『学校に残る重なり札』
今回は、学校の裏手にある「誰も近づかない倉庫の壁」に貼られた、お札のお話。
剥がれかけたその札は、何を封じていたのか――
少しずつ明らかになる、土地に刻まれた“重なり”の記憶。
静かに、確実に、迫る恐怖をお楽しみください。
夕暮れ。
旧校舎の裏手にある古びた倉庫の壁の前に、私は立っていた。
そこには、褪せた札がいくつも貼られていて、
その札は、風で少し剥がれかけていた。
種類の違う札が重なりあっていた。
一番上の札が今にも剥がれそうだった。
ユウが、何か言いかけてやめた。
「ねぇ……いや、……やっぱり、言えない……」
その場所から離れたつむぎと坂口くん。
話しながら歩いていた時だった。
風が吹き一瞬空気が変わった。
その瞬間だった――。
「つむぎ……あれ、見て」
坂口くんの声で振り返ると、
倉庫の前に、誰かが立っていた。
……いや、違う。
擦り切れた軍服。肩には穴が空き、古びた布が風に揺れていた。
錆だらけの自転車に乗ったその男は、
まるで何かに導かれるように、
重ね貼りされた札の前で動きを止めていた。
自転車のブレーキが、
キィィ……と軋む音を立てて止まり、
ペダルが、空転しながら、ガタガタと震えている。
でも、男は前に進めない。
まるで札に、道を塞がれているように。
――ヒラリ。
その時、一枚の札が風にあおられて、ふわりと落ちた。
「……あ」
男が、私たちに気づいた。
ゆっくりとこちらを向き、ユウを見て不気味な笑みを浮かべた。
「こっちにおいで。
自転車に乗せてあげるよ……」
彼の帽子の隙間から覗くのは、
目ではない、真っ黒な“穴” のようなものが、
帽子の奥にふたつ、ぽっかりと開いていた。
そして、ユウの足が動かなくなる。
「きみはこっちに来るべきだって、
知ってるよね?」
「なァァァアア……」
その声は、人の声ではなかった。
幾重にも重なる声帯が、ずれながら響くような異音。
背筋を這い上がる冷気とともに、空間そのものが歪んだ気がした。
私は、とっさにユウの前に立った。
「……危ない……!」
その瞬間、男は姿を消した。
だが、空気の中に、まだ“重さ”が残っている。
「ユウ……知り合い?」
私の問いに、ユウは答えなかった。
坂口くんがつむぎの方を見てこう言った。
「さっき、自転車に乗りながら、何か言っていた気がする」
「うん、私も聞こえたよ」
明日、同じ時間に確かめることにした。
ーーー次の日
あの自転車の男の人はいた。
小さな声で何か呟きながら自転車に乗っていた。
「……むす…….め……いない……」
つむぎと坂口くんはハッとする。
「娘を……探してる?」
そばにいたユウは黙ったまま、目を伏せた。
坂口くんが、そっと私に言った。
「つむぎ。ユウ……何か隠してるな」
そこから、私たちはユウのこと、この土地のことを調べ始めた。
わかったのは――
この学校の土地は、戦争末期、仮設病棟、火葬場、
……複数の施設が次々に建てられては消えた。
“重なり地”だったという事実。
あの倉庫は、かつて身元不明の死体置き場だった場所。
そして、札は「死者の声を封じるための最後の結界」だった。
私はそっと、ユウに聞いた。
「ねえ、ユウ。あの人って……」
ユウは聞こえないふりをしていた。
「ねぇ、成仏するってどういうことかな?」
「私……まだ、行けない気がする……」
ユウは空を見上げながら小さな声で話だした。
その言葉に、私は優しく答えた。
「成仏ってさ、幸せだったなって思えた瞬間、
一度この世から去っても、いいかなーって」
ユウは真剣に話を聞いていた。
「魂ってさ、また新しい何かになる。
生まれ変われる……わたしは、そう思ってる」
ユウは静かにうなずいた。
でも、ユウの目には、深く凍ったような哀しみが残っていた。
「つむぎ……ユウってさ、俺たちといるせいで
成仏したくないんじゃないかな?」
(学校から、ついてきたことないし……もしかしてユウって)
「坂口くんと一緒に調べよう」と決めた、まさにその瞬間――
壁に残っていた札の一枚が、
音もなく、ゆっくりと黒く焦げ始めた。
火の気など、どこにもない。
それなのに、まるで見えない何かが札をなぞるように、じわじわと焼け落ちていく。
パチ……ッ。
かすかな音とともに、
札は炭のように崩れ、ひらりと地面へ舞い落ちた。
空気が、急に冷たくなった。
何かが“始まってしまった”――
そんな予感が、背中を這い上がってくる。
(調べてはいけない……ってことだったのかもしれない)
――この話は、まだ終わらない。
「学校に残る重なり札」いかがでしたか?
国の所有する土地の中には、
いわくつきの場所が数多く存在すると言われています。
一度だけではなく、幾度となく“死者が重なった”場所。
その念が残り続ける時、
何を封じていたのか……それは、決して軽く触れてはいけない記憶。
次回は、20話。
ついにユウの“正体”と、“守護霊がいなくなる”ということの意味が明らかになります。
重ねられた声と、残された思いの行き先を、どうぞ見届けてください。




