不穏
重い。
何かが俺の上に乗っている。
この気配、敵意は無いし知ってる人間だ。
「ティア、何してるんだ?」
目を開け、馬乗りになっている彼女に話しかける。
多分おばさんに言われて起こしに来たのだろうが、乗る必要はないだろ。
「ヘイル、起きたら「おはよう」でしょ?」
「......おはよう」
「おはよっ」
「で、なんで起きたらお前が上に乗ってるんだ?」
「ん~なんか乗りたくなっちゃったから?」
「重くて起きれないから退け」
無理やり体を起こし、ティアをベッドの端に動かす。
乗られた時は重いと思っていたが、持ち上げてみると意外と軽い。
「あ!重いって言ったな!」
「思ったより重くなかったわ」
「そんなこと女の子に言っちゃダメなんだよ!って話を聞け~!」
後ろのうるさいのを無視してリビングに向かう。
朝から元気だな。
「おはよう」
リビングに行くと、おばさんとアルガがいた。
「おう、起きたか」
「おはよう、パン食べる?」
「お願いします」
アルガの正面に座る。
「今日はどうするんだ?」
「そうだな......家から色々こっちに持ってこようかな」
「あんまり持ってくるなよ」
「分かってるよ」
持ってくると言っても何を持ってくるかも決まっていないし、そもそも持ってくるものがあるかも分からない。
だが、けじめとしてあの家の埃をきれいに掃除しないといけない。
「私も一緒に行っていい?」
部屋に置いてきたティアが戻ってきた。
「別にいいが、店の手伝いは大丈夫なのか?」
「昼間は人が少ないから大丈夫だぞ」
「よしっ」
物を運ぶ事より掃除の方が大事だったので、彼女が来てくれるのはありがたい。
俺の前にトーストされて蜂蜜がかかったパンとコーヒーが置かれる。
「ありがとうございます」
やはり暖かい飯は幸せな気分になるな。
あっという間にパンを食べ終える。
「あと一時間したら行くからな。それまでに準備しておいてくれ」
俺は準備することなどないので今すぐにでも行けるのだが、ティアは準備に時間がかかるだろうから一時間後だ。
部屋で30分ほど待っているとティアが入ってきた。
流石と言うべきか、おしゃれな女性らしさがある服ではなく、汚れてもよくて動きやすい服を着ている。
「準備できたよ」
「よし、じゃあ行くか」
ふたりで家に向かう。
途中、街の人の視線がかなり俺に向けられていた。
多くの人間は尊敬と称賛の眼差しをしているが、中には嫉妬の眼差しを向けてくる人間もいた。
待て、この感じ......殺意か?
遠くから微かに殺意を感じる。
なぜだ?この街で誰が俺に殺意を向けるんだ?
「ヘイル?どうしたの?」
ティアが俺の顔を下からのぞき込んでくる。
どうやら顔に出てたらしい。
心配そうに俺の事を見つめている。
「いや、なんでもない」
前を向き直して歩く。
これを彼女に言ったら不安させるだろう。
向けられた殺意は一つだけ。もし、襲われたとしても今の俺なら彼女に傷一つ付けずに守り切れる。
大丈夫だ。
「着いたね」
家に着いた。
あれ以降警戒していたが、俺に向けられた殺意はさっきの一回だけでそれ以降は何もなかった。
「うわ~埃すっごいね」
「まずは掃除からだな」
「だね」
俺は収納から使える道具を持ってきて掃除を始める。
「懐かしいねこの柱」
彼女は家の中心にある、何本も傷がついた柱を見ている。
あの柱には俺と彼女の身長が年ごとに刻まれている。
一番高い傷の横には『ヘイル 15歳』と刻まれている。
「そうだな」
俺はその傷を手でなぞる。
「ねえ、今の身長を刻んでよ」
彼女は柱に背を付けてまっすぐ立つ。
ダガーを腰から抜いて彼女の身長と『ティア 20歳』を刻み込む。
「次はヘイルの番」
俺はダガーを渡して柱に背を付ける。
「ちょっと、高すぎるよ~。ちょっと待っててね」
彼女は背伸びをしても届かなかったので、椅子の上に立って俺の身長を刻む。
「はい。できたよ」
柱から離れ、新しくできたふたつの傷を確認する。
俺と彼女の身長差は手一つ分くらい、15センチと言ったところか。
「私達大きくなったね」
「ああ......」
俺達は柱をしばらく眺めた後、掃除を再開した。
