表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

水は凍ってるか?

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくん、水は凍ってるか?

 いやいや、別にアイスやかき氷が欲しいとかのニュアンスじゃあないよ。文字通りに、水が凍り付いているかを尋ねているんだ。

 この暑い時期じゃあ、氷の需要も増えてくるだろうし売り物、食べ物としての連想は自然なことだと思う。でも、うちの地元じゃあ暑くなってきたときのお決まりの文句、というか注意ごとのひとつなんだ。「水は凍ってるか?」というのはね。


 現代においては、少し科学力を行使すれば水を凍らせることは容易だろう。

 しかしこの文句、伝わってきたのはずっと昔から。当時は限られた環境でなければ、夏場に氷を保つことはできなかった。その中にあって、あえて「凍ってるか?」と確認するあたり、「あ、なにかあったかな?」と想像できそうじゃないかい?

 ちょっと前、地元に帰ったときにあらためてこの文句の由来を聞いてきたんだよ。つぶらやくんの興味をひけるかとおもってね。よかったら、耳に入れてみないかい?


 昔の私の地元は、専用の氷室をのぞくと、冬の山くらいしか氷に縁がない場所だった。

 海が近いこともあって、暑くなると浜遊びに興じる人たちは多い。波が穏やかなときは子どもたちにとって、自らの泳ぎっぷりを見せつけるいい機会だったとか。

 泳ぎが達者な子だと、半里も先の沖合へ泳いでいくのも苦としなかったそうだが、現代のようなライフセーバーなどいない時代。己の命は自己責任だ。

 もし、命を落とすような結果になれば、そのような選択をするのを天に望まれたということで、人々はおのおのの天命を思い、また納得や諦めや妥協の理由として、気持ちを切り替えていったという。


 その中、ひとりの男の子が沖合まで遠泳していたところ、遠くからあるものが迫って来るのに気づいた。

 船にあらず、魚にあらず、されど自分が知らないものでもない。

 氷だ。波に揺られてざぶざぶと、こちらへ向かって流れてくる。その大きさは大人が数人横たわれるほどの大きさで、木であったならばイカダか何かと思っていたとのことだ。


 ――こうも暑いこの日、この場所で、氷……?


 少年の不可解な心地は、次の瞬間には戦慄へ変わる。


 氷の流れていくほうに、ちょうどトビウオらしき姿があったのだ。

 水面より飛び上がり、ヒレを広げて空を滑る……はずだったその姿は見ることかなわない。

 これまで波に揺られるばかりだった氷が、にわかにぐんと勢いを増したんだ。そのふちはトビウオの身体に直撃すると、あっさりと両断してしまう。

 いきなり身を断たれたトビウオは、氷に無事な半身を乗せたまま、ビチビチと跳ねる動きを見せている。出血もまだ止まってはいないままにだ。

 それだけではない。トビウオを切った氷は、それまでの動きとは一転、波に逆らう形でこちらへ向かってきたのだ。すなわち、少年のいるほうへまっすぐと。

 少年も瞬時に状況を悟る。追いつかれれば、自分もトビウオの二の舞だと。さっと向き直ると、陸を目指してしゃにむに泳いだ。


 ――とにかく、止まっちゃダメだ。


 そう必死に考えていたせいか、疲れなどまるで感じず、ひたすら前へ前へ水をかき分け続けていったという。


 それからどれほど時間が経ったか。

 どうにか体を波打ち際へ投げ出した直後、コツンと自分の両足の裏を押し出す気配も感じた。

 例の氷の塊だった。すでにトビウオの身体は乗っかってはいなかったが、先ほど少年の足裏へ触れたふちの部分は、新たな赤身がにじんでいる。

 少年の血だ。先ほどのわずかな触れ合いでもって、少年の足の裏の土踏まずあたりには、真一文字の血がにじんでいたのだ。

 少年はすぐさま浜の奥へ逃げ出す。振り返ってみたが、氷は先ほどの場所から動かない。さすがに陸を海のように滑ることはできないようだった。

 距離を離して、いったんは落ち着く少年。対処ができることと、ここまで踊らされたことの実感が湧いてくると、じょじょに怖さを怒りが上回り始める。


 ――あんなやつ、叩き壊しておかないと、あとが危ない。


 少年は手近にある石の中から、手ごろな大きさのものを氷めがけて投げ始める。

 いくつかは命中するも、いいところでひびを走らせるのが限界。なかなか、その身を砕くことはできなかった。

 ならばと、周囲を見回した少年は近辺の浜辺に立つ岩の中でも、あたかもやぐらのような高さを持つものによじ登る。なかば沖へと突き出るこの大きい岩は、海釣りをする者たちの多くが好んだ場所でもあった。

