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8、騎士団

 次の日、私はエルの職場に一緒に来ないかと誘われた。家に引きこもってばかりではよくないだろうと。そろそろ外の空気が吸いたくなってきたところだったので、私はエルに付いていくことにした。


 エルが向かったのは、騎士団の訓練場だった。今日のエルの仕事は午後からの町の見回りなので、午前は訓練場で訓練をするつもりだったらしい。エルもエル父も、随分とゆったりと働いているな。あとから聞いた話だが、有事の時以外は騎士は割とゆっくり過ごせるらしい。ただし、事件が起こったりした場合には逆に全く休みなく働かなくてはならないこともあるのだとか。


 訓練場に着くと、私を連れたエルに何人かの騎士たちが声をかけてくる。その中に一人、見知った顔があった。私が町に来た日に会った門番、ジェイドだ。この男も騎士だったのか。そりゃそうか、エルの同期なんだもんな。


「よぉエル! ようやくここに連れてきたな、そのツヴァイテイル」


「ああ。ようやくと言っても、まだ相棒になるかはわからないけどな。そもそも戦闘能力がどれだけあるかも不明だし」


「その二本の尾っぽの能力は何なんだよ?」


「一つは、自分の魔力を他に分け与えるものらしい。もうひとつはまだわからない」


 まだ決めていないからな。どうしたものか。


「とりあえず今日はどうするんだ? そいつと一緒に戦闘訓練か?」


「……正直、特に何も考えずに来た。ここに来ればミコトが運動出来るだろうと思って……」


「なんだそりゃ、考えなしかよ」


 ジェイドは呆れたように笑った。


「んじゃ試しに、木剣使って二対一で俺と模擬試合してみるか?こいつも魔物だ、全く戦えないってこたぁねぇだろ」


「……ミコトに怪我はさせるなよ」


「過保護かってんだてめぇは。多少の傷は男の勲章だろ」


「ミコトはメスだ。……ミコト、やってみるか?」


 ふむ、やってやろうじゃないか。私がやる気を見せると、エルは自分用の木剣を借りてきた。


「ミコト、この脳筋は俺よりも強い。というか実は、うちの騎士団で一番強い。脳筋だけどな。だが、二人でやるんだ。勝ちに行くぞ」


「きゅう!」


「お前、聞こえるように言ってんだろエル!」


「当たり前だろ脳筋」


 私たちはジェイドに飛びかかった。


 ……結論から言うと、ジェイドは強かった。腕に噛み付いてるのに筋肉が分厚すぎて大して牙が刺さらないってどういうことだ。本当に人間の腕か? 九尾である私に噛みつこうとしていたいつかの犬も、こんな気分だったのだろう。


 と、いうわけで。私たちは負けた。それなりには粘ったが、攻撃が通らなくてはどうしようもない。万一があっては困るから急所は狙えないしな。


「ったく、相変わらず馬鹿みたいな戦闘能力だな、ジェイド」


「お前は力よりも技で来るタイプだからな。一瞬の隙をつく殺し合いならともかく、急所狙いなし、真っ向からの模擬試合じゃ俺には一生勝てねぇよ。ツヴァイテイルの牙も、あんまり通らなかったしな」


 むう、残りの一枠で攻撃魔法を使えば、今の私でもいけただろうか? 遠距離なら勝てるだろうが、近距離だったらきつい気がする。ツヴァイテイルが使っても異常と思われない程度の魔力しか使わないなら、という前提付きだが。魔力使い放題なら負けるはずがない。そもそも私は、九尾に戻ったとしても魔法特化の魔物だ。身体能力は、同ランクの他の魔物よりも低い。ランク8に上がってからは、同ランクの魔物にそもそも出会っていないがな。


「まあ、いい運動にはなっただろ。……ツヴァイテイルだが、そいつ多分、一般的なランク3よりは弱いぞ。今回と同じく魔法を使わないって前提なら、だけどな」


 言い当てられた。すごいな、脳筋のくせに。


「わかってる。……なあミコト、もう一つの尾の能力は教えてくれないのか?」


 ふむ、それはまだ考え中だ。というかこのままなあなあにして、いつか人型になりたくなった時の保険にしたい。


「……悪かった、変なこと聞いたな」


 ぽんっとエルの手が頭に乗せられた。いや、エルが謝ることではない気がするが。強制したわけでもなく、ただ聞いただけだし。


 その後はエルが持って来ていた小さいボールで遊んでもらったり、エルの訓練風景を眺めたり、騎士とかけっこしたりして楽しく過ごした。投げたボールを取ってくる遊びには二回ほど付き合わされてしまったが、途中で我に返ってやめた。誰が取ってくるか。


