Ⅱ <青銀の閃光>
辺りはすっかり闇に包まれ、頼りになるのは月明かりだけ。そんな時間になってしまった。
――その頃、セダはどうしているのか。
「やべぇよ……。カッコつけて遠回りなんてするんじゃなかったよ……」
そう。迷子になっていた。
時間があるなどと余裕をこいてちょっと遠回りをした挙句、この森から出られなくなってしまったのだ。
人もいないし、ここがどこだかも解らないし、夜だから寒いしで、セダにはここが、おとぎ話に出てくるような魔女の城のように思えてくる始末だった(もちろんそんなのを信じてはいないが)。
あぁもうヤバイ俺死ぬのかなぁ、と思ったとき。彼の目に、山積みの荷物がとまった。
「!」
何か思いついたような表情でそれをあさりだす。しばらくして「あった」というセダの手には、一枚の紙切れがあった。その右端には、何やら小さめのレンズがついていたが、周りには何も書かれていない。
セダはそのレンズを覗き込むと、足を二回タンタンッと鳴らした。すると、紙切れの中心からインクが染みるように、じわじわと文字が現れた。紙はあっという間に文字で染められ、さっきまでの面影は全く無くなっている。
その紙をくるりと一回転させると、セダは文字に目を通した。
『北方二六三、不動の樹海。別名迷いの樹海とも呼ばれ、ここに入ったものは中々出てこられないと言う。入らないよう注意を払っておく事。』
月明かりでかろうじて読める程度の文を読み終えると、再び足をタンッと鳴らす。
すると今度は文字が消え、何やら地図のようなものが浮かび上がった。どうやら、ここの地図のようだ。それを手に、セダはゆっくり歩き始めた。が、
「えっと、ここを右に曲がって……。あれ? 地図の向きだからこっちに北が来るのか……?」
こんな状態が続きっぱなしだった。だがこの男、そんなことでへこたれはしない。
「まぁいいか……。適当に歩きゃ何とかなるよな!」
そう言って、またどこへ着くかも解らぬ道へと歩を進める。途中、遠くから妙な「気」を感じた。
(もしかして……人?)と思ったセダは、またふらふらとその「気」のする方へ向かう。ふと後ろに『邪気』を感じた気がしたが、どうせ雑魚魔獣かチンピラ傭兵だろう。今は人のほうが大事だと、無視を決め込んだ。
しばらく歩いていると、一人の少女が目に入った。どうやら、かなり急いで走ったらしく、サラサラの赤い髪は汗で額にへばりつき、息はひどく乱れていた。
「だっ、大丈夫?」
声をかけると、少女は自分の走ってきた道を力無く指差し、何か言おうとしたがその場で座り込んでしまった。
「生きてますか~? 大丈夫ですか~?」
肩を叩いても動こうともしない。どうするんだよこれ……。と思ったそのとき。茂みの向こうからものすごい怒鳴り声が聞こえてきた。
「逃げても無駄だ! 隠れてないで出て来い!」
少女が一瞬うっすらと目を開け、一言呟いた。
「逃げ……て……」
彼女が呟くと同時に、怒鳴り声の聞こえた方向から筋肉質の男が六人ほど出てきた。――少女を追っているのだろう。セダははぁ、と溜め息をつく。
「女の子の次はオッサンかよ? ツイてんのかツイてねぇのか……」
そして次の瞬間、信じがたい事がおきた。セダの痩身が一瞬のうちに消え、それとほぼ同時に男の中の一人がくず折れたのだ。
ドサッ。
残りの男たちが、何が起こったのか解らずに目を丸くしている。
「な……何が起こうぐっ!」
男たちに最後まで喋らせる間もなく、気絶の嵐は吹き荒れ、その速度を落とさない。最後に一人だけ残し、風はぴたりと止んだ。――つまり、セダが。
彼は倒れた者などに脇目も振らず、男に向かって呟くようにして訊く。
「お前らは誰だ? 何でこの娘を追っている? さぁ、今すぐ答えろ!」
男は一瞬セダの迫力にびびって「ひっ」と叫び声をもらしそうになったが、セダの言葉に逆らってはいけないと感じ取ったらしく、すぐに質問に答えた。
「お、俺らはレーラのスパイだ。この娘、シェルラ・ヒュランを暗殺するために……」
「スパイ? シェルラ? この娘のことか? はっ、ふざけんなよ! そんなこと言ったらこいつ、『血の王』……ゲデスの娘だぞ? ありえんありえん!」
セダが笑い飛ばす。しかし、それを否定するかのように赤髪の少女が口を開いた。
「その男が言っている事は事実です……」
「え?」
辺りにしばしの沈黙が流れる。
……それから十秒ぐらい経ったとき、少女は再び口を開いた。
「私の名はシェルラ・ヒュラン。……『血の王』の娘です」
と、その時。シェルラの首の後ろに白い閃光が走った。直後、彼女はぐったりと首を垂れ、セダの腕に倒れこむ。
男は目を丸くして叫んだ。
「おい、何やってんだ! そいつは俺らのだぞ!」
だが、セダはそれがなんだ、という顔で返事を返す。
「いやぁ、俺らのも何もさ、眠らせただけだから安心しろ。そうだ、とりあえず、こいつは俺がもらってくなぁ!」
そう叫ぶとさっさと向こうにいこうとするセダ。しかし、その背中に再び質問がかけられた。
「お前……何者なんだ?」
彼はくるりと振り向くと、しばらく考えた後背中にかけていた水晶剣を見せた。
「これで十分か?」
「!」
ニッと笑うセダ。
「あとは『ユーネの人気商人』とでも言っておこう」
そう言うと、彼は「じゃあな」と言い残してその場を去った。
水晶剣を背に闇へと消えるその姿は、かつての神話『青銀の閃光』を思い出させるのには十分すぎるほどだったのだろう。




