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24、問いかけ

 私が言われた通りにせっせと手を冷やしている横で、アンジェは危なげなく昼食を完成させた。


「ねえ、ミコト」


「うん?」


「ごめんね? その火傷、私を庇おうとしたせいでもあるよね」


「……いや、そもそも私がアンジェを驚かしたせいじゃないか?」


「うんまあそれはそうだし火を使ってる時にそういうことしたのは怒ってるけど」


 マジか。


「……別に、アンジェが思っているほど酷い怪我じゃないぞ。私にとっては」


 言いつつ右手をシンクから出……したらアンジェに睨まれたので戻し、左手の包帯の結び目部分を歯で噛みちぎる。シュルシュルと白い包帯が足元に落ち、下から現れた肌をアンジェに見せつけた。そこは少し赤くなってはいるがそれだけで、先ほどまでぱっくりと裂けて血を流していたとは思えない。


「ほらな」


「ほんとだ……。でも、痛いんでしょ?」


「まあそりゃな?」


「じゃあやっぱりダメじゃん!」


 結局怒られた。ダメだったらしい。


「そんなことよりな、アンジェ」


「ん?」


「そろそろ冷やすのはいいと思うんだ。昼食にしよう」


 そう、先ほどから、アンジェの手によって既に昼食はできているのだ。ありあわせで作った雑煮のようなものだが、美味しそうな匂いをしている。まだ食べないのは、私が手を冷やさないといけないからである。そんなの待ってたら冷めちゃうぞ、アンジェ。


「うーん……じゃあ配膳してくるから、それが終わったらいいかな? 手、大丈夫?」


「大丈夫だ」


「分かった」


 普段よりも少し遅くなった昼食は、いつも通り美味しかった。






 さて、食べ終わって、アンジェが片付けをしたところで、次は買い物である。どちらの姿で行くかは少し迷ったのだが、荷物持ちをしてやるために人型で行くことにした。


 そして、現在。


「うーん、これ? いや、ミコトは背が高いから、丈が短すぎるなぁ……。じゃあこっちのスカートに、この大きめシャツ……。うーん、色が……」


 現在、私は着せ替え人形となっている。理由は、普段の巫女服もどきだと目立ってしまうからである。だから適当なアンジェの服を借りて着替えていこうと思ったのだが、これが決まらない決まらない。体型の問題で、アンジェの持つ全てのズボンと大抵のシャツが使えなかったこともある。スカートも、ミニスカートは丈が短すぎてしまうからダメらしい。


「あ、そうだ。エルの服を借りたらいいんじゃないか?」


「……兄さんの?」


「背の高さもそこまで変わらないし、変哲のない黒シャツとズボン辺りを拝借すればいいだろう」


 名案だと思ったのだが、アンジェは渋い顔だ。


「うーん……上はともかく、ズボンは無理じゃないかなぁ? 多分ウエストが違いすぎるよ。ミコト細いもん」


「そうか……?」


 それからしばらくして、上はエルの黒シャツ、下はアンジェのロングスカートという出で立ちで落ち着いた。ロングスカートとは言ってもアンジェにとってはそうと言うだけであって、私が穿いたら半端な長さになってしまっているが。


「今度ミコトの服買おうね! 絶対買おうね!」


 アンジェの妙なスイッチが入っているのが怖い。買いに行ったとして手短に決まるといいんだが、きっと長丁場になることだろう。


 そうして意気揚々と出かけたわけだが、雑貨屋に肉屋と二軒店を回る頃には、私もアンジェも町全体がどことなく暗い雰囲気なことに気付いていた。アンジェの後ろをトコトコとついて行っていた狐の代わりに人型の私がいるのだから、普段通りなら確実にものすごく話しかけてくるであろう肉屋の店主の反応が薄かったのもおかしい。


 三軒目の八百屋のおばちゃん(みんなこう呼んでいるので名前を知らないのだ)との会話の中でようやく、その原因は私が密かに予想していたもので合っていたと知った。そう、魔熱病だ。


「魔力がない人間の方が少ないとはいえ、結構いる。もちろんその全員が発症するわけじゃなし、ましてや全員が死ぬわけじゃないけどね、誰だって親しい人に魔力のない奴は一人や二人いるだろうさ。本人にとっちゃ文字通り死活問題だしね、暗くもなるってもんだろう」


 ということらしい。ちっ、町一つ丸ごと暗くなるのか。脆くて面倒な、少しは魔物を見習え。お前らくらいの強さの奴らなら馬鹿ばっかりだから、目の前で同種が死んでも割と気にしなかったりするぞ。……いや、そこまで馬鹿になられても困るが。