彼女が掃除に満足したのは開始してから3時間ほどたった頃だ。
「いや~すっきりした~」
「そりゃ良かった」
最後の方は俺は椅子に座って休憩して彼女だけ掃除していた。
満足そうな顔をしている。
「で、何を持っていくの?」
「そうだった」
忘れていた。
本来の目的は家に物を持っていく事だった。
「持っていくとしたらこれかな」
俺は壁にかかっている剣と魔導書を取る。
「それって......」
「ふたりの形見だ」
父さんがいつも使っていた剣と母さんの魔法が記されている魔導書。
ふたりが遺してくれた唯一の物だ。
「それだけでいいの?」
「近くに置いておきたいのはこの二つだな」
別にここに一生来ないわけじゃない。
帰ろうと思えば帰ってこれる。
「そろそろ昼だな。腹減ってないか?」
「私は全然」
グゥ~~~~~
「腹は正直だな」
そう指摘すると彼女は顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。
「アルガの所に帰るか。俺も腹が減ったしな」
「私が作る......」
「ん?なんて?」
俯いて小さい声だったので何て言ったのか聞こえなかった。
「私が作る!」
「うおっ」
急に顔を上げて大声を出され、のけぞる。
危なかった。もう少しで頭が顎にクリーンヒットしかけた。
「はい、帰るよ!」
なぜか怒って先に帰ろうとする彼女を追いかける。
腹の音を聞かれるのがそんなに恥ずかしかったのか?
風呂に入った時はあれだけ余裕そうだったのにな。
彼女はずんずんと歩いて行って先に家に帰っていった。
俺は裏口から家に入り、二階へ行く。
家でおばさんとすれ違った時に笑われた。
多分、彼女の様子を見たんだろう。
二階のキッチンでは、彼女がエブロンを着て料理をしていた。
俺が来たことを顔を動かして確認すると、すぐに正面に向き直した。
何でそんなに怒ってるんだよ......
そもそも、腹が鳴った奴が料理するのも意味わかんないし。
俺は剣と魔導書を自分の部屋に置いた後、ダイニングの椅子に座って料理ができるのを待った。
「はい、どうぞ」
彼女はオムライスを作ってくれた。
綺麗な形をしている。
渡されたスプーンでオムライスをすくう。
「どう?」
自分のには手を付けずに俺が食べているところをじっと見つめられる。
「料理も上手くなったんだな。美味しいよ」
「当たり前でしょ」
彼女はオムライスを食べ始める。
口ではきつく言っておきながらも、口角が上がっていて嬉しそうだ。
「今日の予定はもう終わっちゃったけど、この後はどうするの?」
食べ終えた食器を洗いながら彼女が聞いてくる。
「特に考えてなかったな」
彼女が手伝っておかげで掃除が早く終わった。
この余った時間で手伝ってくれたお礼をするのも悪くない。
「まだ俺に付き合ってくれるか?」
「?いいけど」
「じゃあ出かけるから着替えてこい。動きやすい服じゃなくていいぞ」
「!?それって......」
皿を洗う手を止めて俺の方に振り向いてくる。
「早くしろよ。行くまでに結構時間かかるから」
俺は、自分も着替えるために部屋に戻る。
さっき、おばさんに昨日着ていた服を洗濯して部屋に置いていると言われた。
あそこに行くなら一応ちゃんとした装備をしておいた方がいいからな。
彼女が俺の部屋に来るまで、剣と装備の手入れをする。
一時間ほどたった頃、部屋の扉がノックされる。
さっきはそのまま入ってきたのにな。
「どうぞ」
ゆっくりと扉が開く。
彼女は白のワンピースにケープを羽織っている。
昨日から動きやすい簡素なデザインの服を着ているところしか見ていなかったため、中々にに新鮮だ。
「何か言いなさいよ......」
恥ずかしそうに手をいじっている。
「綺麗だな」
「当たり前でしょ......」
嬉しそうだ。
「よし、行くか」
手入れした装備を着て、立ち上がる。
装備と言っても鎧とかではなく、動きやすくするための簡単な装備だ。
「ねえ、どこに行くの?」
俺達は家の庭まで出てくる。
ここなら大丈夫だろう。
「ティア、こっちに来てくれ」
「?わかった......って何!?」
俺は彼女を抱き寄せて密着する。
