儚き夢
血。
見渡す限り血の海だった。辺りは赤一色で、それ以外見えるものは殆ど無い。
そんな永遠の血の道を北へ北へと行った所に、二人の男が立っていた。金の瞳の男と、銀髪の青年。
男はその一瞬で目に焼きつきそうな金色の瞳で青年を見下ろしている。そして青年はそんな男を睨みつけながら震える手で刀を握っていた。……いや、正確に言えば『手を添えているだけ』、かもしれない。
理由など無かった。とにかく、気が付くと既に体には恐怖という感覚しか残っていなかったのだ。
そんな彼の傍らに、一人の戦士が横たわっていた。
ドゥネッレ軍統括軍団長、ガデ・ルーフ。
歴代の軍団長の中でも、特にずば抜けて才がある一人。そう、呼ばれていた。
そんな彼が、今、目の前に倒れている。それなのに、この将軍を殺した男に一人で勝つなんて出来る訳が無い。新米兵士のサーダにだってわかった。
それでもヒュランの王、ゲデスは彼の方へと近寄ってくる。
彼にできる事など一つとして無かった。
ただただ既に命の灯火が消えた軍団長の亡骸をかばいながら、「来るな、来るな」と呪文のように繰り返すだけ。
手に握った刀など、何の役にも立たない玩具と同じだった。
ジリッ。
ゲデスとサーダの間合いは、既に数十センチというところまでに来ている。
「やめろっ!!」
不意にサーダの足が前に進み出た。
もう、やけくそだったのかもしれない。それでも、彼は刀を片手にゲデスに立ち向かった。
バシュッ
人の身体を切り裂く音が、その声を掻き消した。
……先に刀を振り上げたのは、ゲデスだった。
サーダの身体から、鮮血が吹き出る。その血はまるでスローモーションを見ているかのように、ゆっくりと地面へ落ちていった。
ドサッ。
サーダは、その場に倒れ込む。……ふと、ゲデスが初めて口を開いた。
「無駄な殺生はしたくなかったのだが――……」
そう言って、彼はサーダに背を向け、別の方向へと歩いていった。きっと、新たな血を求めているのだろう。
あっという間だった。ほんの一瞬の間に、俺は殺られた。
こうなる事は、覚悟していたはずだ。
なのに、この目から落ちる熱いしずくは何なのだろう。
……サーダは、最後の力を振り絞って呟いた。
「セダ、エティ、さよなら――……」
辺りには、ひらひらと蝶が舞っていた。
激しい雨の降る夜だった。




