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19、対話

 私はどうするべきか。まず最も優先すべきは、エルをさっさと町に帰すことだ。あ、ついでに脳筋(ジェイド)も。そして、私がミコトだと悟られないこと。元通りに暮らすには、最低限この二つだけは達成する必要がある。私は素早く頭を巡らせた。


『……夜の森は危険だ。そのランプがなければ、お前たちは周囲の確認すらもろくにできないのだろう』


 叱責するように言うと、エルが気まずげに視線を逸らした。


「だから一応、森の手前までのつもりだった」


『だが事実として、森に入らなくてもお前たちは鳥に襲われていた。そうだろう。そもそも人間が森に近付くべきではないのだ。夜ならば、なおさら』


「……それは」


 俯いてしまったエルに代わって、ジェイドが一歩前に出る。


「それで、愚かにも森に近付いた俺たちを、あんたはどうするつもりなんだ? 森の主さんよぉ」


『ずいぶんと殺気のこもった目をしているな。まさか、私とやりあえるとでも思っているのか?』


 いくらジェイドが騎士団で一番強いといっても、私からしたら他との差は微々たるものだ。以前ツヴァイテイルとしてエルと組んで模擬戦をした時には惨敗したがな。


「いや、そりゃ無理だろ」


 ジェイドは呆れたように言う。いや、なぜ私が呆れられた風なんだ。脳筋のくせに。


「だがな、殺されるのに何もしないってのは男が廃る。人生最後の大勝負ならやってやるぜ!」


 高らかに吠えるジェイド。ああ、確かにこの男は、


『……脳筋だな。安心しろ、別に何もしないさ。今すぐ帰れ、人間ども』


 エルが目を見開いた。何かを言いかけて、口を噤む。それから、もう一度口を開いた。


「さっきも言ったけど、家族を探してるんだ。弱いくせに、もしかしたらオーガの群れを何とかしようと森に来てるかも……」


 帰りたくなさそうなエルに、私は迷った。ここで頭ごなしに脅して、無理やり帰らせることも可能ではある。本当にいざとなれば、捕まえて門の中に放り込んでくることもできる。やりたくはないが。


 だが、これはチャンスでもあるのではないか。


 グレンを殺さなかったことで、この森からオーガの脅威が去ったことを人間たちに伝える術を、私は失った。伝えなくても、オーガが一切目撃されなければ自然消滅的に警戒態勢は解かれるだろうとは思うが、伝えておいた方がいいに決まっている。


