

 調理に忙しく、ドロバンさんは軽くうなずく。


 僕は隅の席に座り、注文を取りに来た、ふくよか美人なタンテさん(ドロバンさんの奥さん)に「煮付けを、全種類」と、ふふっ、と微笑んで言った。

 タンテさんは、金髪の房を指でつまみ、小さな声で

「旅に……出るんだね」

「ああ」

「今日の新作は、ヒラ鮎とコルッタ葉の煮付け」

「それも、いただこうか」

「あんたの酒、ずっと取っておくよ」

「いいんだ、捨てても」

「まだ栓を抜いていないワインなら」

「「むしろおいしくなるだろう」」同時に言う。


 これは有名な劇のまねで、注文前のあいさつみたいなもの。

 僕(十七歳)は六十歳の渋い戦士役で、タンテさん(三十二歳)は戦士を慕う五十歳の未亡人。

 寡黙な戦士は、毎日一品煮付けを頼み、メニュー制覇したら旅に出るつもり、未亡人は少し手を加えて新しい煮付けを作って引き留める。しかし、どうしても旅立たなくてはいけなくなった戦士は煮付けを全種類頼む、という筋書き。


 舞台で観るなら名作。

 僕たちがやると、グルメコメディにしかならない。

 注文が届いてから「う、うまい。このこってりとした身とタレとご飯、黄金のトライアングル!」とか言って盛り上がるのが本番。

 そんなくだらないやりとりを毎日飽きずにやってる。

 バカな二人である。


「で、ほんとに旅に出なくちゃいけなくなりました」

「おやまあ」

「だから、魚の煮付け定食スペシャル。ポテトサラダと貝汁付きでください」

「はいよ」


 チフォンに見つかりさえしなければ、あと半年くらいは釣りをして暮らせたのに……。


 ご飯が来た。しょうがない、今のおいしさを堪能するのだ。

 迎えに来るシュークレアさんが、厳しい性格だったらすぐ出発させられるかもしれないから、黙々と食べる。

 ここの魚の煮付けは、たまらなくおいしい。照りがあって、甘くて、魚の種類に合わせて味の濃さも違う。


 タノコリ、身が固くて歯ごたえがある。調味料の甘みがしっかり染みこみ、うまい。

 ササナラシ、ほろっと柔らかく、魚の味がする。ショウガが効いていて、うまい。

 紅モウリー、身が厚く、濃く煮詰めてある。うまい。サービスで焼きモウリーもついてきた、塩味で皮がサクッとしている。

 ポテトサラダは芋をつぶして、酢と香草のドレッシングで和えたもの。クコラの新葉を刻んだ山盛りが乗っていて、数種類の草と酢の香りが口の中に広がり、水を飲むと、また煮付けが食べたくなる。


 一通り食べ終わった頃には、店内は混雑していて、迎えにくるはずのシュークレアさんは来ていないみたい。


「ごちそうさまでした」

 ドロバンさんに声をかける。彼は柱にかけてあった革袋を取って僕へ放った。

「餞別だ。また来いよ」

「ありがとう」


 店前にある木箱に座り、袋を開けてみる。

 シソ塩とミドリマメが入っていた。

「ありがてえ、ありがてえ」

 僕は袋を背嚢へしまい。目をつむって腹休めする。

 食後で気分が良くて、ついうとうとしてしまった。


「ピータンさん、ピータンさん」誰かが僕に声をかけている。

「はいよー」

 寝起きのぼんやりした声で返事する。

 目の前には、僕より年下の少女がいた。顔立ちは凜々しく、芯の通った立ち姿。麻の上着に綿のボトムス、白と茶色で色調をまとめている。

「迎えにまいりました。シュークレアです」

「僕のことすぐわかった?」

「初期装備の勇者で有名ですよ」

 そんなところで名を知られてたとか、けっこう恥ずかしい。


「準備は良いですか、すぐ出発したいんです」

「いいよ、けど、今からだと野宿になりそうだ」

「それがですね」子供っぽく得意そうにシュークレアが笑って「人工馬脚を備え付けた乗り物を貸してもらえました」

「へぇー」


 僕の知識では、荷車が通れない場所で使われる、のったりと亀みたいに動く脚付き荷台しか思いつかない。


「そういうの?」と聞いてみる。

「ですです、そこから改良を重ねて高速移動ができるようになった最新型で試験運用も兼ねてスワロースターに提供されてるんです」

「新しい機械とか好きなの」

「乗馬のほうかな、です」

「いいよ、べつに隊長ってわけでもないから、話し方に気を使わなくても。というか、シュークレアさんは何歳?」

「十四歳です。十一歳には勇者の祝福を頂いていて、来年には正式に勇者証も貰えます!」

 誇らしそうである。たしかに、勇者の祝福は十五歳に行われる。例外は聞いたことがない。


「それなら安心かもしれん。僕、呪いにかかっててうまく戦えないんだよ。一週間くらいで治りそうだからよろしくね」

 驚いたシュークレアが「姉様が」と言いあわてて「わかりましたっ」と大声を上げた。


 近くに停めてあった脚付き荷台に上がる。

 荷台の床面は楕円状で、全体のフォルムも動物っぽい形状になっている。

 後部には厚みのある大袋がいくつも積まれて網をかけられていた。


 シュークレアが前部の椅子に座り、横長のハンドルを握る。

 僕はシュークレアの斜め後ろに座って様子を見ていた。


 左にあるレバーを押し上げ、歩き出すうちに視界が高くなってきた。下をのぞくと脚が伸びている。

 加速中は揺れが大きく、椅子を手でつかんで姿勢を支える、速度が一定になると振動が安定した。

 たしかに馬っぽい。それに速い。どういう仕組みなのか、地面がでこぼこしていても引っかかりがない。

 機械馬が走る姿を、追い越された徒歩の人々が足を止め、不思議そうに見送っている。

 夕暮れは空を白く、雲を赤く染め、風は少しずつ涼しくなっている。


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