平和
「勇者よ......」
身体に大きな穴を開けた魔王が問う。
「なんだ?命乞いか?」
奴は今にも倒れそうになるのを剣で支えて、ギリギリ立っている。
勝負はもう決した。
「そんなことする訳なかろう......」
「じゃあなんだって言うんだ」
最期に反撃をせずに話に興じるとは。
俺も警戒を解き、剣を鞘に納める。
「お前は必ず世界を滅ぼすだろう......」
「俺が世界を滅ぼす?そんなわけないだろう」
狂言を鼻で笑い否定する。
「信じないか......まあ良いだろう」
魔王は不気味な笑みを浮かべる。
身体は胸の空洞から徐々に崩壊している。
「お前は......こちら側だ____」
身体を支えていた剣が地面に音を立て、落ちる。
魔王は消滅した。
「こちら側だと?」
その意味が何を示しているのか分からない。
俺が魔王だと言いたいのか?
そんなはずが無い。俺は勇者だ。
「勝ったぞ、みんな......」
三つの布切れを懐から取り出し、強く握る。
ルクス、シス、アデル。
俺と共に魔王討伐するはずだった仲間だ。
残っているのは彼らの装備の一部のみ。
「帰ろう。俺たちの家に」
城を背に帰路に就く。
これで世界は平和になるはずだ。
「勇者ヘイルよ、よくやった。これで平和は保たれた」
国王に謁見をし、魔王討伐を報告する。
「褒美は必ず用意しよう。今はゆっくりと休むがよい」
「ありがとうございます」
国を挙げての凱旋パレードを行おうとの話も出たが、断らせてもらった。
魔王討伐の旅は仲間も含めた多くの犠牲があって成し遂げれた。
討伐できたと言う事実だけを切り取って喜ばれるのは嫌だ。
「ただいま」
玄関の扉を開けて家の中に入る。
「............」
誰の声も返ってこない。埃をかぶった暗くて生活感がない空間。
あの頃の暖かくて明るい家はもう無い。
ここが自分の家だとは思えず、振り返って家から出ていく。
「腹が減ったな」
昔、よく行っていた店に向かう。
あの店はまだやっているだろうか。
「ヘイル!やっぱり帰って来てたんだな!」
「久しぶり、アルガおじさん」
居酒屋アルガ。
店の名前は店主の名前からとっている。
彼は俺の第二の父親みたいなものだ。
カウンター席に座る。
まだ食事時ではないので、客はいない。
「朝から噂になってたぞ。勇者が帰ってきたって」
あまり目立ちたくはなかったのだが、あれだけ派手に出陣したから顔は多くの人に覚えられていたのだろう。
「魔王を倒して帰ってきたんだ」
「マジかよ!お前そりゃとんでもねぇな!」
興奮した様子で、カウンターから身を乗り出して俺の顔面に唾を飛ばす。
「落ち着いて。あと一時間もしたら国から正式な発表があるから」
唾を手で拭いながらアルガを落ち着かせる。
「すまねぇ。でもな、お前本当にすごいぜ」
「ありがと」
称賛の言葉を素直に受け取る。
アルガは何も知らない。
失ったものの多さを。得たものの少なさを。
彼は俺が生きて帰ってきたことが嬉しいだけだ。
「ヘファおばさんとティアは元気にしてる?」
「ああ、元気だぞ!ティアは最近店を手伝ってくれててな。すっかり看板娘になっちまったよ」
「それは良かった」
「今は晩の食材を買いに行ってくれててな。お、ちょうど帰ってきたか」
後ろで扉の開く音がする。
「ふたりとも久しぶり」
俺は椅子から立ち上がり、振り返る。
おばさんは前より少し背が小さくなって老けた気がする。
ティアは全体的に発育が良く、大人の女性と言う表現が似合うほどになっている。
俺が振り返るとティアが持っている袋を手から離してしまい、中の食材がバラバラと落ちていく。
「アネヴァ!」
地面に着くギリギリの所で魔法を唱え、食材を浮かす。
「ヘイル......なの?」
ティアが俺の名前を呼びながら近づいてくる。
目には涙を浮かべている。
「ティア、大きくなったな」
「っ......」
ゆっくりと歩くのを止め、俺の元に駆けてくる。
そして、力強く抱きしめられる。
「ちょっと、俺汚れてるから......」
服に暖かいものが伝う。
泣いているのか?
