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9、お風呂

 ……そして、その後のエルとククリの会話の流れで、私とナイトバードをより綺麗に洗えた方の勝ち、という謎の勝負が展開されることになった。何故だ。


「勝つぞ、ミコト!」


 なんだそのやる気。大丈夫かエル。ククリの方も何やら過剰なやる気を見せている。いやいやお前ら、ただ洗うだけだろう?


 呆れた目でククリ&ナイトバードペアを見ると、同じく呆れたような目をしたナイトバードと視線がぶつかった。……あ、今通じ合えたような気がする。この鳥とは仲良くなれそうだ。


「よし、湯をかけるぞ。目をつぶれ、ミコト」


 言われた通りに目を瞑ると、耳に入らないように注意しながら湯がかけられた。


「……マジか。ミコト、お前の毛皮の撥水性どうなってんだよ」


 ああ、そうだった。私の毛皮は防塵性も撥水性も抜群だ。エルの予想より遥かに毛皮が濡れなかったらしい。……まあ、こればかりは私にはどうしようもない。がんばれ、エル。


 気を取り直したらしいエルは、シャカシャカと石鹸を泡だてて私の背中から順に洗っていく。あ、これ気持ちいいな。適度に爪を立てて、毛皮をかき分けつつ洗われていく。……ちょ、耳のへんやめろ、引っ掻くな! わざとだろエル! 睨みつけてやると、ニコニコキラキラしたエルと目が合って抵抗を諦めた。すごく楽しそうだ。結構な時間をかけて洗っては流し洗っては流しを繰り返され、残るは尻尾だけになった。


「ミコト、どうする? 尻尾はやめておくか?」


 気遣わしげに聞かれるが、それまでですっかり脱力していた私は、今更だし尻尾くらいいいかという気分になっていた。ぺしっ、とエルの膝の上に二本の尻尾を乗せる。半分やけくそである。


「いいのか⁉︎」


 エルが嬉しそうだ。確かに、尻尾の毛は私の体の中で一番フサフサしているからな。もう好きにしてくれ。


 エルは嬉々として尻尾を洗い上げていく。石鹸を流し、もう一度頭から全体にお湯をかけられて、お風呂タイムは終了した。


 重労働だったろうに、エルは気分良さそうに鼻唄なんて歌っている。何故だ。私は気持ちよかったけどな。エルを濡らさないように風呂の隅に行き、ブルブルと体を震わせるとほとんどの水気は飛んでいった。





 風呂場から出ると、ククリとナイトバードが呆れたように私たちを見ていた。


「あのねぇ、念入りなのはいいけど、どれだけ時間かけるつもりなの……」


 驚いたことに、明るかったはずの外は日が落ち始めていた。エルも同様に驚いているようだ。


「このあと拭いて、ブラッシングもするんでしょ? 悪いけど先に帰るよ? こっちは全部終わったから」


 その言葉通り、ナイトバードは最初に見た時よりも格段に綺麗になっていた。……そういえば、エルがまだ私の体の半分も洗い終えていない時に、ククリたちは風呂場から出ていったような気がする。恐らく私を洗い終わるのを待っていてくれたんだろうな。


「おう、悪かったな。またいつか話そうぜ」


「うん、相棒の魔物ののろけ話できる人間は限られてるからね。その点、君は何を言っても共感してくれそうだ」


「否定はしねえかな」


 ククリが手を振って、ナイトバードと共に去っていく。私も手を振る代わりに尻尾を軽く揺らしてやった。


「よし、拭くか。とは言っても、既に大して濡れてないみたいだけどな」


 そう言いつつも、エルは私の毛皮を大きなタオルで丁寧に拭いていく。それが終わると、ブラシを取り出して毛並みを整えてくれた。首筋から胸元にかけてにある飾り毛と尻尾の毛を特に集中的に整えたエルは、おお、と感動したような声を漏らした。


「お前、すげーなミコト。ふっかふかじゃねえか」


 ふふん、もっと褒めろ褒めろ。


 犬っころのようにブンブンと振られる私の尻尾を、エルは嬉しそうに眺めていた。ちょ、恥ずかしいから止まれ尻尾! しかし自分の意思で尻尾の動きを止めることはできず、私の尻尾は振られ続けたのであった。





 余談だが。


 家に帰ると、私を一目見たアンジェは捕食者のような目に変わった。私ともあろうものが、アンジェに怯えてジリジリと後ずさる。逆に距離を詰めてくるアンジェ。後ずさる。近付いてくる。後ずさる。近付いてくる。後ずさ……壁にぶつかった。


「ミコト、かっわいいー!! ふっさふさ! これ、兄さんがやったの⁉︎ 兄さんすごいっ、素敵っ、大好き!」


 私はアンジェに襲われた!


アンジェはテンションを上げながらも決して乱暴にはせず、優しく撫でてくる。まあ、それだけでは終わらないのは分かっているがな!


 ほら、きた。耳の付け根をかりかりと引っかかれ、力が抜けたところでコロンと仰向けにされ、首のあたりを絶妙に撫でられ……と、本当にお前は何のプロだ。どこで手に入れたんだその技術。自分の尻尾がはち切れんばかりに振られているのがわかる。こら尻尾お前、私の尻尾だろう! どちらの味方なんだ! そんなに振ったらアンジェが調子に乗って……遅かった……。私の尻尾を確認したアンジェは、ますます嬉しそうに私を撫でにかかった。……尻尾の裏切り者め。





 そんな穏やかな日々が、一月と少しほど続いた。アンジェとエルはずっと私に甘いし、アンジェのために私を警戒していたエル父の信用も月日と共に得られたので、エル父も最初より私に甘くなった。ジェイドや、ククリとナイトバードのペアとも仲良くなれたと思う。町での日々はとても快適で、もう森に戻ったら満足はできないだろう。


 こんな日々が続くのだと、漠然と思った。寿命の違いがあるから、きっとみんな私より先に逝ってしまうのだろうけれど、あと数十年くらいは、このまま続くのだろうと。


 私は、忘れていたのだ。過去には散々餌にしてきたのだから知っていたはずの、人間の脆さというものを。





 ……アンジェが、倒れた。

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