 そうこうしているうちに昼時になったので、エルたちは近くの食堂に行くらしい。魔物も入店可の店なので、初の人間の町での外食である。少しワクワクしていたのだが、残念なことに味が濃かった。エルが注文の時に薄味で、と言ってくれていたのに、それでも濃いめだった。これならアンジェのご飯の方が美味しい。


 食事を終えると、遂に仕事の町の見回り……をしたのだが、やっていることは少し緊張感のあるただの散歩だった。特にトラブルがあるわけでもなく、私たちは騎士団の駐屯地に戻ってくる。あまり大きな町ではないようで、三時間もあればざっと回ることができた。エル曰く、たとえその場でトラブルがなかったとしても、見回りはすること自体が治安維持のために意味があるのだという。よくわからなかったので首を傾げておいた。わしゃわしゃと撫でられた。うむ、もっとやれ。


「なあ、ミコト。風呂って知ってるか?」


 ふろ? ……風呂か?


 こくりと頷くと、エルはにっこりと笑った。


「実はな、騎士団の風呂があるんだが……隣に、魔物の相棒がいる騎士用の、魔物の風呂も一応あるんだよ。……つーか湯浴び場、みたいなやつが」


 おお、それは素晴らしいな。そういえば、町に来てから一度も水浴びをしていなかった。アンジェたちは一度公衆浴場に行ってきたらしいが。大富豪の家だと個人宅に風呂があったりするが、そんなのは本当に一握りらしい。基本的に、風呂は公衆浴場を使うものだ。私の毛皮は防塵性が非常に高いし、私自身そんなに汗をかいたりはしないので気にしてはいなかったが、風呂があるというなら入りたい。尻尾を振ってきゅーきゅーと鳴くと、エルは風呂に連れて行ってくれた。


 風呂は、とても大きな桶に湯がたくさん入っていて、そこから使うだけ湯を汲んで体を洗うという構造だった。エルが洗ってくれるつもりらしい。


「あれ、先客? 珍しいね」


 エルが服の袖とズボンの裾を捲り上げ、さあやるぞ、というところで、後ろから声がかかった。ちなみに、人間の方の風呂は一応プライバシーに配慮されているようだが、魔物の方はいつでも誰でも好きに中に入ることができる。確かに、魔物にプライバシーも何もないからな。


「あんた、……確か、第四隊の騎士だっけか」


 エルが思い出すようにしながら、入ってきた男に話しかける。男は藍色の髪と紺色の瞳を持っていて、エルよりも細身だった。ランク3の夜羽鳥(ナイトバード)を連れている。人間も魔物も、どちらも夜の色だな、と思った。


「そうだよ。ククリっていうんだ。話すのは初めてだね、エルさんで合ってる? 最近ツヴァイテイルを捕まえたって噂になってた」


「ああ。捕まえたというか、こいつがなぜか付いてきてくれただけだけどな。まだ相棒にするかはわからない」


「そうなんだ。でもエルさんが魔物といるってだけで嬉しいよ。この町の騎士に魔物の相棒を持つ人は少ないから、あんまり話が合う人がいなくてさ。僕と同じ第四隊の相棒持ちは、このあいだ腕に大怪我して今療養中だしね」


 ククリが傍らのナイトバードを撫でると、ナイトバードはククリに擦り寄った。……ナイトバードか。偵察用には素晴らしいな。夜目が利く黒い鳥だからな。戦闘能力は低めだが、動きは素早いから戦闘補助としての撹乱には向いているだろう。


 ククリが私を見て不思議そうな顔をした。


「あれ、その子洗うんだ? かなり綺麗みたいだけど」


「ああ、でも昨日も一昨日も洗ってないはずなんだよ。汚れてなさすぎて気付かなかったんだけどな」


「へえ、そうなんだ? 淡い金色だから、汚れそうなものなのにね」


 私の毛皮は特別製だからな。誇らしげに胸を張ると、エルに撫でられた。何故。


「隣、いい? こいつ洗いたくてさ」


 こいつ、と示されたナイトバードは、傍目からもよくわかるほどにククリに懐いていた。ククリもナイトバードを可愛がっていて、いい関係を築いているようだ。……いつかの犬と人間を少しだけ思い出したが、まあどうでもいいことか。おそらく大丈夫だろうが、あの人間は生き延びただろうか。

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