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16、決着

 地面の隆起。狐火。風の刃。段々とその量を増やし、展開速度を早めていくと、グレンは対応しきれなくなっていく。もはやそれらを捌くのが精一杯で、私に近付くなんて夢のまた夢だ。傷つく度に異常な回復力で傷が塞がっていくが、最初の頃よりも動きの精彩を欠いている。何度も深く切り裂かれて血をたくさん流し、回復のために魔力を消費し続けているからだろう。


 隙を見て尾を伸ばし、各三本ずつ両腕と首に巻きつけた。一本では、グレンの力が強すぎて振りほどかれそうだったからだ。


「ぐっ……」


 グレンは暴れようとするが、その前に魔力を吸ってやることにした。グレンの首に巻きつけた尾のうちの一本は吸魔の尾といって、対象の魔力を奪うものだ。


 魔力を吸い始めると、グレンは焦りを見せた。当然だな。過度に魔力を奪われれば動けなくなってしまう。現時点で相当弱らせているから、そうなるのに時間はかからないだろう。


 グレンは暴れるが、簡単に逃がすはずもない。ものの数十秒で少しずつ力の抜けていく獲物を前に、私は無意識に少しだけ油断していたのかもしれない。


 ガッ、と鈍い音がした。グレンが、自らの足で自分の右腕の肘を砕いたのだ。関節の逆方向に力をかけるようにして拘束していた尾が一瞬ゆるむ。やばい、と思った時には、右腕が拘束を抜け出していた。


「があああっ!」


『……っ!』


 回復途中の折れた右腕で大剣を振り回すグレンの拘束を全て解いて、私は慌てて離れる。


『ぐぅ……』


 思わず呻き声が漏れた。大剣に、尾が一本切り落とされてしまったのだ。まあ、私の尾は元々伸縮自在だからまた伸ばせばいい……と言えばその通りなのだが、切り落とされれば当然痛い。とりあえず傷口が塞がるまでは伸ばせないから、暫くはその尾の能力は使えなくなる。のんびり休んでいれば三十分もすれば完全に傷が塞がって元に戻るが、戦闘中ではもう少しかかるだろう。グレンのような再生能力は、私にはない。今回切り落とされたのは水魔の尾だから、今回の戦闘で使い道がなさそうなところが救いか。水魔法は、水場では最強だがそれ以外では使い勝手がよくない。……全くどうでもいい余談だが、『生えてくるなんてトカゲの尻尾みたぁ〜い』とかほざいた某水女には、昔優しくトラウマを植え付けてあげた。


 痛みに顔を歪めながら警戒するが、グレンが追撃を仕掛けてくることはなかった。というか、まともに動けないようだ。大剣に縋って何とか立っている状態で、荒い呼吸をしている。さっきのは火事場の馬鹿力というやつか。恐ろしいったらない。


 少し離れて私たちを囲んでいる群れのオーガが武器を構えようとしていたが、グレンから念話が飛ばされた気配がすると悔しそうに武器を下ろした。実はこれ、先ほどから何度か繰り返されていることだ。主に、グレンが大怪我を負ったときなどに。自分たちの長がボロボロになっていくのを見ていられない鬼どもが自分たちも戦おうとして、その都度グレンに止められているのだろう。


 ……少しやりにくい。それは事実だが、まあ仕方ない。


『そろそろ終わりにするぞ』


 尻尾の痛みも多少引いてきた。私の痛覚は、人間よりもずっと鈍い。痛みは、これ以上はやばいという警告である。人間とは致命傷になるラインが違うのだから当然だ。


 ゆらり、と尾を揺らす。一本は短くなってしまっているが。そんな私を、服を真っ赤に染めたグレンは、赤い目で睨んだ。






 時間にしたら、それから二十分もかからなかっただろう。今、私の前には、赤いボロ雑巾のようになったグレンが転がっている。右腕と左足は欠損しており、大剣は真っ二つに叩き折られて近くの木に突き刺さっている。魔力の尽きた体は最初のような再生能力を見せることもなく、辛うじて血は止まっているが腕と足が生えてくる気配はない。意識はあるようで、なんとか群れのオーガに念話をしているのがわかった。頭に大きな一本ヅノがある鬼……魔力の強さ的におそらく群れのナンバー2だろうそいつと念話で話している。内容まではわからないが。


「……オイ、狐」


 酷く掠れた声だった。


『なんだ。遺言は遺し終えたのか?』


「はっ。待っててくれたってか、そりゃ有難ェな」


 グレンは皮肉げに笑った。


「好きにしろよ、お前の勝ちだ。……だが」


『群れは見逃せと言うのだろう?』


「そうだ。決して町を襲ったりしない。保証する」


『……お前、やはり、私と一騎打ちなんぞしたのは』


 いや、わざわざ言うことでもないか。分かり切っている。戦闘に参加させたら、群れが皆殺しになるのは明らかだったからだ。


「……なんだよ」


『いや、なんでもない。速やかにこの森から去るのなら、群れには手を出さない』


 グレンは細く息を吐いた。


「そうか、あんがとよ。んじゃ今度こそ、好きにしろ」


『ふん。ではその首、貰おうか』


 グレンの首を切り落とすための、風の刃を作り出す。命乞いをするようなタイプではないだろうから、目を瞑るか……と思ったが、グレンは凪いだ瞳で真っ直ぐに風の刃を見つめていた。もちろん不可視の刃ではあるが、魔力の流れからどこにあるかはわかるのだ。群れの連中が息を呑むのがわかった。


『…………』


 殺さなくてはいけない。そのために来たのだから。だが私はこの土壇場になって、それを躊躇う心がでてきてしまっていた。この鬼のことが、少しだけ気に入ってしまったのだ。自分でボロ雑巾のようにしておいてなんだが、かっこいいかもしれないと、殺すにはもったいないと、不覚にも、ほんの僅かにだけ、思わないこともないような。だが、殺さないと、殺さなくては……。


 なかなかやってこない最後の時に、グレンが怪訝そうな目を私に向けた。……そうだ、何をしている。私は無意識に歯を食いしばり、刃を……


「お、お待ちください!」


 静寂に支配された夜の森の中で、その声は大きく響いた。は、と呼気を漏らしたことで、自分が息を詰めていたことに気付いた。


 その声の主は、少し離れたところで、他の連中からは一歩前に出て、地面に頭を擦りつけて土下座をしていた。放り捨てたのであろう剣が、カラン、と音を立てて転がった。


「どうか、どうかお待ちください、ミコト様! グレンは……」


「ザンギぃ! テメェ‼︎ 何してやがる‼︎」


 大声でその鬼を怒鳴りつけたのは、グレンだった。無理をして声を出したせいで、ゴホゴホと血を吐いている。


「命乞いだよ‼︎」


 土下座の体勢のままで、負けじと、その鬼も怒鳴り返す。よく見ると、ナンバー2らしき一本ヅノの鬼だった。


「なっ……」


 絶句するグレンを無視して、一本ヅノはひたすらに、地面に額を擦り付けていた。

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