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12、嘘

 袋いっぱいに果物を集めてすぐに戻ると、エルはキッチンで何やら料理をしているところだった。アンジェと違い、見るからに手つきが危なっかしい。料理に慣れていないのがモロバレである。


「エル? 採ってきたぞ。アンジェはどうだ?」


「ああ、お疲れミコト。アンジェはまだ目覚めてない……って、この短時間でそんなに採ってきたのか⁉︎」


 こちらをちらりと見るだけで料理に戻ろうとしたエルは、私の持ってきた袋に釘付けになっていた。


「ああ、私は鼻がきくからな。そもそも、自分の元寝床の周りだ。植生くらい把握している」


「そうか。すごいじゃないか」


「ふふふ。いっぱい撫でてくれてもいいんだぞ?」


 褒められて鼻高々である。しかしエルは奇妙な笑顔のような表情で固まってしまった。


「ん? どうした? エル、私を撫でるの好きだろう」


「……いや、まあ確かに……、いやでも今までのあれは狐に対してやってたわけだからだな、風呂とかノーカンだろ? そうに違いない」


 よくわからないが、変なエルだな。なぜ風呂が出てくる。しかもこの呟くような声量では、私ほどの聴力がなければ上手く聞き取れないぞ。


「まあいいか。エルの方はどうなんだ?」


「あー……ちょくちょくアンジェの様子を見に行きながら作ってるからな、もう少しかかるというか……」


「何故目を逸らす。というかさっきから、見たこともないほど荒れたキッチンが私の視界に入っているぞ」


 うぐ、と呻くエルに、私はピンと来た。


「なるほど。料理できないんだな?」


「ぐっ」


「そういえば、エドワードはたまにアンジェを手伝っているが、エルがキッチンにいるのは見たことがない」


 がく、とエルは肩を落とした。


「やればできると思ったんだよ。食える物と食える物を組み合わせて料理してるんだから、普通食えない物にならないだろ⁉︎」


「つまり、食えないシロモノが何故か出来上がったと」


「……」


 エルはもはや何も言わず、ただ頷いた。


「……ま、まあ、果物があればとりあえずいいんじゃないか? ほら、つい調子に乗って採りすぎてしまったからな。腐らせたら勿体ない。エルも食え」


「情けねぇな俺……」


 ますます落ち込んでしまった。ど、どうしよう。


 困ってしまった私を見て、エルは穏やかに微笑んだ。


「ありがとな、ミコト」


「ん、果物か? 別に、大したことじゃない」


「うーん……その件も、だな」


 苦笑するエルに、私は首を傾げた。






 料理を諦めた私たちは、果物を冷蔵庫に放り込んでアンジェのベッドの隣に座っていた。割高でも既に出来上がった惣菜を買えばいいんじゃないか、と提案したが、病人食のようなものは普通売っていないらしい。串焼きとか固いパンとか、そういったものが大半だそうだ。確かに、だったら果物の方が幾分かマシだろう。


 というわけで、アンジェが目覚めてくれない限りは暇なのである。


「なあ、ミコト」


「うん?」


「お前さ、最初に森で会った時からずっと、人間の姿になれたのか?」


「ああ、なれた」


「そっか」


 それから、またエルは黙ってしまう。私は沈黙に耐えきれなくなった。


「怒っているのか? 隠してたこと……」


「ん? ああ、怒ってないって。本当に必要な時には、ちゃんとその姿になってくれただろ」


「まあ、そうしないとアンジェをベッドにも運べなかったからな……」


 ツヴァイテイルの姿でできることは、あまりにも少ない。


「そっか、ありがとな。確認しておくと、お前の二本の尻尾のうち、一つは魔力を分け与える能力で、もう一つは自分の姿を変える能力だったわけか」


「……っ」


 納得した、と言わんばかりなエルに、私は言葉を詰まらせた。


 そうだ、と頷いてしまうのは簡単だ。結局二本目の尻尾の能力は見せていなかったから、それで筋は通る。だが、私はエルに嘘をつくのか? ここで頷いてしまったら、いつか九尾だと知られた時に……果たしてエルはまた、私のことを信頼してくれるだろうか。


 では、九尾であるとここで伝えたらどうだろう? 実はランク8の九尾です、森の主です、と。それこそあり得ない。大した労力もかけずに自分の命を刈り取れる存在を、その気になればこの町一つくらい滅ぼしてしまえる存在を、どうして信じられる? どうして側に置いておける? もし私なら、そんなのは無理だ。だって、出会ってからまだ二月も経っていない。もう少し時が経ったあとなら……。いや、それは騙していた期間が長くなるということか。それもアウトだ。


 選択肢は一つしかなかった。私は、頷く。


「そうだ。その二つが、私の持つ能力だ」


 エルたちが寿命で死ぬまで、九尾と知られなければいいのだ。私はツヴァイテイル。人型もとれる、ただのツヴァイテイルだ。


「……そうか」


 エルは私の態度に何かを感じ取ったのか訝しげな顔をしているが、私は気付かぬふりを通した。


「そういやミコト、その服ってどうなってるんだ? ツヴァイテイルの時は着てないだろ」


 故意か偶然かは知らないが、エルが話題を変えてくれた。非常にありがたい。


「ああ、これは毛皮の一部……のようなものだ。私の魔力でできているから、脱げばただの魔力に戻って消える」


「へえ。変わった型の服だよな」


「ああ。昔聞いたところによると、東のミコフクとかいう民族衣装に似ているらしい。詳しくは知らんが」


 つい昔とか言ってしまったが、この場合の昔というのは本格的に昔のことだ。ツヴァイテイルが生きているはずもないほど昔……軽く二百年くらい前のことである。しまったな、東にミコフクという文化がまだ残っているのかすらもわからないのに不用意な発言を。……下手にこれ以上会話をすると、どこかでボロが出そうだな。どうやら今は、自分で思っている以上に頭が回っていないようだし。


「エル、私はとりあえず元の姿(・・・)に戻る。人型だと、少しずつだが魔力を消費するからな」


 エルに一言そうことわり、私はツヴァイテイルに戻った。化けている間は魔力を消費するというのは嘘ではない。同じ化けるのでも、人型になるのとツヴァイテイルになるのはわけが違うのだ。人型が、本来の私からしたら縁もゆかりもない姿であるのに対し、ツヴァイテイルはあくまでも私の過去の姿である。消費魔力は、ツヴァイテイルの方が格段に小さい。ツヴァイテイルなら消費魔力量より自然回復する魔力量の方が多いから、結果として魔力は減らないのである。人型だと、消費魔力量の方が上回ってしまうから少しずつ魔力が減っていく。もっとも、微々たる量だが。


 ツヴァイテイルに戻った私の背を、エルがそっと撫でてくる。私が人型でなくなったことで気が緩んだのか話せる相手がいなくなってますます不安になったのか、エルは泣きそうな顔でアンジェを見ていた。きっと前者だろう。私の視野は広いから、エルはこの角度で私に表情を見られているとは思っていないはずだ。今、私はほぼ正面を向いているのだから。きっと、私を不安にさせないために、泣きたい気分を抑えていたに違いない。なんとなく申し訳ない気分になった。

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