少女との出会い(別視点)
目の前で起こったことが信じられなかった。
前兆があった日からちょうど一週間後、城下町の中心である広場で歪が生じたという報告を受けた。
国王自らが赴くことに、幼馴染でもあり現在は宰相として私のそばに仕えるセイは反対した。しかし、彼のものがどのような力を持っているか分からない以上、どのようなことが起きても確実に対処することができる私が行くべきだと判断し、広場へと赴いた。
そこにいたのは、予想に反し、女であった。女というにはまだ少々幼いかもしれない。
白く伸びる肢体が石畳の上に無造作に放られている。どうやら意識がないようだ。
少女の周りに兵を囲ませると、少女が目を覚ました。どうやら状況が把握できていないみたいだが、あわてる様子はなく、ひどく冷静に周囲を観察しているようだ。
私は少女の姿に息を呑んだ。
髪の毛が顔を覆っているためその造形は見てとれない。しかし、太股が露わになるほど短い着衣から伸びる足は傷一つなくすらりと伸び、裸足の爪先まで文句の付けようがないほど整っている。上半身もまたしかり、程よく膨らむ胸に腰まで伸びる美しい髪の毛がかかり、扇情的に誘っているかのようだ。
私はぞっとした。顔も分からないのに、こんなにも人を魅了するこの少女に。
周りを囲んでいた兵も剣を構えてはいたが、皆その姿に目が離せないでいる。
私は自分の心を強く律し、その少女に言い放った。
死んでもらおう、と。
こんなにも人を惹きつけてしまう少女は、必ず災いを呼び込む。
そう自分に言い聞かせ、やっとの思いで言葉を発した。すると、すぐさま拒絶の声が聞こえてくる。
「遠慮します。」
胸が鷲掴みにされたような気がした。たった一言、短く発せられた声は非常に冷たく、私に対して言ったはずであるのに私を見てはいないようだった。
そして瞬間的に苛立ちを覚え、瞬間的に少女に対して火の魔法を打った。力の加減をしなかったため、一瞬で塵になるような魔法だ。
それで終わるはずであった。
…そのはずであったのに、炎は次第に弱まり、そこに残されたのは、燃えかすではなく、火あぶりされていたとは感じさせないくらい気持ちよさそうに眠る少女の姿であった。
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少女を城に連れて帰り侍女に部屋の支度を頼んでいたところ、セイが私の執務室に飛び込んできた。
「王!彼のものを連れて帰ってきたとは本当でございますか!?」
私はソファーに寝かしている少女に目だけ向けた。
なんとも気持ちがよさそうに眠っており、まるで目を覚ます気配はない。
「なんと…女性、でしたか。」
「ああ。それにこんなにも…」
言葉にしてしまえば自分は中立的でいられなくなる。直感でそう感じ言い淀んでいると、セイは信じられないものを見るような眼で私を見つめてきた。
部屋の準備が整ったことを侍女が知らせに来たため、少女を移動させようとした。私が、とセイが言ったが、私自ら少女を運んだ。
とても軽く、とても柔らかく、いつまでも抱いていたいような不思議な気持ちに陥った。
部屋のベッドに少女を寝かせ、詳細をセイに話していると、セイが驚愕の声をあげた。
暫くすると、その声が五月蠅かったのか少女が目を覚ましたため、セイが気持ち悪い笑顔を作って少女に話しかけた。
少女は騒ぎ立てるのではなく、何か言いたげにしていると思えばトイレの場所を聞いてくる。
私は呆気にとられてしまった。私の火の魔法を無効化し、生き延びることができる人間はこの世界には存在しないだろう。しかし、この少女は全く意に介せず、己の立場にも無関心のようだった。
戻ってきた少女を見つめていると、セイの咳払いで顔をあげた少女と目があった。少女の目は髪の毛に覆われているため、実際は目があったような気がするだけだが。
私は少女を見たまま、ただなんとなく言った。
髪の毛をどうにかできないのか、と。
それに対して少女は不思議な物言いをした。私が言ったことを確認するような、念を押すような様子で私に尋ねた。
それを望むのか、と。
そしてそれに対して是の答えをすると、非常に強い風が巻き起こった。明らかに強い風の精霊の力を感じ、うっすらと目を開けると、少女の周りを多くの小精霊が束になって囲んでいた。
通常、精霊は加護を受け契約をした者にしか使役することができない。ごく稀に精霊に好かれ、契約などをしなくとも力が使える者がいるが、契約もなしにこのような強い力を使える者は存在しないし、不可能である。
隣を見やると、セイがどこか興奮したような、しかし蒼白な顔をして少女を見つめていた。
やがて風が止み、少女の姿が現れた。
柔らかく微笑み、私を見ている。
まだ幼さが残る顔立ちではあるが、漆黒の大きな瞳は強い意志と冷たさが宿り、目が離せなくなる魅力がある。そして形の良い唇が他に見合わない色香を発し、すべての人を誘い込むような引力を備えていた。
私は己の迂闊さに呆れた。
己の言葉が、望みを叶えるという彼のものの能力を使わせたことは明らかであった。まさかあんな形でも望みが叶えられとは、思ってもみなかった。意図したことでないにせよ、中立を保つはずであった自分が真っ先に使ってしまうとは。
しかし、そのこと以上に、少女の引力に逆らえなかった自分に対して驚きを隠せなかった。
直感では理解していたはずだった。だから、全てを理解する前に終わらせてしまいたかった。
しかし、もう遅い。
私はこの少女を手放すことはできないだろう。
自分の腕の中に閉じ込め、誰にも見られないように鍵をかけ、自分だけのものにするだろう。
そして私は、冷たく微笑んだ。