 そこから、やや斜め前方にあたる、氷の横たわる場所へ向けて石を投げていく。

 同じ高さから投げつけられるより、数段は強いだろう衝撃。それらをまともに受けて、トビウオ殺しの氷はついに割れ砕かれていった。

 やがていずれも、少年の半身に満たないほどの破片となったが、それでも彼は満足しない。岩を降りながらも、氷に触れない程度の距離を保ちつつ、引き続き石を投げつけていく。

 度重なる攻勢で、彼らもいよいよ雪を思わせるほどの粒になってしまい、浜の中へもぐりこんでしまうくらいになって、ようやく少年は手を止めたらしい。

 これほど小さくなれば、害をなすこともないだろう。人知れず終えた、仕事の満足感を胸に帰路へつく少年だったが、ここに至るまでかなりの時間を要した。

 にもかかわらず、日照りを受け続けたこの氷が砕けこそすれ、ほぼ溶ける様子を見せなかったことこそ、このときの少年が真に警戒すべきことだったのかもしれない。


 翌朝。

 少年が住んでいた村の家々で、驚きの声があがる。

 汲み置いていた水たちが、みな凍り付いてしまっていたんだ。氷室などに入れない、家の中へ置いたままの状態で、だ。

 瓶いっぱいに幅を取る彼らは、取れる様子も、溶ける様子も見せない。ノミなどでつついても歯が立たない硬度でもあったという。

 少年はこの瞬間のことを伝聞でしか聞いていない。昨日の格闘で思ったより疲れてしまったか、みなが起き出したときにはまだ寝入ってしまっていたからだ。

 やむなく、村人たちは新たな水を汲みに出かける。村には数か所井戸があり、そこからめいめいが水を汲んでいくのだが、ほどなくあちらこちらで悲鳴があがった。


 凍り付くのだ。たちまちのうちに。

 流しでできた土の上に氷が張るのは、まだ序の口。洗濯しようと桶の中へ服をつっこめば、たちまち「にこごり」を思わす姿ができあがる。

 一人で暮らしていた男などは、服を洗おうとした腕ごと凍り付き、なんとか力づくで割り砕いて外へ出したものの、氷に触れられた両腕部分は骨に至るまでの傷を負った。もし、普段から鍛えていなければ、すっぱり腕を斬られていたかもしれない。

 そして、水を飲んだ男が一人いた。起き抜けののどの渇きに耐えられず、汲んだ水をがぶ飲みしたのだ。


 その惨状、詳しく語るに忍びない。

 ただ飲み干した彼の身体は、内より「砕けた」。その大小の破片は赤身、肉身を帯びながら、それぞれが手のひらに乗りきってしまうほどの大きさへ、バラバラになった。

 その凍り付いた破片は、村が阿鼻叫喚に包まれる中、まったく溶ける様子を見せなかったという。


 この変については、騒ぎに起きた少年が昨日の件を語ったのち、高名なまじない師が祈祷することによって落ち着いたというが、完全に解決したわけではなかったようだ。

 数年から数十年おきに、不意に季節外れの氷が見受けられるときがあり、このときは大なり小なり、かつての変に似た事故が起きた。

 いずれも暑い暑い盛りのときに、氷の変はやってくる。ゆえにみなへ注意を喚起するための文句として伝わっているのだ。

 水は凍ってるか? とね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ちょっと触れただけでそんな事になるものを、壊して細かい破片にするのはもっと危ないんじゃないかと思っていましたが、想像以上に危険な事態が起こってて恐ろしかったです。祟られたんでしょうかね…。とても面白か…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