「ヘイル......生きててよかった......」
抱きしめられる腕の力はずっと強くなっていく。
「力を緩めてくれないか?さすがにちょっと痛い......」
「ご、ごめんなさい!」
身体の自由が帰って来る。
ティアは三歩ほど下がり、耳まで真っ赤にして俯いている。
「ヘイル、おかえりなさい」
「ただいま、おばさん」
ティアの後ろから落とした食材を袋に入れ直したヘファおばさんが、いつの間にかティアの横に来ていた。
抱きつかれたことで完全に存在を忘れていた。
「さっき、街の広場で魔王が討伐されたって騎士団の人が言ってたわ」
「じゃあもう皆知ってるのか」
「そうね、かなりの人が聞いててもう街中お祭り騒ぎよ」
最悪だ。
今は騒ぎたい気分でもないし、何も知らない人間に褒め称えてほしくも無い。
それに、お祭り騒ぎという事はアルガの店も騒がしくなるという事だ。
ここには飯を食いに来たが、無理だろう。
「どうする?早めに開く?」
「いや、今日はもう閉店だ。ヘイルに旨い飯をたらふく食わせねぇとだからな」
「それもそうね。それにティアもこんなになっちゃたし」
おばさんはティアの頭を撫でながら、アルガと話を進める。
「いや、いいよ。稼ぎ時だろうし、そこまで迷惑をかけれないよ」
アルガの飯を食べに来たが、俺の為だけに店の稼ぎを減らすのは申し訳ない。
「そんな他人行儀なこと言うなよ。お前は俺らからしたら息子みたいなもんだ」
「そうよ。今まで頑張った分、今日はゆっくりしなさい」
「ヘイル。昔みたいにみんなでご飯食べよ?」
三人にこれだけ言われて断ることなどできるわけない。
特に、ティアに服の端をつまみながら涙目の上目遣いで見つめられるのは男心をくすぐられて抗えない。
これは看板娘にもなるわけだ。
「ありがとう。じゃあ、おいしい飯を頼む」
「よし、任せろ!ヘファ、手伝ってくれ!」
「は~い。ティア、ヘイルをお風呂に連れていってあげて」
アルガは豪快に腕をまくり、厨房へ向かっていく。
おばさんもアルガについていく。
「ヘイル、一緒に入る?」
俺の腕に抱きついてくる。
先ほど抱き着かれたときには気にならなかったが、腕に柔らかい物が押し付けられている。
いつの間にこれ程あざとくなったのか。
「な、何言ってるんだ。早く行くぞ」
腕を抜いて浴場に向かう。
「ちぇっ」
後ろから何か悔しがるような声が聞こえた気がするが、無視だ。
「.......なあ、一緒には入らないって言ったよな?」
「?」
「そんな可愛い顔をしても無駄だぞ。一緒に入らないからな」
彼女は風呂場までついてきた。
そのせいで服がとても脱ぎずらかった。
「背中流してあげるよ」
「あのなぁ......まあ、いいや」
「よしっ」
俺が折れると、後ろで小さくガッツポーズを取った。
さっきまでの泣いてしおらしい彼女はどこに行ってしまったのか。
ため息をつきながら彼女に体を洗ってもらう。
「お客様~どこか痒い所はありませんか~?」
彼女は上機嫌で頭を洗っている。
他人に頭を洗ってもらう事なんて一度もなかったので、少しぞわぞわする。
しかし、気持ちいいのも事実だ。
「上手だな」
「そう?それなら良かった~」
俺の髪はかなり汚れていたらしく、一回洗い流した後にもう一回やられた。
おかげでかなり頭がすっきりした。
「じゃあ、次はお背中を流させていただきますね~」
「その変な口調はなんなんだ?」
「なんか雰囲気出るでしょ?」
そういう店みたいな雰囲気は出てるな。と言おうとしたがやめた。
「すごい傷だね......」
彼女は俺の背中を見て悲しそうに言う。
俺はこの傷を彼女に見せたくなかった。
こんな痛々しい傷だらけの身体を。
「ああ、何度も死にかけたよ。仲間もたくさん失った」
「そうなんだ......大変だった、は私が言っていい言葉じゃないか......」
やはり、彼女に気を使わせてしまう。
「頑張ったね。ヘイル」
濡れた俺の身体を後ろから抱きしめてくれる。
今度は強い力ではなく、優しく包み込むような抱擁だ。
「濡れるぞ。離れろ」
「濡れてもいいわよ。私も脱いでお風呂に入ればいいんだし」
彼女は俺から離れると同時に布がすれる音が聞こえる。
まさか、脱いだのか?
