13、対応
間が空いてすみません。
エルがたまに声をかけたり、私が一度アンジェを着替えさせて体を拭いてやったりもしたが、結局夜までアンジェが目覚めることはなかった。起きてくれないと栄養を摂らせることができず、衰弱してしまう。エルも焦っているのを感じた。
そうこうしているうちにエドワードが帰ってきたので、リビングに場所を移してエルが状況を説明する。私はツヴァイテイルの姿で床に伏せていた。
「……そうか、やはり魔熱病だったか……」
「ああ。親父、騎士団でも魔熱病の治療法を探してるんだろ? どんな感じなんだ?」
縋るように聞くエルに、エドワードは目を伏せた。
「探していない。しばらくは、探す予定もなくなった」
「……は?」
「騎士はほとんどが魔力持ちだから、人員に欠損は出ていない。……治療法探しは、騎士団の本来の業務ではない」
淡々と言うエドワードの言葉の意味を理解したエルの顔に、怒りが浮かぶ。
「何言ってんだよ⁉︎ 探すって決まったんだろ⁉︎ それに、アンジェも倒れてるんだぞ!」
「アンジェという個人の件は、騎士団には関係ない。……森に、大鬼の群れが確認された」
「オーガの群れ……?」
「お前も聞いているだろう、近くの村を襲ったやつだ。我々が大鬼酋長と名付けた、高ランク魔物に率いられている。騎士団はこの脅威に対応しなくてはならない。魔熱病を調べている暇はなくなった」
ギリ、とエルは歯ぎしりをした。
「だからって……、くそ、何もこんな時に!」
「既に人間の村を襲っている群れだ、町が襲われる危険性は高い。明日から街道の見回りの人員を倍に増やす。町の周りの柵にも、一定間隔で警備を置く。こちらは、臨時で町の人間を雇って足しにはするがな。……エル、お前も私も、しばらくは相当忙しくなるだろう」
「じゃあ……じゃあ、アンジェは、魔熱病の対処はどうなるんだよ⁉︎」
「私たちにはどうしようもない。有志の医者や領主様たちが対処法を見つけてくれるのを祈るしかない」
どこまでも淡々と言葉を紡ぐエドワードは、無表情を崩さない。わざと声にも表情にも感情を乗せないようにしているのだろうと思った。
「医者はともかく、領主様たちって……。そもそも現状で有効な治療法がないのも、お貴族様が過去に本腰入れて探さなかったせいもあるだろ。貴族ってのは貴族同士で婚姻して、ほとんど全員が魔力持ちだから……」
「エル。この場ではいいが、その発言、絶対に外ではするなよ」
「しねえよ、くそっ……」
ガンッ、とエルは机を殴りつけた。
一方、エルが取り乱してくれたおかげか、私は比較的冷静だった。自分でそう思っているだけの可能性は否定できないが。瞬時に人型になり、もう一度机を殴ろうとするエルの腕を掴んで止めた。
「ミコト?」
「手を痛める」
「……お前、その細っこい腕でとんだ馬鹿力だな。腕が動かねぇ」
「ふふふ。褒めろ褒めろ」
「褒めてねえよ……」
呆れたようなエルの腕から力が抜けたのを確認して、私は手を離した。次に、エドワードの目を見つめる。
「エドワード」
「……なんだい、ミコト」
「二人とも忙しいということは、日中は私にアンジェを見ていろということだな」
「そうしてもらえると助かる。そうでなければ入院させるしかないが、魔熱病患者が集められている病院に連れていけば症状が悪化する可能性もあるからね」
ふぅ、と私はひとつため息をついた。
「それともう一つ、聞きたい。先ほどから、お前は騎士団の幹部だか上層部だか、それに属する人間として話しているな。お前個人としては、どう思っている?」
「どう、とは?」
「お前自身が話しているその対処法で、アンジェの父親としてのお前は、納得しているのか?」
そう聞くと、帰宅してから初めて、エドワードが少しだけ表情を歪めた。爪が手のひらに食い込んでいる。
「……そんなはずは、ないだろう」
