Ⅷ 宿屋にて
「おおっ、なかなか広いなっ」
「うわあ、ベッドもふかふかですよ!」
男達の紹介してくれた宿「ハルフォンラ」は、かなり広いところだった。
シェルラはどうやら宿のベッドが気に入ったらしく、到着してからというものベッドに勢いよく「ばふっ」という音を倒れこんでみたり、ぴょんぴょん跳んでみたりしている。
「跳びすぎてベッド壊すなよ」というハユの言葉に「はい」と一応うなずいてはいるのだが、それから二分とたたないうちに再びベッドへ走る。
……そんなに気に入るようなものか、これ?
ベッドに対しての礼儀(?)をわきまえたハユからしたら、まさに(どうでもよいのだが)疑問と言うものだった。きっと、長い間豪華な暮らしをしていたからだろう。
と、そんな彼らの耳に、澄んだおだやかな声が響いた。
「皆さま、お食事の時間でございます。準備が出来次第、食堂にお集まりください」
……とたん、セダの目が輝いた。
「メシかっ?」
……は、反応早っ! 食べ物に関しては、「過剰反応」と言う言葉がぴったりだな? マロン、お前も主人に似たんだな。
だが、ハユがそんなことを考え終わる前に、食物過剰反応男は姫様を連れて財宝(もちろん食べ物のことだ)の眠る部屋(つまりは食堂)へと姿をくらませていた。なんちゅう早さだ、あれは。
クロワッサン、魚のムニエル、ミネストローネ、マドレーヌに赤ワインなどなど……。全部食堂のテーブルにのっていたものだ。
「お、おお……っ」
応急育ちのシェルラやハユはともかく、セダにとってはリアクションすら難しくなるようなご馳走だらけだった。シェルラは久々の食事に目を細めてにこにこしている。
……確かに、おいしそうな物ばかりが揃っている。だが、この男にとって非常に頭の痛い問題がそこにはあった。どうやって食べればいいんだ、これ?
一応、礼儀とかマナーというものがあるのは知っている。が、それ自体がどんなものなのかというのは残念ながら説明できなかった。よって、何から手をつけてどのようにナイフを使えばいいのかがさっぱり分からないのである。
それでも、そんな彼をよそに二人は見事にナイフとフォークを使いこなし、食べ物を上品かつ優雅に口元へと運んでいる。しかし見ているだけではもちろん腹は膨れない。
よって、セダは最も効率的かつ画期的な方法を実践することにした。ちらりと横を見ると、華麗な手さばきでステーキをわけるおじさんが目に入った。よし、この人にしよう!
まず、左手でフォークを握る。そして右にはナイフ。ふむ、フォークで肉を押さえながらナイフを滑らすのか(ガツンッ!)。次はフォークで肉を刺し、よし! 最終到達地点まで運搬するだけだな? うわ、ちゃんと切れてないぞ、これ……(噛み千切る音)。えっと、最後はフォークとナイフを置けばいいんだな。ってうわあ、ひざに落ちたぞ!
「もう無理……」
もういっそのこと、いつもの食い方でいってやろうか?
ハユの哀れみの視線にはあえて気付かないふりをしつつ、セダはなるべく威厳を保った表情のままズボンをナプキンで拭いていた。ううっ、もう水だけを飲むことにしようかな……。
「大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないです、と振り返ろうとしたセダの肩には、色白な手が置かれていた。
「これ、使ってください」
そう言って差し出された少女の手には、純白のハンカチが収まっていた。
「あ、ありがとうございますっ」
ぺこぺこと頭を下げるセダに微笑むと、少女は少しいたずらっぽく目を輝かせた。
「あなた、旅人さんですね? ここの国の人は、みんなこんな料理をきちんと食べられるように、小さい頃から訓練をするんです」
「へえ……確かに俺、じゃなくて僕は旅人ですが」
確かに僕は旅人ですが、ここは宿屋だから旅人しか来ないんじゃないのか? そんなセダの表情を読み取ったのか、少女はそのことについて教えてくれた。
「ここにはですね、旅人さんだけではなくて一般市民の方も宿泊されたりお食事をなさりに来る方が多いんです。今もほら、あの男の人もエルガヒューネに住んでいらっしゃるのですよ」
彼女の指さす先にいたのは、なるほどあの「おじさん」だった。
「またお困りのことがありましたら、どうぞ私シェン・リーグルにお申し付け下さいませ」
おじさんも華麗だったが、そう言って腰を折る彼女もなかなかのものだ。頭を下げるという動作を完璧にこなすその姿勢には、全くと言っていいほど無駄がない。うん、俺も真似してみようかな?
「あっ、そうだ。ついでと言っては何ですが、この国の伝説でも聞いていきませんか?」
……何のついでかは分からないが、「いいえ」と言うわけにもいかないだろ、はは。




