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日本仙妖譚 ― 現世と幽世のはざまで、かぐや姫と桃太郎の時代に仙人を目指す ―  作者: 紅連山


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第22話 神道巫女・祀花

【天熊嶺への飛翔:雲上の雷】


 風霊鵬――その翼は、雲海を裂き、夜空を走る一筋の雷光のようであった。


 一回の羽ばたきで山脈の霊気を揺るがし、巻き起こる霊風は悲鳴をあげるが、その巨大な躯と驚異的な速度をもってしても、目的地である天熊嶺までは三日を要した。それほど、熊野三峰の霊域は遠く、外界から隔絶された仙境に位置しているのだ。


 正雪は、衣の奥に霊鳥クルルを守りつつ、肌を打つ高空の風を受けていた。


 空は深い蒼、地は墨を流したような影。夜になると、無数の星がまるで星河のように流れ、風霊鵬の翼は、そのたびに夜光虫の波紋のような光を撒き散らした。


 旅路の間、霧獣法流の代表者たちは、ほとんど言葉を交わさなかった。緊張、宗門の誇り、そして未知への期待――それぞれの胸中には、静かに、しかし烈しく道の炎が燃え盛っていたからだ。


 そして――三日目の朝。


 霊鵬が雲の絨毯を押し分けて進むと、ついに神域がその姿を現した。


 《天熊嶺てんゆうれい》――巨大な霊熊の魂魄を宿すと言われる霊峰。その神々しさは、荘厳という凡庸な言葉では表現しきれない。山全体が呼吸をしているかのように霊脈を脈動させ、生きとし生ける者全てを静かに睨みつけるような覇気を放っていた。



【再会と刺:熊野彩弥香】


 風霊鵬が天熊嶺の広大な降臨広場に降り立った瞬間、巨大な地響きが波紋のように広がった。


 迎えに来たのは、熊野三峰の修仙者たち。彼らの霊服は霊気を帯び、その中でも一際霊気の濃度が濃い者たちが、前列に控えていた。


 ――そのとき。


 正雪の視線が、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、一点に釘付けになった。


 背が高く、白磁のように整った肌。そして、優雅に微笑む口元――その表情は、この上なく優美で端麗であった。


 だが、正雪の背筋には、氷の刃が走った。


 忘れられない。


 かつて、彼の師匠・道斎が、その手に命を奪われた瞬間――彼女は、笑っていた。


 それは慈悲でも、怒号でも、勝利の歓喜でもない。あたかも、空に雨が降るように、地平線に日が昇るように、自然現象のように、淡々と、美しく。


 胸の奥が軋む。押し込めていた憎悪と焦燥の感情が、再び堰を切ろうとする。


 紹介が順に進み、やがてその名が告げられた。


 「――熊野彩弥香くまのあやか。肆階の王者。熊野三峰執事、そして、今回の試練の監督を務めます。」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥底に封じ込めていた記憶が、鋭い刺のように疼いた。


 肆階――それは今の正雪がいる弐階とは、まさに天と地の差がある境界。敵うはずもない。復讐など、夢物語、妄言に等しい。


 だが、逃げる気は――もう、彼には微塵もなかった。


 正雪は静かに、傍らに垂らした拳を握りしめた。


 「必ず強くなる。必ず。その差を埋め始める。」



【試合開始:神道巫女・祀花との遭遇】


 一夜の休息を経て、霊峰に朝日が訪れると同時に、総合試合の初戦の鐘が鳴り響いた。


 正雪は一回戦、二回戦を、驚くほど淡々と勝ち進んだ。相手は確かに強い霊力を持っていた。だが――正雪が想像していたよりも、はるかに弱かった。


 彼が霧獣法流で積んだ苛烈な修行。深海の妖との生死を賭けた鍛錬。そして、魂を焼く精魂丹による道基の強化。それらの経験が、すでに正雪を、他の代表者とは一線を画す別段の領域へと押し上げていたのだ。


 そして――第三戦。


 対面に立つ少女は、清浄な白装束に、鮮やかな赤の緋袴を纏っていた。髪色は珍しく赤い光を反射しており、銀色のリボンが緩やかにその髪を結んでいる。瞳は静謐な菫色。その手には、御幣、神楽鈴、そして御神鏡という、神道の法器が握られている。


 「伊世花大社の祀花まつりかと申します。よろしくお願いいたします。」

 彼女は深く一礼し、穏やかに挨拶を述べた。


 「霧獣法流――正雪と申します。よろしくお願いいたします。」

 正雪もまた、僅かに頭を下げ、静かに応じた。


 礼が交わされ、祀花の手にある神楽鈴の音が、高く澄んで響き渡る。


 瞬間――試合場の空気の質が、一変した。

 白い霊符が、少女の周囲を舞う。風が渦を巻き、天空から神気が舞い降りてくる。


 「――《神降りの舞・千紐結界せんちゅうけっかい》!」


 符は空に残響のように重なり、空間全体が結界化した。術式の密度、霊圧――正雪は肌で感じた。強い。


 正雪は深く息を吸い込み、袖口からひとつの宝器を取り出した。

 潮鳴法螺。

 その口元に自身の霊力を流し込むと、世界を揺るがすような音波が響き渡った。


 ブオオォォォォ――ン!!


 霊波は空間を波打たせ、祀花の千紐結界に猛烈に干渉する。しかし、祀花の霊符は砕け散ることはなく、形を変えてその波動に耐え続けた。


 「……音波式の宝器。厄介ですね。」

 「そっちの神降ろし術もな。」


 言葉と同時に、両者が同時に動いた。



【術式の応酬:潮と鏡】


 祀花は御幣を振り、空中に霊文を描く。


 「――《御神鏡・天奏返光!》」


 彼女が掲げた鏡面が強烈に輝き、潮鳴法螺の音波を吸収し、それを倍加させて正雪へと反射して返す。

 だが、正雪は袖を捌き、素早く指印を結んだ。


 「――《弄海印》!」


 掌に霊潮の力が浮かび上がり、波紋となって御神鏡の反射波を相殺し、打ち消した。祀花の菫色の瞳に、僅かな驚きが宿った。


 だが、正雪は止まらない。足元の霊水が渦を巻き、巨大な水の紋様を描く。


 「《翻海印》!」


 渦潮が二つ、巨大な水龍のように走り、祀花へと迫る。祀花は神楽鈴を激しく鳴らし、その音が空気に霊文を刻んだ。


 「《舞天鈴・神狐守護》!!」


 霊狐が光の姿を取り、潮渦と正面から衝突。激しい霊光と水しぶきが、広場全体に弾け飛んだ。双方、一歩も引かない、まさに仙術の応酬。



【心の炎:越える渇望】


 観客席の最高位。肆階の熊野彩弥香が、薄く微笑んだ。


 正雪の背後にいるクルルの肉冠が、夜の月光を思わせる朱色で微かに光を放つ。攻撃のチャンスを狙う。

 潮の音。鈴の音。鏡の光。霊狐の叫び。戦いは、まだ終わらない。


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