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3、餌付け

 数日中にはまたやって来るだろうと予想していたが、人間が次に来たのはその翌日だった。早いな。


 ツヴァイテイルの姿で出迎えてやると、人間は嬉しそうに笑う。


「また会ったな、お前」


 そりゃな。わざわざ会いに来ているからな。


 今日も何かを探して格下の魔物と戦うのかと思いきや、人間は近くの石に腰を下ろしてしまった。おもむろにパンを取り出すと、昨日よりも少しだけ自分の近くに放る。人間の顔を見上げると、わくわくした顔をしていた。


「食べないか? 昨日は、うまそうに食ってただろ」


 これは……つまりあれだ。読めたぞ。餌付けしたがっているのか。なるほど。


 とりあえずスッと近寄ってパンを食べながら、私は考える。


 この人間は、森に魔物を捕まえに来ていたはずだ。それもおそらく、弱くてもいいから人間に友好的な魔物を欲しがっていた。飼いたいのかどうしたいのかは知らないが、人間に友好的な魔物の需要は高い。何せ、普通の動物よりも強いから。


 だが、魔物は本能的に他の生物を襲おうとするものだ。友好的な者など限りなく少ないから、生まれたばかりのか弱い、できれば怪我をして庇護を必要としている魔物の手当てをし、仲良くなろうとしたのだろう。最初は弱くても、育てるつもりがあるのなら将来的にはある程度強くなるはず。まあ、そんなに都合良い存在は普通転がっていないがな。弱いものが怪我をしたら、他の魔物に食われて終わりなのだから。


 そんないるかもわからないものを探してさまよい歩いていた人間。そこに現れたのは大人しいツヴァイテイル。……そりゃターゲットにするな、当然。ランク3ならそれなりに強い。人間の兵士は、ランク2から4くらいの強さの者が多いと記憶している。少なくともこの人間が探していたであろうランク1やら2やらよりも優良物件だ。ランクが一つ違えば、その強さは大きく隔たるものなのだから。


 人間は、慎重にことを進めるつもりらしい。パンを置く場所は少しずつ自分に近付けつつも、一歩たりとも自分から近付いて来ようとはしなかった。逃げられることを警戒している。せっかくなので、人間が手を伸ばせば辛うじて触れられる程度の距離まで無防備を装って近付いてみたが、手を伸ばしては来なかった。下手な触り方をしたら噛んでやるつもりだったんだが、残念だ。


 私の匂いがしているので他の魔物が近寄ってくることもなく、のんびりとした時間が流れる。私にパンを食べさせ終わると、人間はもう帰るらしい。言葉が通じていないと思っているくせに、今日は休みじゃないんだ、と言って笑っていた。理解されることを期待していないのに、よく喋る人間だと思った。


 今日もまた森の外れまで見送ってやった。また明日な、と手を振って、人間は帰って行った。明日も来るらしい。





 予告通り翌日もやってきた人間にパンをもらった。私が食べている間、人間はポツリポツリと私に話しかける。


「今日も来てくれたのか、ありがとな」


「にしてもお前、魔物なのに本当に大人しいよな」


「餌なんてもらって、毒が入ってたらどうするつもりなんだよ」


 自分で与えておきながら毒の可能性の示唆までしてくる。余計なお世話だ。私をどうこうできる毒なんてほとんどないし、そんなものが入っていれば匂いでわかる。毒入りパンなんてよこせば、喉笛を噛み切って終わりだ。この人間はそんなことしないだろうとは思うけれど。





 それからも毎日、もしくは一日おきに、人間はやってきた。あまり時間はないようで、私にパンを与えてすぐに帰ってしまう。もともと餌に困ってはいなかったので、パンをもらえなかったからといって飢えることなどありえないのだが、なんとなくパンをもらうことが私の日課になっていた。





 そんな日々がおそらく二週間ほど続いたある日。その日の人間は、いつもと少し違った。どことなくソワソワとしているのだ。


 いつも通りにパンを食べていると、人間が初めて一歩だけこちらに近付いてきた。いつだって彼我の距離は人間の投げるパンの位置だけで調節されて、本人が近寄ってくることなどなかったのに。訝しげにそちらに目線を向けると、ピタリと動きを止める。


「あー……ツヴァイテイル。なあ、近付いていいか? 何もしないから。な、俺、近付くからな?」


 またそろりと一歩近付く。腰が引けているというか、ビビっているように見えるんだが。何がしたいんだ。


「逃げるなよ? 大丈夫、俺怖くないから、ほら、逃げるなよ、近付くからなー……」


 声をかけながらたった数歩の距離をのろのろと詰めると、私の目の前で人間はしゃがみこんだ。目線は、私の方が少しだけ低い。


「よし」


私が逃げる素振りを見せないのを確認して、人間は満足げに頷く。


「少しだけ触るぞ? いいか? 触るからな?」


 ああ、触りたかったのか。何もしないんじゃなかったのかお前は。噛んで驚かせても良かったのだが、自分でも不思議なことに、少しくらい触らせてやってもいいかという気分になった。パンも美味しいし。


 私がいつでも逃げられるようにゆっくりと、驚かせないようにか地面を滑らせるように、人間は腕を伸ばしてきた。逃げないのを見ると、指三本くらいで背中をすっとなぞられる。とてもぎこちない動きだった。……くすぐったいわ。どんだけ不慣れなんだお前は。


「おー……お前、すげーフサフサなのな。毛並み柔らけー」


 大丈夫だと踏んだようで、連続して私の背中をなでる。随分と嬉しそうだ。どうだ柔らかかろう、ふさかろう、もふかろう。いい毛皮だろう。ふふん。


「なあ、ツヴァイテイル。尻尾触っちゃダメか? 尻尾……ダメか。わかったよ」


 尻尾、と言われた時点で二本の尻尾を体で隠すと、人間は大人しく引き下がった。尻尾はダメだ。体以上にフサフサで、触りたいのはわからなくもないけども。見るだけだ見るだけ。


「……つーかお前さ、俺の言葉分かってるな?」


 背中をなぞりながら、人間がそんなことを聞いてくる。……さあな。


「分かってたら一声鳴いてくれないか?」


 無視してやった。


「ダメか……まあ、いいけど。なあツヴァイテイル、お前、うちに来ないか?」


 ……ん?


 脈絡なく言われたせいで、思わず人間の顔を見つめてしまった。人間はニンマリと笑う。


「お前やっぱそれなりに分かってるよな」


 知るか。


「人間の町は嫌か? うちは俺と親父と妹の三人暮らしだ。お前を虐めるようなやつはいない。……お前、一応ランク3の魔物だったか。虐める以前に返り討ちかもしれないけどな。とにかく、お前が来るなら歓迎する。少なくともうちに来れば、飯の心配はしなくてよくなるぞ?」


 飯の心配は元からしていない。私はこの森で一番強いのだ。森の(ヌシ)だぞ主。その証拠に、私といる間に他の魔物に襲われたことはないだろう。……でもまあ、行くか行かないかで言えば。森での暮らしも退屈だし、なあ。嫌になったら町なんか適当に燃やして帰ってくればいいだけの話であるし。


「よし、今日はもう帰る。もし来る気があるなら、付いてきてくれ。来なくても、明日また来るけどな」


冗談めかしてそう言うと、人間は私に背を向けて町の方向へとゆっくり歩き出す。私は少しだけ逡巡してから、ひょいっと立ち上がった。


 いつもこの人間を見送る森の外れで。私はその日、人間を追って街道を歩いていった。

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