「口ちゃんと閉じとけよ。舌嚙むかもだから」
「我に翼を授け、空の支配者とせよ......『ティネヴァ』」
詠唱を終えると、俺の背中に白い翼が生える。
翼を動かすイメージをすると翼が羽ばたき、体が勢いよく上昇する。
ある程度の高さになると上昇を止め、停滞する。
「ティア、目を開けてみろ。あと、もう喋ってもいいぞ」
ティアはゆっくりと目と口を開ける。
「ヘイル!急に何か唱えだしたかと思ったら......って高過ぎよ!」
彼女は俺の腕の中でじたばたと暴れる。
「落ち着け。俺が魔法を解かない限り落ちることは無いし、解く予定もない。ほら、深呼吸しろ」
そう言うと、ティアは落ち着きを取り戻し深呼吸をする。
「すごい景色ね」
案外、高い場所は大丈夫らしい。彼女は下に映る街を見ている。
自分たちが普段生活している場所を上から見るなんて普通は出来ない経験だ。
「これを見せたかったの?」
「まあ、これも見せたかった」
さすがに時間短縮になるのと、人目に付きたくなかったからと言って空を飛んだとは言えない。
しかし喜んでくれたのなら、良かった。
「本命はこれから向かう。また動くからしっかりつかまっておけよ」
「わ、分かった」
まだ動くことには恐怖があるようで、かなり力強くつかまっている。
「さっきみたいな勢いで動かないから安心していいぞ」
掴む力が少し弱まったことを確認して、動き始める。
この速さなら30分ほどで着くはず。
「見て、鳥が私達と同じ高さにいる」
彼女は俺達の横を通っていく鳥に指を指しながら話しかけてくる。
「魔法ってすごいのね......」
「ああ、こんな事ができる人間は数少ないがな」
この魔法は、昨日使った物体を浮かばせる『アネヴァ』と物体を飛ばす『プティシ』を同時に発動させることで成り立っている。
魔法と言うのは、自分のイメージを具現化、発生させるための手段だ。
イメージできない物は魔法を知っていても発動することはできないし、イメージが具体的でなければ魔法は弱くなる。
そして、魔法名の前にそのイメージを口に出すことで魔法は威力を増す。
もちろん、魔力が無ければ魔法は使用できないし、威力が増すと消費魔力も増す。
「もしかしてヘイルってめっちゃすごい?」
「何言ってるんだ。俺は魔王を倒した勇者だぞ」
「そうだった」
彼女はクスクスと笑う。
冗談を言える程度には慣れてきたようだ。
「ねえ、ヘイル。あれは何?」
遠くの林を指差す。
そこには小さな黒い塊が動いていた。
あれは何だ?
「すまないティア。あれが何か確認させてくれ」
「いいけど、どうして?」
どうして。
俺にもわからない。
だが、あれの正体を明らかにするべきだと俺の直感がそう言っている。
俺は進路を変更し、少し速度を上げる。
「あれは......」
「何か分かったの?」
あれは、隣国の騎士団と魔法使い?
なぜこんな林で隠密行動をとっている?
この進軍方向......俺達の国に向かっているのか?
確かめなければならない。
「ティア、すまないが今日はここまでだ」
「私、見つけちゃいけない物見つけちゃった?」
「いや、よく見つけてくれた。だから今日は帰るぞ」
「分かった......」
俺の声色が変わったのを理解してか、ティアは不安そうにしている。
はっきりと言わずに濁しているのも原因だと思う。
「きちんと説明できなくてすまない。あれは、ティアが知らないでいい物だ」
知らない方が幸せなことはたくさんある。
特に争いについては。
急いで、家の庭まで戻り地面に足を付ける。
「ティア、俺はあれと会ってくる」
彼女を離してまた浮上しようとすると、名前を呼ばれる。
「ヘイル」
「どうした?」
「絶対に帰って来てね」
不安そうな眼差しを俺に向ける。
俺が何と会うのかある程度予測がついているのだろう。
「大丈夫だ」
彼女を安心させるために微笑み、頭に手をのせる。
「俺は魔王を倒した勇者だぞ」
頭から手を離し、翼に力を込める。
ティアが離れたことを確認して、勢いよく羽ばたく。
「平和に終わるといいな」
どんどん大きくなる胸騒ぎをごまかすように望みが薄いことを口にする。




