『理科室の奥に、誰もいない手が動く』
今回は「理科室」を舞台にしたお話です。
白い手が、何かを探し続ける。
そんな、学校らしい怖さと少し切ない気配を描きました。
ゆっくりとお楽しみください。
理科室って、昼間でも少し薄暗い。
薬品のにおいと、古い木の棚の匂いが混ざっていて――
私は正直、あんまり好きじゃない場所だった。
でも、最近こんな噂を聞いてしまった。
「放課後、理科室の棚の奥で、白い手だけが動いてるんだって」
「何か探してるんだってさ。
目が合ったら、持ってるものを奪われるって……」
(それ、完全にアウトなやつじゃん……)
放課後。
教室に残っていた坂口くんとユウに、その話をした。
「持ち主を失った体の一部は、不安定だし厄介だ。
あまり関わらないほうがいい」
坂口くんは、無感情な声で即答した。
「でもさー、探し物してるだけなら話を聞いてもいいんじゃない?」
ユウはいつもの調子で、のんきに笑っている。
死んでるせいか、怖いものがなさすぎる。
「……まあ、無視できるなら無視するのが一番だ」
そう言いながらも、坂口くんは私の顔を見た。
(無理だなって思われてる……)
自分でもわかってる。
だって、いつも“見えちゃったら無視できない”から。
結局、私たちは理科室に行くことになった。
放課後の理科室は、想像以上に冷たい空気で満ちていた。
蛍光灯の明かりが、どこか頼りない。
……そして、音がした。
ガサガサ。
棚の奥で、何かが探るように動いている。
(いる……)
息をのんで、そっと近づいた。
薬品棚の隙間に、白く細い指が見えた。
人の手。でも、腕も肩もない。
ただ、手だけが――何かを探して動いていた。
「やっぱり本当にいるんだね……」
ユウが小さくつぶやく。
坂口くんは、表情を変えずに言った。
「持ち主の想いが残っているんだろう。
自分の証を、探しているんだ」
(証……)
私は一歩、手のほうへ近づいた。
棚の奥に、古びた名札が落ちているのが見えた。
「……もしかして、これを探してた?」
そっと名札を拾う。
その瞬間、白い手の動きが止まった。
「名前……探してたんだよね」
手は、ゆっくりと名札に触れた。
その指先が震えているのを見て、胸が痛くなった。
きっとこの手は、ずっと自分が誰だったのかもわからないまま、
ここに置いていかれたんだ。
「大丈夫。ちゃんと、見つけたよ」
そう声をかけると、手は名札をそっと抱きしめるように掴んで――
春の埃みたいに、ゆっくりと消えていった。
理科室の空気が、少しだけあたたかくなった気がした。
「……探してたんだね。自分の証を」
坂口くんが、ぽつりとつぶやいた。
「体の一部でも、想いは残るんだな」
「じゃあさ、今度私の手も誰かに見つけてもらおうかな!」
ユウが調子に乗った声で言う。
「成仏してからにして!!!」
思わず全力でツッコんだ。
──そんなこんなで。
今日もまた、“見えちゃうけど、無視できない”事件が、ひとつ終わった。
【次回予告】
『体育館倉庫に、動く人形が置いてある』
体育館の奥に並ぶ古い人形。
夜になると、少しずつ入り口に近づいているらしい――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
忘れられたもの、失われた名前。
それを探してさまよう想いは、ときにこうして“見えちゃう”形で残るのかもしれません。
次回は「体育館の人形」をテーマにしたお話を予定しています。
また違った怖さをお届けできればと思います。