「もしかして脱いだのか?」
「後ろ向いちゃ駄目だからね......」
嘘だろ。背中を流してもらうだけだったのに、なんでこんなことになったんだ。
背中に何かが当たる。
もしかしてと思ったが、この感触はタオルか。
「はい、終わったよ。前は自分でやってね」
「ありがとう」
後ろからタオルを持った手が伸びてくる。
その腕は何も纏っておらず、彼女が裸だという事を改めて感じさせる。
「私も洗うから終わったら先に浸かってて良いよ」
もしかして、湯船にも一緒に浸かる気なのか。
早めに出よう。
「あ、身体も二回洗ってね」
クソッ。先手を打たれてしまった。
しかたない。おとなしく彼女の策略にはまっておくか。
身体を二回洗い湯船につかる。
身体を洗うことはあっても湯船につかるのは久しぶりで、体の芯からほぐれるこの感じが気持ちいいのを思い出した。
「気持ちよさそうね」
「久しぶりに湯船につかったからな」
彼女をできるだけ視界に入れないように壁の方を見ながら話す。
さっき湯船につかる前に一瞬視界に入れてしまって、何がとは言わないが大変だった。
5分ほどすると、彼女が湯船に入ってくる。
「広くてよかった~」
「そうだな」
俺達は背中合わせで湯船につかる。
彼女の柔らかい肌が背中から伝わってくる。
まずい。これは良くないやつだ。
「もう出るからな」
「え~私まだ入ったばっかなのに?」
「久しぶりに入ったからのぼせたんだよ」
「ぶー」
風呂場から出て、身体を拭く。
着替えはアルガのために買った新品の服を着る。
古いのでいいと言ったが、アルガが来た服は汗臭い男の匂いがするからダメと言われた。
ちょっとかわいそうだ。
「おう、出たか。もうちっとかかるから上で待っててくれ」
厨房から美味そうな匂いがする。
匂いだけでよだれが出て、お腹が鳴りそうになってしまうほどだ。
二階に行くと、おばさんが食器や飲み物を用意している。
「何か手伝えることありますか?」
「あら、もう出たのね。どうだった?」
「はい。二回洗って湯船にもしっかり浸からせてもらいました」
「違うわよ。あの子、どうだった?」
「ん゛」
なんてことを聞いてくるんだ。
さてはこの人、ああ言ったのもわざとだったのか?