静かに絞り出された言葉に、私は満足した。
「そうか。なら、いい」
ちらりとエルを見ると、黙って俯いていた。
「エドワード、エル。適当に果物でも齧って、今日は寝ないか? 明日があるだろう。ああ、パンもあったな。軽く焼くか。待ってろよ、おとなしく」
言いながらスタスタとキッチンに向かうが、二人とも返事はなかった。というか、呆気に取られてできなかったのかもしれないが。
キッチンに入ると、そこは嵐の後のように荒れていた。
「…………。そうか、そうだったな。エルの料理跡地なんだった」
フライパンを軽く洗ってから火にかけ、上にパンを乗せた。焦げる前にひっくり返して、両面焼けたらそれでいいだろう。多分。冷蔵庫に放り込んでおいた果物を取り出し、大皿に乗せる。盛りつけたというよりはただ山盛りに置いてあるという雰囲気になってしまったが、仕方ないだろう。皮が硬いものも多いので、ナイフを添えておく。パンを裏返そうとすると、フライパンにくっついて焦げていた。早すぎないか⁉︎ パン自体はまだ温まりきっていないぞ⁉︎ ああ、そういえばアンジェはバターをひいていたっけか……。近くにエルとエドワードの気配がないのを確認してからコンロの火を消して、弱い狐火でこっそり炙って温めた。魔道具の冷蔵庫やらコンロやらの魔力もあるから、こんな微々たる魔力はさすがに気付かれないだろう。
左手にパン、右手に果物の大皿を持ってリビングに戻ると、エルは顔を引きつらせた。
「なんだ、その顔は」
「いや、なんだよその量は。パンはともかく、果物それ採ってきたの全部だろ。よく片手で持てたな」
言われてみると、確かに普段の夕食より大分……いやかなり多い気もする。右腕に皿込みで30キログラム以上の負荷がかかっているのは否定しない。
「食えるだけ食え。残りは取っておく。……食いたいだけ、じゃなくて食えるだけ、だぞ。ちゃんと栄養は摂れ」
「お、おう」
二枚の皿を机に置く。中々に豪快な光景だ。アンジェなら絶対にしないな。
「ところで、エドワードはどこだ」
「アンジェのとこだよ」
「そうか。呼んでくる……いや、来たか」
ドアの向こうに気配を感じてすぐ、エドワードがリビングに戻ってきた。
「やっぱり声をかけても起きないな……と、ミコト。食事を用意してくれたんだな、ありがとう」
そう言いつつ、エドワードの視線も果物の大皿に釘付けになっている。そんなに変か、そうかそうか。悪かったな。
エドワードがソファに座ると、エルがこちらを見た。
「あー……ミコト、イタダキマス」
「いただきます」
二人が食べ始めたので、私も座って食べることにする。
「ん? これはグレープメロンじゃないか? 珍しいのに、よく見つけられたな」
「ああ、頑張った」
もっと褒めろエドワード。エルはまた別の青っぽい果物をしげしげと眺めている。
「なあ、俺これ食ったことないんだけど、食えるのか、親父?」
「それは私もないな」
エルもエドワードも食べたことがないと。ふむ。
「ならやめておけ。私は食べられるが、人間には毒になる可能性がないでもない」
「……こわっ⁉︎ それこえーよミコト」
「口に入れるのは、食べたことがあるものだけにしておけよ」
私はヒョイっとエルの手から青い果物を奪って食べた。これはどうなんだろうな。やめておくに越したことはないだろうが。
食後は、さっさと寝るように話を持っていった。もし夜中にアンジェが目覚めたらどうせ全員起きるのだから、寝られる時に寝るべきだ、と。
誰がアンジェの隣で寝るか、ということが問題になった。二人の暗黙の了解としては、一応同性の私を隣で寝かせるつもりだったらしいが、私はそれを拒否した。それはもう全力で拒否した。その結果、エルがアンジェの隣で布団を敷いて寝ることになった。
エルもエドワードも、私が強硬に嫌がることに驚いていたが、私はその理由を告げたりはしなかった。




