料理人の心得
ここは、フランスのマルセイユにある「フランソワ5世」という三ツ星レストラン。僕、コルトはここのオーナーシェフ、フラン・ド・ペール先生の弟子だ。そして、家事担当(?)として先生の家に居候をしている。
先生の家はレストランのすぐ隣にある、教会みたいな大きい建物。別に豪邸というわけではない。ただ、すんでいる人が多いからだ。と、いうのも、先生のお弟子さんたちや、親のいない子どもが多く住んでいるのだ。先生が、港町とかにいるストリート・チルドレンや捨て子を連れて来るもんだから・・・。
そんな環境の中、僕はレストランでお手伝いをしたり、家で家事をしながら、日々、一流のシェフになるための修行をしている。
ある日、先生が一人の少年を連れてきた。
「よかったね、コルト君。君と同い年だって。」
先生が僕に少年を紹介した。
「・・・でも先生、孤児が多いのは社会的問題だと思います。孤児が増えているっていうことは、よくないことだと思いますけど。」
「まぁまぁ、そう固いこと言うなよ。仲良くしてあげたまえ。なぁ、キール君。」
キールと呼ばれた少年は一回、顔をあげたが、すぐにうつむいてしまった。
ここに来る子どもは、いつもフレンドリーというわけではない。むしろ、心を閉ざした感じで、暗い顔をしている子の方が多い。だから僕はいつも、何で先生がこういう子を連れてこられるのかがわからない。
「と、いうわけで、ぼくはもうパリに行かなきゃいけないから、あとはよろしく!キール君、とりあえずぼくが帰ってくるまではコルト君の部屋を使ってね!」
「ちょ・・・先生!」
先生は家から出ていってしまった。
「と、とりあえず、家の中をさらりと説明するよ。ついてきて。」
僕は、家について簡単に紹介し始めた。
「と、まあこんな感じだから。分からないことがあったら、僕に聞いて。」
キールは何も言わず、ただ黙ってうなずいただけだった。
僕は、キッチンに昼ご飯を作りに行った。基本、家の食事は僕とほかのお弟子さんたちが作っている。
1時になってもキールはご飯を食べに来なかった。調子でも悪いのかと思って、部屋に戻ってみた。
キールはただ、ベッドの上に座っていた。
「どうしたの?ご飯、食べないの?」
キールはうなずいた。
「食べた方がいいと思うよ。それとも、調子、悪いの?」
今度は、首を横に振った。
「じゃあ、何で食べないの?」
何も言わず、ただうつむいている。
僕は、どうすればいいか分からなかったから、ほうっておいた。
食器などを片付けてから部屋に戻ると、キールはいなかった。捜しに行った方がいいかと思ったが・・・
「8時までに帰ってこなかったら、捜そ。」
僕は机に、次の試験のための参考書を広げた。
キールは7時半ごろに帰ってきた。そしてまた、夜ご飯を食べに来なかった。
「さすがに食べた方がいいと思うよ。昼も食べていないんだし。」
するとキールは初めて声を出した。
「食欲、ないから。」
「やっぱり、調子悪いんじゃないの?」
首を横に振り、
「いつものこと。」
と、言われた。
僕は、一度キッチンに戻り、それからドリンクを持ってきた。
「栄養補給ぐらいはした方がいいよ。飲みな。」
僕が持ってきたドリンクは、フルーツをベースにしたもの。
キールは一口飲んで、それから
「すっぱい。」
と言って返してきた。
「・・・」
そりゃ、レモンとかオレンジとかを使ってはいるけど、そんなにすっぱくはないはずなんだけどな・・・。
キールはベッドに寝っころがって壁の方を向いてしまった。
その後先生が戻ってくるまで、キールはご飯を食べに来なかったり、来たとしても僕が作った料理に何かと文句を言って食べてくれなくて・・・。だから、僕は先生が帰ってきた時に、思わずこう言ってしまった。
「先生!僕の料理、どこがいけないんですか?」
僕はちゃんと先生にもらったレシピ通りに作った。なのにキールは文句を言って食べてくれない。先生がいない間のことを説明した。
「そうだね。たしかにコルト君はぼくが渡したレシピ通りに作っているそうだね。」
「じゃあ、何でキールは文句をいうのですか?!先生の料理に文句をつけているのと同じじゃないですか?!」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。コルト君。」
先生が僕をなだめた。
「だけど、コルト君は1つ、大切なことを忘れているんだよ。」
「それは・・・何ですか?」
「それは自分で探しなさい。」
