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21、魔熱『病』

「どうしたの? 兄さん」


 顔はエルに向けつつも私のことはしっかりと撫で続けながらアンジェが聞く。うむ、良いぞ良いぞ。本当にしっかり躾けられているな、アンジェ。あっ、耳の付け根ゾクゾクするからやめろアンジェ! そ、そんな強弱つけたりしたら、……あうー……。くそ、アンジェには分からないんだろうが本当にゾクゾクするんだからな! へにゃりとしつつ睨みつけると、アンジェはにこにこしながら顎を引っ掻いてきた。く、食えない奴め。そんなことで許すとでも……あ、そこ、もっともっと。


「……なあ、話があるんだけど……」


 あ。また忘れていた。悪いな、エル。


 私は立ち上がると、少し前から各部屋に置くようになってくれたタオルにささっと足の汚れをなすり付けた。すぐに反転すると、アンジェのベッドに飛び乗る。もともと、泥の中でも走らなければ私の足はそんなに汚れないので問題ないぞ、多分。アンジェの隣に陣取り、伏せをする。よし、肘起きにしていいぞアンジェ。ついでに撫でていろ。


「あのな……」


 何とも言えない顔をしたエルは、呆れたようにため息をついてから話し始めた。諦めたらしい。こ、こんな体勢だってちゃんと聞くぞ?


「俺はちょうど門番やってたジェイドに頼んで一緒に森の手前まで行ったんだけどな、そこで魔物に襲われた。運悪く、ノワールホーク二体だ」


 エドワードが目を見張った。


「それは……確かに運が悪いな。深夜にノワールホーク相手は厳しい戦いだろう、よく無傷で帰ってこられたな。ジェイドも無事か?」


「ああ、無事だ。……それなんだがな。助けられたんだよ、森の主の狐に」


「……森の主に?」


 エドワードはすっと目を細めた。エルは大きく頷く。


「そうだ。突然割り込んできて、ノワールホークを追い払ってくれた」


「……そうか。森の主に助けられた例は、今年に入ってからだけでも二件目だな。人間に好意を抱いているのか……? いや、でも最初は殺されかけたという証言もあったな……」


「今回はかなり友好的だったと思う。人間に夜の森は危ないから町に帰れって怒られて、ミコトが既に町に帰ってるって情報を貰って、しかも……ミコトに頼まれて森のオーガロードを追い払った、と言われた」


「……え」


 全員の視線が私に集まった。……仕方ないな。私はベッドの上で伏せをしたまま、人型を取った。うつ伏せの状態になったので起き上がり、アンジェの頭を逆に撫でてやる。私の見た目年齢は二十代前半くらいの大人なのである。


「私はオーガの情報を集めるために森に行った。そこで偶然森の主に出会い、オーガを何とかするように頼み込んだら、同じ狐のよしみで頼みを聞いてもらえた。それだけだ」


「それだけって……森の主に頼み事なんて、そんな危ない橋を、勝手に!」


 エドワードに怒られた。むう……。


「別に、大丈夫だったんだからいいだろう」


「……もうしちゃダメだよ」


「善処する」


「…………」


 エドワードの目が冷たい! よく見たらエルもアンジェも冷たい!


「……わかった、もうしない」


 ため息をつきつつそう言うと、隣のアンジェに服の袖を引っ張られた。振り向くと、小指を突き出される。


「どうした? この指はなんだ」


「危ないことしないって、約束。小指を絡めるの」


「ふん?」


 よくわからないがしたいようにさせておいた。……なんか破ったら針を飲ませるような誓約をしていなかったか。よっぽど危険じゃないかその行為の方が。まあ、よくわからないので放っておこう。


「……親父、どう思う?」


「……本当にオーガの群れを追い払ってくれたならこんなにありがたいことはないが、頭から信じるわけにはいかないな、当然。一応私の方から報告は上げるが、オーガの群れが森に存在しているという前提で動くことになるだろう」