「色々成長してたでしょ?」
おばさんは胸を持ち上げるような仕草をしている。
思い出した。
この人はこんな感じだった。
「......そうですね」
「なに?そんなに照れちゃって。そういう経験はしてこなかったのね」
「やめてくださいよ。もうちょっとでティアも上がって来るでしょうし」
「ん?どうしたの?」
タイミングが良いのか悪いのか、話題になると必ず彼女が来る。
濡れた長いブロンドの髪と火照った身体は色気が凄い。
同い年とは思えないほどだ。
「いや、何でもない」
思わず、目をそらしてしまう。
最悪だ、おばさんが悪い笑みを浮かべている。
「お前ら!飯出来たぞ!」
アルガがデカい鍋を持って上がってくる。
「ありがとうアルガ」
「?おお!たくさん作ったから持ってくるの手伝ってくれ!」
これほどアルガに感謝したことは無い。
料理を全てテーブルに運んで、座る。
どう考えたって四人分じゃない量だ。
誰かと食べる飯なんていつぶりだろう。
たしか、アデルと食べた鹿肉のシチュー以来だ。
アルガが作ってくれた中にもシチューがある。
肉は鹿ではなく、鳥だが。
「さあ、冷めないうちに食え!」
「「「「いただきます!」」」」
ティアが料理を取り分けてくれる。
「ありがとう。さすが、看板娘」
先ほどの仕返しでからかう。
「もう、やめてよ」
照れくさそうにしている。
パンにシチューを付けて口に運ぶ。
パンのサクッとした食感とシチューの熱くドロッとした液体が合わさって、口の中が幸せになる。
「やっぱりアルガの料理は最高だな」
「そりゃ良かったぜ、まだまだあるから遠慮せずに沢山食えよ」
そこから俺は久しぶりのアルガの料理を堪能した。
みんなは旅の話を聞かなかった。
かわりに、いなかった間の自分たちの身の回りで起きた事について話してくれた。
多分、俺から話さない限り無理に聞こうとはしないようにしてくれたのだろう。
彼らの配慮はとても助かった。
「「ごちそうさま」」
俺とティアが先に食べ終える。
「ちょっと外に行ってくる」
席を立って、家から出る。
「帰ってきたよ。父さん、母さん」
俺は地面に立っている数多くある石の一つに話しかける。
そう、ここは墓地だ。
「魔王を倒してきたよ......」
もちろん返事は無い。
両親は俺が15歳の時に魔族に殺された。
父は騎士団の団長で、母は騎士団の魔法使い。
ふたりはとある村で起きた惨殺事件について調査に行った。なんてことない任務だと言って出ていった。
しかし、帰ってきたのは両親を含めた騎士団20名の死体だった。
生還した団員によると、得体のしれない魔族に奇襲をされ、なすすべもなく殺されたらしい。
あの日の絶望は今でも忘れられない。
「やっぱりここにいた」
後ろから声がかかる。
ティアだ。
「こんな寒い夜に外に居たら風邪ひくよ?」
彼女は寒そうにしながら俺の隣まで来てしゃがむ。
「大丈夫だよ。こんな寒い日、何度も経験してきたから」
こんな寒さ、吹雪の雪山に比べたら全然マシだ。
彼女は目を瞑って手を合わせる。
何を伝えようとしているのだろう。
少しして、彼女は立ち上がる。
「ふたりなら、ヘイルは誇りだと思ってるよ」
「そうだといいな」
俺も立ち上がる。
彼女が来た以上、ここで長居は出来ない。
「もういいの?」
「ああ、これ以上いるとお前が風邪ひきそうだからな」
羽織っていた服を彼女に着せる
「ごめん」
俺の言い方が悪かったせいで、落ち込んでしまった。
「別にいいんだよ。帰ろう」
ふたりで家に帰る。
アルガたちも食べ終えていたようで、おばさんが洗い物をしている。
「ふたりともおかえり」
「「ただいま」」
「ヘイルは今日、泊まっていくわよね?」
「今、いつも使ってた部屋をアルガが掃除してくれてるからちょっと待っててね」
「何から何までありがとうございます」
「いいのよ。私達もヘイルといられて嬉しいから」
「そうだよ。なんなら、今日だけじゃなくてずっとうちにいなよ。ねえママ」
「良いんですか?」
「そんなの良いに決まってるじゃない。そもそも、ずっと家族のように思っているわよ」
嫌な顔一つせず俺を迎え入れてくれる。
本当に優しくて暖かい人たちだ。
俺は彼女たちが大好きだ。
「じゃあ、これからもよろしくお願いします」
アルガが部屋の掃除が終わったことを教えてくれたので、部屋に行く。
昔と変わらない机と椅子。ベッドは新しくなっている。
「疲れたな」
ベッドに横になると、疲労と睡魔が襲ってくる。
いつも硬い地面の上か木にもたれかかって寝ていたため、柔らかくて暖かいベッドが少し慣れない。
「これが、平和か」
他愛のない話しで笑って、暖かい飯を食べて、ふかふかのベッドで寝る。
これが俺が守った平和。
「悪くないな......」
俺は目を閉じ、意識を手放す。