先生はそう言ってレストランに戻ってしまった。
部屋に戻ると、キールはいなくなっていた。どうやらまた外に出ていってしまったようだ。毎日、朝7時頃に家を出て、夕方の7時半頃に帰ってくる。たまに、昼も帰ってこない時もある。
「一体、何を忘れているんだろう・・・。」
僕は先生にもらったレシピを見てみる。何か忘れた覚えはない。
「んーあーもう、分かんない!」
僕は考えるのをあきらめて、レストランの手伝いに行くことにした。
「うー。寒い・・・。」
今はもう真冬。コートを着て、マフラーを巻いているけど、それでも寒い。珍しく雪が降っていた。地面にうっすらと積もっている。そういえば、キール、上着を着ていなかった気がする。大丈夫なのかなぁ・・・。
レストランの中には数人、お客さんがいた。
「先生。」
「おお、コルト君。ちょうどよかった。ちょっと買い物にいってきてくれないかい?」
先生はそう言ってメモと買い物袋を渡してきた。
「道で滑って転ばないように、気をつけてね。」
と、見送ってくれた。
僕はこの町で一番大きいマーケットに足を運んだ。
キールがいた。パン屋で何かを買ったようだ。
「キール。どうしたの?」
僕が声をかけると、走って逃げてしまった。
こっそり、後を追ってみた。
キールはマーケットから少し離れた、誰もこなさそうな路地裏にいた。
段ボール箱から真っ白な何か・・・たぶん、子犬か子猫を抱き上げた。そして、パン屋の袋から小さなパンを取りだし、犬か猫らしきものに与えていた。
先生に、教えてあげた方がいいのかな・・・。
その時、大事なことを思い出した。
「買い物!」
僕は慌ててマーケットに戻った。
「先生、買ってきました!」
僕は袋いっぱいの食材を持ってキッチンに入った。
「ありがとう。あと、そのまま着替えて手伝って。」
「はい!」
いつの間にかお客さんが増えていて、少し忙しそうだった。
「あれ?先生、具材、小さく切りすぎじゃないですか?」
材料を見るかぎり、先生が作っているのは冬野菜のホワイトシチューだと思う。一口大に切るって、僕のもらったレシピには書いてあったけど、今のはその半分くらいの大きさになっている。
「いいのいいの。」
先生はかまわず切っていく。
先生の完成した料理を見た。どう見たって具が小さすぎる。
「先生、それ、お客さんに怒られませんか?」
僕がそう聞くと、先生は
「そんなことはないよ。喜ばれるんだよ。」
と言って、軽くウィンクをした。
本当かな?と思った僕は、こっそり後をついていった。
注文したのは、高齢のおばあさんだった。
「お待たせいたしました。こちらが『冬野菜のホワイトシチュー』になります。」
「ありがとう。」
おばあさんは一口食べると
「とってもおいしいわ。野菜も小さくて食べやすいし。」
おばあさんは喜んでいた。
「キール君」
先生が僕を見つけて声をかけてきた。
「あ、えっと、ごめんなさい!すぐ戻ります!」
慌ててキッチンに戻るのを先生に止められた。
「今のを見て、何か気づいたことがないかい?」
「え?えっと・・・」
野菜を小さく切ったら、おばあさんに喜ばれていたってこと、かな・・・?
そう答えると、先生は
「そうだね。じゃあ、何で小さく切ったら喜ばれたんだと思う?」
と、さらに聞いてきた。
「それは・・・」
僕はお客さんの方を見てみる。
若い人には普通の大きさがちょうどよい。だが、おばあさんにはちょっと大きすぎるかもしれない。
「おばあさんに合った大きさだったから、ですか?」
「そう、その通り!」
先生は大きくうなずいた。
「以前にもあのお客様に同じ料理をお出ししたんだけど、なんか食べづらそうだったんだ。だから今回、『具を小さめにしましょうか?』って聞いたら、ぜひ、といわれてね。煮込む時間とかが不安だったけど、どうやらうまくいったようだ。」
先生、すごい・・・。忙しくても、そんなこと気にしているんだ・・・。
「今のでわかっただろ?コルト君が忘れている大切なことが。」
「え?」
どういうこと?今のことが、大切なことと関係があるの・・・?
「今のことをよく考えてみれば、わかるかもしれないよ。」
そう言い残して、先生は次のお客さんの注文を取りにいった。
「料理に、大切なこと、か・・・。」
お手伝いを終え、家で食事を作り、後片付けをして・・・などなど、やることをすべて終えた僕は、寝ながら先生の言葉の意味を考えていた。
おばあさんのために具材を小さく切ることが、大切なことに関係がある?それって、どういうことなんだろう・・・?