「だよな」


 エルたちの会話も一区切りついたらしい。やはりそうなるよな。


「つまり、エドワードとエルは明日から忙しくなるのか」


「そうなるだろうね」


「ならアンジェのそばには私がつくが……なんというか、それで大丈夫か? アンジェは目覚めたばかりなのに、私は人間の体調のことなどほとんどわからないから……」


 少し不安になって聞くと、微笑んだアンジェに礼を言われた。何故。エドワードも微笑ましいものを見るかのようににこにこしている。


「大丈夫だよ。そもそも魔熱病は特殊な病気でね、魔力がないか、ないに等しいほど少ない者しかかからないし、一度かかったらもう二度とならない。高熱で意識が戻らなくてそのまま衰弱死する病気だけれど、目さえ覚めれば後遺症とかもほぼなく比較的すぐに回復する」


 改めて特徴を並べ立てられて、私は眉根を寄せた。


「……おい、それ、本当に病気か?」


「どういう意味?」


「その特徴、広域型の呪いの類じゃないのか。魔力がない者がかかるってつまり、呪いに対する抵抗力がない者ばかりがやられてるんじゃ……」


 それを言った瞬間、エドワードとエルの顔色が変わった。


「……ミコト」


「なんだ」


「確かに、症状は呪いに近い。だが、私たちの常識では呪いは個人にかけるものであり、病のように流行させることなんてできないんだ」


「……なるほど、だから疑わなかったと」


 エドワードは頷いた。


「ミコト、今、広域型の呪いと言ったね。それ、何?」


「名前のままだ。対象指定ではなく、範囲指定の呪術。対象指定に比べ抵抗するのが容易で、術の難易度の割に威力も著しく低い……が、魔力のない奴になら効くんじゃないか」


「呪術師か……」


 エドワードは顎に手を当て、鋭い目で考え込む。


「でも、ミコト」


 黙ったエドワードに代わり、エルが不思議そうな口調で割り込んできた。


「ん?」


「呪いって、自分に跳ね返ったりとかリスク高いだろ。魔法と違って魔力さえありゃ努力で使えるようになるもんでもなくて、才能いるらしいし。人間の呪術師に可能なのか? その広域型。犯人は魔物とか?」


「さあな。呪術を得意とする魔物の中には使える者もいる、ということは知っているがわからない。そもそも魔熱も、普通に病かもしれないのだしな」


 私はアンジェの頭を撫でる。急に撫でられて驚いたような顔をしたアンジェは、すぐに嬉しそうに笑った。


「まあ何にしても、一度かかったらもうかからないというのなら、良かった。アンジェが無事で」


 そう、結局はそれに尽きる。私がこの町で仲良くしている人間の中で魔力がないのは、アンジェただ一人だけ。正直な話、魔熱が病気であろうと呪いであろうと、それが一度限りのものであるという性質を持つ以上は、どうでもいいのだ。エドワードたちはどうでもよくなさそうなので知識は提供するし手伝えることがあるなら手伝ってやってもいいとは思うが、一気に他人事の域にまでランクダウンした感が否めない。親しくもない人間に砕く心など、持ち合わせていようはずもない。


 エドワードは、普段の関係とは逆転してアンジェを撫でる私に苦笑すると、表情を引き締めた。


「オーガロードと森の主の件も、魔熱病が呪いかもしれないという件も、少し大きすぎる。私はこのまま騎士団の方に行ってくる」


「そうか。親父が行くってんなら俺も付き合うわ」


「え! 父さんも兄さんも、このままって……まだ深夜だよ?」


 私もコクコクと頷くが、エドワードは首を振った。


「町の中だけでの移動だから危険はないしね。ほぼノーマークだった呪術に関する調べ物もしたいし、朝一番で上に報告を上げるためにも行ってくるよ。大丈夫、多少は寝たし」


 にっこりと笑って自分の部屋に支度に行くエドワードと、同じく着替えに行ったエルを見送り、室内にはアンジェと私だけが残された。

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