Ⅲ いざ、未知の世界へ
馬が、無い。
――オレたち、どうやって移動すんのさ。
意気込んでスタートを切ったはいいが、馬がなければ歩いていくしかない。スタート直後にいきなり壁にぶち当たったせいで、全員押し黙ってしまった。また、沈黙が続くのか……。
……と、その時。ふとシェルラが口を開いた。
「あの……ハユさん?」
「ん? あ、何ですか」
「ハユさんって、レーラの国王ですよね。そちらのほうから馬を取り寄せることはできますか? ちょうどここは不動の樹海ですし……。近いですよね?」
するとハユがぽんっと手を叩く。
「あぁ、そうか! 全っ然気付かなかった……。ちょっと待っていてください。今から連絡を入れてみます」
そう言うと彼はマントの中から金色に光る破片を取り出してそれを握りつぶし、レーラのある方角へと飛ばした。破片はさらさらと宙に舞い、五秒と経たないうちに見えなくなった。
……三分くらい経ったろうか。ハユがくるりとセダたちのほうに向き直る。
「連絡がつきました。用意が出来次第、こちらへ向かうそうです」
「ありがとうございます。ただ、一つだけお願いがあるのですが――」
「なんですか?」
「私は今はただの冒険初心者です。どうか普通に接してもらえませんか?」
「え、いや……そんなことは」
「お願いします」
「――解りました……いや、解ったよ」
「はいっ!」
にっこり。――このお姫様には負けたな。彼はそう確信した。こんな短い会話で相手を納得させる。こんな妙技、オレには死んでもできんだろうな。
そんなこんなで十五分くらい待っていると、東のほうから土埃を巻き上げて馬が走ってくるのが見えた。セダはもう待ちくたびれていたのか、ダダダッダダダッという音が聞こえた瞬間に立ち上がり、その足音が聞こえてくる方へと手を振りまくっている。レーラの兵士達がセダの視界に入って間もなく、彼らの目の前に流麗な毛並みの馬が到着した。
「おおっ……!」
馬は、全部で三頭。
一頭目は真っ黒ながっしりとした体格、二頭目は栗毛で他の馬よりも頭一つ分ぐらい大きい。そして残る三頭目は純白の毛を持ち、聡明な顔立ちをしている。
「きれい……」
シェルラはその三頭の馬をそっと撫でてみた。やわらかく、暖かな体。馬もシェルラのほうへと顔を寄せる。
「うふふっ」
――彼女がそうやっている間、セダたちは誰がどの馬に乗るかを決めていた。
「どうする?」
「さあ」
「さあ、じゃねえよ。とにかくシェルラさんのはこの白いのとして……。セダはどうする?」
「んー、黒と茶色か……。俺はどっちでもいいけど、ハユってなんか『黒』っていうイメージがあるよな」
セダはしばらく考えた挙句、こう言った。
「んじゃ、俺、茶色のにするよ。いい?」
「ああ」
結局、セダが茶色、ハユは黒、シェルラが白い馬に乗ることになった。
「後はこいつらの名前も決めてやらんとな」
……そうセダが呟くと、ハユは「あ、そうか」というような表情をして考えにふけり始めた。
「黒か……。悪魔? いや、魔女……? んー……」
しばらく独り言を言った後、彼はついに名前を決めたようだ。
「決まった!」
「何て名前?」
「サバト。黒いし何かそういうイメージがあるからさ」
「へぇ、サバトか……。俺のは何にしようかな……。茶色、栗……? おぉ、決まった!」
……早っ! もう決まったのか……。
「で、何?」
彼が訊くと、セダは無駄に幸せそうな表情で答えた。
「ミスター・マロンマン! 茶色、栗でミスター・マロンマン!」
「……」
その名前を聞いてから、ハユの口はしばらく閉じる事を忘れてしまったようだった。……何だよ、『ミスター・マロンマン』って。茶色、栗でどうやってそこまで辿り着けたんだ? 『マロン』とかならまだ解らんでも無いが、『ミスター』と『マン』はどこから来たんだよ! ……と突っ込みたくなるのを無理やり押し殺し、彼は作り笑いを浮かべるのに必死になっていた。しかしそんな彼にも気づかず、セダはシェルラに自分の馬の名前、『ミスター・マロンマン』を宣伝している。……ハユの見た限りでは、彼女も必死に作り笑いを浮かべていたようだ。
「で、シェルラのはどんな名前なの?」
宣伝を終えたセダが訊くと、シェルラははにかみながら答える。
「ハルー、です。ヒュランの方の言葉で、『雪』という意味です」
「……雪、か。ぴったりだなっ。俺のと同じくらい!」
……またやってる。しかもあんたのと比べるな! ――ハユはそう思ったが、当のシェルラは全く気にしていないようだ。ただ、にこにこと笑みを浮かべているだけ。
「すげー免疫……」
思わず呟いてしまった。が、それがシェルラに聞こえてしまったようだ。
「え? 今、何か言いました?」
「あ、いや、なんでもねっス! それより、早く出発しない?」
――危なかった。どうやら彼女にハユの本心はバレていないようだが、あと一歩間違えればセダに斬られていたかもしれない。……あいつ、女の涙には弱いからな。
とにかく、彼の最後の言葉、『出発』という言葉が幸いし、各々の馬に乗りこの樹海を発つことになった。
そして全員が馬に乗り、旅へ出る態勢が整ったとき、白馬に乗った姫君が第一声を切った。
「それでは……いざ、カヌレスへっ!」




