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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

神々の秘密

作者: 天川ひつじ
掲載日:2015/05/31

妻がいた。


敵国から、逃れ迷い込んできた人だった。


迷い込んでいる事は知れていた。

けれど知れた時には処分するには難しい状況で、黙認すると上層部が決めた。

万が一のためにと、自分を監視員としてその人の陰につけたのだ。


その人に気づかれず監視する中で、いつしか自分はその人に心奪われていた。

ギリギリの精神状態と生活を続ける中で、その人はついに疲労で倒れてしまった。

他に誰もおらず、助けた事で、縁が出来た。


その際、彼女のミスで、彼女が敵国の者だとハッキリ分かった。

すでに自分は知っていたけれど、身の上が露呈してしまった事に絶望するその人を安心させてあげたかった。


あなたの身の上は、実は保障されている。

あなたを雇い入れている人は、人嫌いで有名な、けれど突出して優秀な魔法使いだ。あなたはあの老女に心を開かせた唯一の人。あなたは気づかないまま、大いなる庇護を受けている。

他にも、あなたを困らせるクセのある人たちは。すべて、能力が突出したことで何らかの心の闇を抱えた人間ばかり。人付き合いの難しい狂った人格者たち。

彼らは、あなたを稀有だと感じて、手放そうとしない。


だからこそ。あなたは生かされている。


だがそれを説明する必要はない。

彼女の目の前に自分が現れた縁にかけて、婚姻関係を申し込んだ。


その人はとても戸惑ったけれど、頬を染めて頷いてくれた。

どうやら自分の態度と容姿とタイミングで一目ぼれをしてくれたらしい。幸運だった。


妻となった彼女に、上層部も了承し、自分を基にした正式な戸籍を与えることができた。

彼女は逃亡の最中に、別人の名前を偶然手に入れていたが、それも無事に返還できた。なお、勝手に名前を使われていた当人は全く気付かず、僻地で救援活動を行っていた。


妻はどのようにして敵国から我が国に逃れてきたか、あまり詳しく語らなかったが、思い出した時に、ポツポツと私に話した。

語られる際には時系列がバラバラの思い出話は明瞭さを欠いたけれど、妻が苦労したのだという事だけは知れた。


妻は、我が国が制圧した地域に住んでいた。古い家に他の人たちと一緒に隠れていた。ある日、ついに兵に見つかった。逃げ出した。

極寒の海に逃げようとした。率先して逃げた者を、兵が銃殺した。兵は逃げたものを笑いながら撃ったという。赤く染まる海を見たと、妻が言った。

逃げた山にも、我が国の兵は溢れていた。けれど事故のために生命救助の団体がやってきていた。現場統制のために配布された衣装を着用する場にめぐり合わせて、とっさにそれらを手にし、身に着けた。

怪しまれたこともあったようだが、憐れまれたのか、見逃されて生きて逃れてきた。


そして迷い逃れる中、一人の気難しい老女と出会った。老女は魔法職の権威で突出した技量を持っていたがその分人望を著しく欠いていた。人手を必要としていたその魔法使いは、彼女を使った。彼女は必死に働いた。自分の身の上を隠して。魔法使いの元は身を隠すのにも丁度良かった。魔法使いは彼女の存在に心を安らかにするようになった。