 軽く顔を顰めてそんなことを考えている私とは裏腹に、アンジェは沈痛な面持ちである。おばちゃんとやらは、ハッとしたようにアンジェを見た。


「あれ、アンジェちゃんは、確か……?」


「えっと、実は私も魔力なくって」


「た、大変じゃないか! 感染経路が分かってないんだよ! 下手にうろついちゃあ危ないよ」


「あ、だ、大丈夫です。もう一回かかっちゃって、回復した後なので」


 首を振るアンジェに、おばちゃんは大層驚いたらしい。


「そうなのかい! それは……危なかったねぇ。良かったよ。えっと、そっちの別嬪さんは……?」


 思い出したように急にこっちを向かれたので無視しようかと一瞬思ったが、さすがに思い直す。


「……私は、魔力があるから問題ない」


 私は荷物持ちに来ただけであって、世間話とか面倒なので結構だ。ぶっきらぼうに返すと、それ以上話しかけてこなかったのでよかった。






 帰り道、アンジェが暗い。話しかければちゃんと返事はするが、どことなく暗い。そこで私は、アンジェを人通りの少ない裏路地に引っ張り込んだ。


「え、えっと、ミコト? この町は治安はいいけど、わざわざ女二人で裏路地に入り込むのはちょっと、」


 アンジェが何やら言っているが気にせず、綺麗そうな場所を選んで私は荷物を置いた。


「ええ、ミコト?」


「アンジェ」


「ん?」


 疑問符をいっぱいに浮かべているアンジェに手を差し伸べると、無防備に近付いてきた。


「叫ぶなよ」


「へ?」


 アンジェを引き寄せ、朝のように姫抱きにする。そのまま流れるように、近くの屋根の上に跳び乗った。


「〜〜⁉︎ なっ、」


「動くなと言っただろう」


 ……いや、言ってなかったかもしれない。まあいいだろう。アンジェは何やら手をバタバタとさせてから我に返ったようにしがみついてくるが、暴れなければ落ちないだろうに。


「ちょ、ミコト、何、」


「いや、別に意味はないが。暗い顔をしていたので、なんとなくな」


「えー……」


 気分転換になるかと思ったのだが、そうでもなかっただろうか。ひょいっと飛び降りると、また過剰に身を固くしてしがみついてきた。


「大丈夫か?」


 地面に降ろすと少しふらついたので、支えてやることにする。


「だ、大丈夫だけど、ほんとに突然なに……」


「なんとなくだ。で、アンジェこそどうした? さっきから暗いだろう」


 聞くと、アンジェは少し躊躇ったあとに答えた。


「……さっきの八百屋のおばちゃんさ、私が魔熱病にかかったって知って、早く帰ってくれないかなって思ってたよね。それがちょっとだけ寂しかったかも」


「……そうなのか?」


 え、殺す? 殺しとくか? アンジェが望むなら人間の一匹くらい、やぶさかではないが。


「うん、それを言ってから態度ちょっと変わったし、多分そうだよ。仕方ないのは分かってるんだけどね。私はもう元気なつもりだけど、当然うつるかもしれないわけだし」


「……いいのか?」


「いいも何も、仕方ないことだよ」


 私が消してやってもいい。でも、それを言ってもアンジェは首を横に振る気がしたので、黙っておいた。アンジェはきっと望まないだろう。


 だから代わりに、わしゃわしゃと頭を撫でて髪を乱してやった。アンジェがせっせと元通りに整えているうちに、置いていた荷物を回収する。


「ほら、早く帰るぞ、アンジェ」


 まあ寄り道というか、裏路地に入らせたのは私だがな。勝手を言う私に苦笑して、アンジェはついてきてくれた。






 その夜。


 夕食を用意して待っていたアンジェと私だが、帰ってきたのはエルだけだった。エドワードは忙しくて、騎士団の方に泊り込みらしい。


「ミコト、ちょっといいか?」


 アンジェが夕飯を温め直している間にエルにちょいちょいと手招きをされたので、ツヴァイテイルの状態で近寄る。人型でもどうせキッチンへの出入りは原則禁止されているから手伝うことはないので、狐は狐のままでゴロゴロすることに決めたのだ! 撫でるのか? エル、私のこと撫でるんだな? しかし予想に反して、エルは何処となく緊張した面持ちでついてくるように身振りで示し、自室に入っていく。少なくとも撫でられるわけではなさそうなので、私は人型になった。


「どうしたんだ? エル」


 エルは自室のドアを閉めると、私に向き直った。


「魔熱病……いや、魔熱だがな。ミコト、おそらく当たりだ。呪いの可能性が限りなく高い」


「そうか。やはりな」


 まあ正直どっちでもいいんだがな。


「それで、ちょっとミコトに聞きたいことがあるんだ」


「なんだ?」


 わざわざアンジェに聞かれないようにしているということは、機密事項か何かなのだろうか。


 私を見つめるエルは真剣な表情をして、少し躊躇ってから口を開いた。




「ミコト、お前はーーーー人間を殺したことが、あるか?」

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