 ミコトと私に関係があると仄めかして、九尾がオーガを追い払ったと伝えたとしたら……? リスクが大きいな、どうする。


『…………その狐なら、もう既に町に戻っている。だからお前らもさっさと戻れ』


 エルは驚いたような顔をした。


「会ったのか?」


『ミコトという名のツヴァイテイルのことだろう。会った。そして既に、町へと戻っていった』


 この場所で二人を見送って森に残る素振りを見せても、私の方が早く帰りつける。だから、こう言っても大丈夫だ。くそ……どこかでボロが出そうだ。一言一言に気を使う。


「そうか、やっぱりミコトは森に来てたのか……。帰ったっていうのは? 怪我とかしてないんだよな? それを知ってるってことは、あんたが帰るように言ってくれたのか?」


『ええい、一気に質問するな! 偶然会ったが、同じ狐のよしみで見逃してやっただけのこと。帰れとは言ったがな。詳しいことは知らん』


「そうか……」


『……だが、あまりにも必死な様子で頼んでくるのでな。森の大鬼(オーガ)どもは追い払ってやることにした』


「え?」


 エルは目を見開いた。




 ーー嘘に嘘を重ねれば、どこかから破綻しやすくなる。そんなことはわかっている。だが、しかし、どれが最善かなどわかるはずもない。




『オーガの群れのリーダーには、すでに私が話をつけた。あの群れはこの森を去る。……頭領だがな、あれはランク7だから、妙なことはしない方が身のためだぞ』


「……一応聞きたいんだが、あんたがオーガとグルじゃないっていう証拠はあるのか?」


『証拠などあろうはずもない。残念ながら、な。……早く帰れ、人間』


 私は二人に背を向けた。これ以上、九尾として話すことはないはずだ。というか、どうするのがいいのか本当にわからない。


 引き止められたような気もしたが、無視して森に飛び込む。少し距離を取ったところで、隠魔(おんま)の尾を発動して気配を隠した。この尾の能力は、視覚聴覚魔力などの要素で周りから認識されづらくなる、とただそれだけのものだが、こっそり移動したり待ち伏せしたりするなら意外と重宝する。もっとも、九尾になってからはこっそり移動する機会も待ち伏せの必要性もほとんどなかったので無用の長物になりかけているが。


 自分が認識されづらくなっていると思うと、無性に安心した。二人との会話は異常に気を使ったのだ。グレンとの戦闘より精神的には疲れたかもしれない。


 だがのんびりしてもいられない。私は、二人よりも早く町に帰っていないといけないのだから。わざと街道から逸れて森から出て、二人の様子を確認する。どうやらしっかり帰ろうとしているようだ。私がいたせいか周りに魔物の気配も感じないし、もう大丈夫だろう。私は念のため街道に危険がないか警戒しつつ町へ戻った。


 周囲に人影がないことをしっかり確認して、柵を飛び越えると同時に人型を取る。隠魔の尾は発動したままで静まり返った夜の町を駆け抜け、家に辿り着く。


 二階に跳び上がってエルの部屋の窓に手をかけると、簡単に開いた。私がいなくなったことには気付いていたのだから、当然ここから出て行ったのも知っているだろう。鍵は外からかけようがないから開けっ放しだったわけであるし。そのままにしておいてくれたのはエルの気遣いに違いない。昨日も一昨日もこの部屋で眠ったわけだが、エルの部屋をなんとなく懐かしく感じた。思えば、久々に長い夜を過ごしたな。最近はゴロゴロ寝ていただけだったから。


 ……さて、エルの帰りを待つことにしようか。街道を気にしながらゆっくり帰ってきたことだし、そろそろ着くはずだ。説教される予感もするが、仕方ない。危険だと知りつつ町を出るほどに心配させたのは事実なのだしな。そう思って部屋の中に体を滑り込ませると、座る間もなくすぐに気配を感じた。廊下を誰かが歩いている。


 ああ、そうか。エドワードも起きているのか。まあ、よく考えれば、それはそうだよな。私がいないことにエルとエドワードのどちらが先に気付いたかは知らないが、もう一方を起こさないとは考えにくい。


 ……仕方ない、先に怒られておくか。足音は、アンジェの部屋の方に向かっていった。ドアの開閉音がしたから、アンジェのところにいることだろう。


 覚悟を決め、人型のままエルの部屋のドアをガチャリと開けた私の耳に、信じられない声が聞こえてきた。


「ミコトが……の?」


「ああ、そうだ」


 それは、話し声。今この家の中には、エドワードとアンジェしかいないはずなのに。一方は、エドワードのもの。そしてもう一方は女の……というか、この声は、普通に、……え?


 半ば無意識に、体が動いた。深夜だということも忘れて、私はアンジェの部屋のドアを思い切り開け放つ。ガン、と穏やかでない音がするが、壊れはしなかったようだ。


「ミコト。無事に帰ったのか」


 私の姿を見たエドワードがホッとしたように言うが、私の視線はベッドの上に釘付けになっていた。


「…………ミコト、なの?」


「……」


 ベッドの上で、クッションに寄りかかるようにして緩く体を起こしている少女。弱々しく微笑みながら確認してくる彼女を、私は信じられない気持ちで見つめた。

遅れてすみません。ちょっと展開に迷っていました。

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