しばらく頭を悩ませてみるが、見当がつかなかった。
ふと、2段ベッドの下の段から、咳き込む音が聞こえてきた。
「キール、大丈夫?」
僕はライトをつけ、キールの様子を見た。
寝ながら咳をしていた。風邪でもひいたらしい。キールの額に触れてみた。けっこう熱かった。
今はもう午後11時すぎ。病院なんか開いていない。とりあえず、先生にこの事を伝えておいた。
次の日、朝食の後片付けを終え、キッチンから出ると、ちょうどキールが外へ出ていこうとするところだった。
「ちょっと、キール!どこいくんだよ!?」
僕はキールを止める。
「熱、出ているんだよ!?そんな状態で外に行ったらよけいにひどくなるだらろ!?おとなしく寝ていなきゃダメだよ!」
するとキールは首を横に振って
「イヤだ。」
といった。
「イヤだ、じゃない!これ以上ひどくなったらどうするの?ただでさえあんまりご飯を食べていないんだし。ちゃんとおとなしく寝てなさい!」
「イヤだ!行かなきゃいけないところがあるんだよ!」
走って出ていこうとするキールの腕をつかんだ。
「ちょ・・・暴れるな。落ち着け。熱が上がっちまうだろ。」
逃げようとするキールをなんとか落ち着かせ、近くにあったソファーに座らせた。
「とりあえず、教えてよ。どうして行かなきゃいけないのか。」
「コルトには関係ない。」
きっぱりと言われた。でも、僕はキールがどこに行きたいのか、どうして行かなきゃいけないのか、なんとなく見当はついていた。
「もしかして、マーケットの近くの路地裏に行きたいんじゃないの?」
「えっ・・・」
キールが驚いたようで、顔をあげた。
「あそこで子犬か子猫を飼っているんでしょ。」
「何でそれを知っているんだよ!?」
キールが立ち上がって僕の肩をつかんで、前後に揺すってきた。
「だから落ち着いてってば・・・」
キールを座らせてから、僕はできるだけキールを怒らせないように
「たまたま、見ちゃっただけなんだ。ごめん。」
といった。
「知っているんだったら、早くオレをあそこに行かせろ。あそこには、歩けない子猫がいるんだよ。何かに襲われていたり、寒さで弱っていたら、かわいそうだろ!自分の体調不良なんかを理由にあの子を放っておくのはイヤだ!」
「歩けない・・・子猫・・・」
そんな状態の子猫のために、毎日あそこに行って、ずっと面倒を見ていたのか・・・。
「だから、オレを止めるなよ。早く行かせろよ。こんなところでうだうだやっている間にも、あの子に何かが起きているかもしれないんだ!!」
今はもう午前10時半くらい。子猫はもう三時間半もキールのことを一匹で待っている。
「わかった。・・・だけど、ちょっと待ってて。」
僕は一度部屋に戻ってコートを持ってきて、そのあとキッチンからパンとミルクを持ってきた。
もしかすると、キールは先に行ってしまったかもしれないな、と思ったが、意外なことに、素直に待っていた。
「せめて防寒ぐらいはしていこうよ。」
僕は持ってきたコートを着せた。
まだ、外は雪が降っていた。こんな中で、本当に子猫が生きていけるのだろうか・・・?
10分ほどで猫のいる路地裏についた。
段ボール箱には特に荒らされた様子はなかった。
キールは箱に駆け寄り、中から真っ白な子猫を抱き上げた。
「ネージュ。ごめんね、遅くなって。」
子猫のネージュは可愛らしく「みゃあ。」と鳴いた。
「あ、そうだ。ご飯、買ってこなきゃ。」
僕は、キールが箱にネージュを戻そうとするのを止めて
「持ってきたから、食べさせてよ。」
と言って、紙袋を渡した。
キールは少しの間、紙袋の中身を見て、それから取り出してネージュに与えた。
「足、かわいそう・・・。」
後ろ足が両方とも変な方向に曲がっていた。
「車にひかれたらしい。頭とかは打たなかったみたいだけど、もう、足は動かせないそうだ。」
「・・・。」
僕は、その事実があまりにかわいそうすぎて、何も言えなかった。
「飼いたいっていう前に、親は殺されたし、怪我をした子猫を飼いたいっていう人なんて、どこにもいないし・・・。」
僕は、あるところに引っかかった。
「殺された・・・?」
普通なら、「死んだ。」っていうと思うんだけど、・・・。
「ああ。父は弁当に睡眠薬を入れられ、交通事故を起こして即死。オレの夕食には農薬系の毒が入っていて、危うく食べちゃうところだったんだよ。」
さっきのこともひどいと思ったが、こちらの方がより僕にとってはショックで、同時に怒りがわいてきた。
許せないよ。食事は人を幸せにするものだ。なのに、それを人を傷つけるために使うなんて・・・。