それから。

上層部に、彼女の身元が露見した。魔法使いが持てる権力と実力を使って上層部に彼女の身の保証を訴えた。

だから、上層部は黙認する事にした。

なぜなら。気難しい魔法使いの元を時折訪れる、やはり気難しい者たちも、彼女に目を留めそれぞれ好きに愛でていたから。

本人だけが知らぬだけで、彼女は時の実力者たちの庇護を受けていた。


そんな中で。

自分が彼女の監視員となった。


そして。自分が、彼女を妻に迎える事ができた。


***


彼女は、今を幸せに感じると、私に告げる。


けれど稀にポツリと口にする。

「私は裏切り者です」

穏やかに、けれど目を伏せて。


自分の国を捨て、妻にとって敵の国で暮らしている事を、受け入れながら、罪とする。


「けれど、後悔する事はありません」

そうして伏せた目を上げて、自分を見つめ返し、わずかに笑む。


そんな時は。壊れそうで、心配が募る。

大切にしたいと強く願う。当然常に気を払い、大切にしている。


二国の争いが、終わればよいのに、と、強く意識する。

未だに両国は争っている。それが妻を弱らせている。


自分は恐れた。

妻があまりに弱そうで儚く消えてしまいそうに思えた。

妻の支えになると確信を持って、自分との間に子をもうけることを望んだ。


妻は拒否をした。

「私は今の暮らしで良いのです。あなたにも、皆さんにも、幸せにしていただいています」

妻は言った。

「けれど、母がこのようであっては…裏切り者であっては。子どもには重荷で、ひどく酷な事でしょう。ですから、子は、望みません」


自分はその意志を尊重した。


***


争いが収まらないある日。妻が言った。

「私は今このように幸せに暮らしているというのに。なぜ私の仲間たちは、今だに虐げられるのでしょう」


言葉を失う私に、妻は言った。

「私が、かの国の頭を、切り落としにいきます。祖国です、私は怪しまれず行けるでしょう」


そうなれば。二国が統一されれば。皆は穏やかになるのだと妻は信じた。


無理だと思った。けれど。

妻を支える者たちは、全て、突出した能力を持つ者ばかりが揃っていた。上層部さえ、全て一目以上置くような者たちだ。


妻の言葉にたった一人が動けば、妻は動き始める。

実際、一人が妻の熱意を受けて支援した。

動き始めた妻を危惧して、他の者も力を添えていく。


だから自分も、妻の行動に力を添えた。


***


道中は心配でならなかった。自分はついていけなかったのだ。

妻は、魔法を始めとした幾多の支援を身に受けて、敵国に戻った。

連絡も危険を考えるとできなかった。

魔法使いの老女が勝手に様子を探り、無事であることは掴めたものの。


けれど妻はやり遂げた。

敵国の中央部に潜り込んだ。裏切り者だと悟らせなかった。

敵国の頭にたどり着き、妻の容姿と穏やかな性格で懐に潜り…敵の喉に懐刀を突き立てた。

勿論それは万全では無く、ただ、自分たちを転移させるきっかけだ。


準備を整えて待機していた自分たちが現場に転移する。

敵国の頭の場に。

転移で続々と部隊を送り込み、敵国から頭を落とすことに成功した。


これを機に争いは収まるだろう。収めなくてはならない。

それは国に任せよう。


赤と黒に染まった世界で、妻に心を許していた頭が妻を「裏切り者」と口にして果てていく。

妻は無表情でじっと果てる様子を見つめていた。


妻の心が壊れないかを危ぶんだ。


妻を、守らなくてはならない。

自分も、魔法使いたちも、多くも、それをしっかりと認識していた。



けれど。



妻は、我が国に戻ってから、殺された。


***


守れなかった。ずっと長く居て欲しかったのに。


建てた墓を前に、膝をついて泣いた。

傍らに、自分の他にも慟哭する者たちがいる。

彼らも彼女らも、全て、妻を惜しんで、泣いた。悔やんだ。己の不甲斐なさを。


そして、恨んだ。敗れてなお、妻を奪った残党を。敵国の者を。


泣いて嘆いて、恨んで…自分たちは、妻の墓を前に、立ち上がった。


子どもを、無理にでも、作ればよかった。

自分は言った。


それは良い考えだ。子どもが要る。

と、魔法使いの老女が言った。


ならば選ぼう。素質あるものを。

と、頭脳を持つ好色爺が言った。


鍛え上げよう。剣としよう。

錬金術師が言った。


闇を定め、光を作ろう。

治癒師が言った。


決して許さぬ。思い知るが良い。

兵器開発者が言った。


それを美しい伝承としましょう。

聖職者が言った。



こうして。

敵を定めた。悪魔と定めた。魔王と呼んだ。剣を作った。伝説を作った。


子どもを選んだ。まるで神が選んだかのように。


各地に散った実力者たちの元に、さも辿り着いたかのように向かわせる。

資質を選んで、鍛え上げる。

知識を、技を、宝を、金を、人気を、夢を、あらゆる力を、与えよう。



お前は彼女と自分の子ども。

お前は彼女と、彼彼女らが産みだした子ども。


剣を抜け。幾多もの加護と力を纏った剣を握れ。

勇者よ、魔の国を倒しに行け。


***


決して、同じ人間の国だと、子どもたちに気づかせてはならない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独創的な世界観から見い出せる結論は人によって違ってくるものだ。私はこの作品を拝見して大いに評価されるべきだと思いました! 本当の嘘。偽りが作り出す現実のやり取りが印象的でした。
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