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5、食事

「ねえ、兄さん」


 飽きずにずっと私の背を撫でているアンジェが、おもむろに切り出した。私は、気持ちいいのでされるがままに撫でられている。


「ん?」


「この子、何を食べるのかな?」


「あー……。少なくともパンは食べるな。あと、多分肉や魚もいけるはずだ」


 私の食事か。私は何でも食べられるぞ。人間が食べられるものは全て食べられる。人間からしたら毒になるようなものも、かなり食べられる。生肉とか毒性のある植物とかな。まあ、好みはあるが。調理はされていた方が美味しい。人間が好んで食すような料理よりは、多少薄味の方が好きだ。


「パンに肉に魚……ってことは、特別なものを用意しなくても大丈夫そうだね。今晩はお魚があるから、それかな。食べられる? ツヴァイテイルちゃん」


 ちらりと振り向いて、首を縦に振った。


「かわいい……」


 なんでそうなる。


「こっちの言葉をしっかり理解してるよなお前。やりやすくてありがたいよ」


 まあな。伊達に九尾やってないさ。


「えっと、料理しないでそのままの魚の方がいい?」


 首を横に振る。


「火を通してあった方がいいの?」


 首を縦に振る。


「わかった。じゃあ、体に悪いかもしれないから薄味で作るね」


 素晴らしい! よく分かったな、是非そうしてくれ。二本の尻尾を犬っころのように振ると、私が喜んでいることが伝わったらしい。エルもアンジェも嬉しそうだった。というか、アンジェが作るのか。料理は上手なのだろうか、楽しみだ。


 その時、ガチャリという音が聞こえて、私は玄関の方に顔を向けた。少し待っていると、エルより年を取った男が現れる。


「ただいま、アンジェ」


「父さん! おかえりなさい! ね、見て見て!」


「ん? どうした? お、エルも帰ってるのか」


 どうやら父親が帰ってきたらしい。三人家族と言っていたから、これで全部か。


 部屋に入ってきた父親は、私を見ると固まった。アンジェと同じ反応だな。わなわな震えてはいないが。


「……エル、お前、本当に連れて帰ってきたのか。よくもまあ上手くたらしこんだな」


「たらしこんでねぇよ!」


 いや、たらしこんだかたらしこんでないかで言えば、おそらく私はたらしこまれたぞ。さっきも門番とこんな会話をしていたな、エル。


エル父は私をじっと見つめる。


「……確かにツヴァイテイルだな。ランク3か……、よく連れて来れたな、本当に」


「まあな。こいつが自分から寄ってきてくれたんだよ。幸運だったと思う」


 確かにな。気まぐれに寄っていっただけだからな。


「親父。こいつさ、言葉大体わかってるみたいだから。そのつもりでよろしくな」


「……本当か? 今まで野生だったランク3だろう?」


 訝しげに聞いてくるエル父になんとなくムカついたので、牙を剥き出してグルル、と軽く威嚇してやった。撫でられながらなので威厳もクソもないが。……と思ったら、背を撫でてくれていたアンジェが驚いて手を引っ込めてしまった。ああ、ごめんこれは私が悪かった。アンジェの方を向き、床にぺたんと伏せをしてきゅう、と鳴くと、謝ったのが伝わったらしい。アンジェは笑顔を浮かべた。


「かわいい!」


 お前はそれ以外の言葉を知らないのかい、アンジェや。


「なるほど、確かに分かっているようだな。悪かったよ、ツヴァイテイル」


 エル父が何か言っているが、ぷいっとそっぽを向いてやった。


「……エル」


「なに」


「どうしよう、もしかして父さん嫌われたっぽいかも……」


「知るか! その喋り方やめろ」


 あはは、とアンジェが笑う。……第一印象は悪くないな、ここも。森を出て正解だった。とりあえず、エル父への態度は軟化させてやろう。まだ触らせてはやらない。






「……あ、もうこんな時間か。ご飯の支度してくるね?」


 アンジェがそう言って立ち上がったのは、それからすぐだった。


「よし、父さんも手伝おう」


「え、大丈夫だよ? 疲れてるでしょ」


「いや、今日は珍しく町の警備担当だった。大した揉め事もなかったから大丈夫だ」


 町の警備? それがエル父の仕事なのか。


 アンジェとエル父がおそらくキッチンであろう別室に消えていったので、私はエルの隣に戻った。


「俺と親父は、騎士団に所属してるんだ」


 ふむ?


「仕事は町の警備と、要人警護、町のそば及び街道沿いの魔物の討伐、たまに、特定の被害の大きい魔物や盗賊の討伐もする」


 だから戦えたのか。エルの剣の腕はそれなりだった。魔法は微妙だったが、使えるだけマシなのかもしれない。


「俺も親父も騎士だ。つまり、有事の際には出て行かなきゃいけない立場なんだ。だから、もしもの時にはアンジェの傍にいてやってくれないか、ツヴァイテイル。あいつはまともな戦う術を持たない。……もちろん、お前がアンジェを気に入ったらだけどな」


 最後の方は茶化すようにして、エルは言った。なるほど、そのために森で魔物を探していたのか。もしもの時の守り役にするために。


「俺の相棒になってくれてもいいけどな? まあ、いつか俺を気に入ってくれたら、考えてみてくれ」


 相棒。騎士やら兵士やらが、そう言って魔物を連れているのを私は何度か見ている。


「魔物の相棒を持つってのは、騎士にとっていいことなんだよ。信頼関係があることが前提だけどな。まあ、その場合戦わなくちゃいけなくなるし、気にしなくていい」


 ふむ。戦うこと自体は構わないが……。まあ、いいか。もしも、九尾としての力まで貸したいと思うほど、この人間に入れ込むようなことがあれば、その時に考えればいい。


 ぽん、と優しく背中に手を置いたエルは、ゆっくりとあやすように手を動かす。無言でそっと撫でられて、私はゆっくりと微睡みに落ちていき……




 ドアが開く音に、パッと目を開いた。もしかして寝ていたのだろうか。


 見上げると、少し乱暴にドアを開けた犯人であろうエル父を、エルがじとっとした目で見ていた。


「親父ー……」


「え、な、なんだ? 食事ができたんだが……」


「ドアは静かに開閉しような!」


 ジト目のエルに狼狽えるエル父が少しだけ哀れだ。静かに開閉しても私は起きていただろうし。このエル父、自分の子供に弱いのだろうな。


 私はひょいっとソファを降りて、エル父の開けたドアの向こうを見つめた。すごく美味しそうな匂いがしている。そんな私に気付いたらしいエルは、苦笑しながら隣の部屋に案内してくれた。


 アンジェの料理は非常に美味しかった。がっつく私にアンジェが自分の分も少し分けてくれたが、こちらは塩味が強くて微妙だった。人間の濃い味を好む気持ちは本当によくわからない。

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