「あの直後は怖くて何にも食べられなかった。今は店とかで売っているものなら少しは食べられるけど・・・」
キールはそのときのことを思い出したのか体が震えていた。
「・・・まだ、誰か個人が作ったものは・・・怖くて・・・食べられない・・・」
そっか。だからキールは、僕の料理になにかと文句を言って食べてくれなかったんだ。
「ごめん・・・なさい・・・。」
今にも泣きそうな顔をして、キールは謝った。
「いや、いいよ。それは、仕方がないことだから。」
僕の心の中は悔しい思いしかなかった。
怒りを持っても、それをぶつける相手がいない。子供の僕じゃ、キールに何かしてあげられない。何をしていいか分からない。
きっと、この事件の犯人はあの立場に当たる人で、もう捕まって、事件は解決した、ということになっているだろう。でも、本当のことは、これ以上は聞けなかった。これ以上、思い出してほしくなかった。
「コルト君、キール君!こんなところにいたのか!」
先生が、僕たちのところに走ってきた。
「どこにもいないから、心配したんだよ?どこかに行くなら、メモぐらい残してってよ。」
「「ごめんなさい・・・。」」
僕たち2人は謝った。
「キール君は特に。熱、出ているんだから外に出ないように。・・・って、その猫、どうしたの?」
「えっと・・・その・・・」
説明しづらそうなキールの代わりに、僕が説明した。
「飼いたいんだったら言ってくれればよかったのに。家にもうさぎを飼っている子がいるよ。あ、でも、2匹でケンカとかは・・・しないよね?エサの取り合いとか。」
それはたぶんないと思う。好きなものとか、猫とうさぎじゃ違うと思うし。
「キール君、もうすぐ病院の順番が来るから。コルト君は猫を連れて先に戻っていてね。」
そう言って先生はキールを連れて出ていった。
「えっと・・・ネージュ、おいで。」
って言っても、歩けないんだっけ。
僕が抱き上げると、ネージュはじたばたと暴れだした。
「大丈夫だよ。すぐに飼い主は帰ってくるから、暖かいところで待っていよう。」
近くにあった、キールの上着も一緒に持って帰った。
家に帰ってからネージュをうさぎを飼っている子に預けて(僕よりもたぶん扱いが上手だと思うから)キッチンにいった。
シチューでも作って待っていようか。帰ってくる頃にはちょうどお昼になっていると思う。
僕は、材料を用意しながら考えた。どうやったら、キールは食べられるようになるか、ということを。
「みゃーあー」
足元を見るとネージュがいた。
「ネージュ、どうやってここまで来たんだよ?」
ネージュは怒られたと思ったのか、前足だけで体を引きずりながら歩き出した。
「ネージュちゃん。こんなところにいたんだ。」
うさぎを飼っている子がやって来た。
「そんな風に歩いたら、足が傷だらけになるからダメだよ。レッグカバーができるまではどこにも行かないでよぉ。」
そう言って、ネージュを抱き上げた。
「ネージュ、やっぱり、後ろ足は動かないのか?」
と聞いてみた。
「うーん、どうだろう?まだ子猫だから、頑張れば動くようになるかもしれないよ。でも、足が曲がっているから、歩くのは無理だと思う。」
「そっか・・・。」
やっぱり、歩けないのはかわいそうだなぁ・・・。
「でも、この子はよく頑張るね。さっきみたいに、無理矢理でもどこかに行こうとするんだもん。」
そう言って、ネージュを連れて帰っていった。
そしてしばらくすると、ガチャっとドアを開けてキールが入ってきた。
「大丈夫?なんだった?」
と聞いてみた。
「風邪。こじらせたみたい。」
「ふーん。・・・そうだ!」
今、たった今、キールに食べてもらういい方法を見つけた。
「一緒に作ろうよ!」
きょとんという顔をするキールに僕は言った。
「自分で作った料理なら食べられるだろ?でも、一人で作るのって大変だし、どうせ作るならこの家にいる全員分作りたいから、僕としても手伝ってほしいんだ。だから、一緒に作ろ!」
僕がそう言うと、キールは笑顔になって、
「うん!」
と、大きくうなずいた。
その時にはもう、気づいていた。先生が言っていた、大切なこと。それは―――――
『相手のことを考えて作る』こと。
今までの僕はただ、おいしく作ることばかり考えていた。
でも、それだけではダメだということに、今、気づいた。
こんにちは。縦院ゆうです。
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これからも皆様に楽しんでいただけるようがんばります。よろしくお願いします。