第二十三話(2) 謎の本とこれからの話
「お前は遺物に出会える、俺は強いモンスターと戦える……win-winだろ?」
「なるほど……」
「それに、副統括長の退職届は出してきたからな」
「なるほど…………え?」
聞き捨てならないことが再び聞こえたような気がする。
ちょっと待って、副統括長を、やめた?
呆然とする俺の顔を見るなり噴き出したベルナーは、くしゃくしゃと俺の頭をかき乱してから、ポンと置いた。
「そりゃあ、副統括長なんて肩書きあったら、こんなダンジョン周遊なんてできねえじゃねえか。毎月1度はギルドの会議に顔ださないといけねえし」
そう言い、口を尖らせる。子供みたいなこと言うなこの人。
……ただ、どうやらこの本の持ち主はそれを織り込み済みだったようだ。
「でもベルナー、退職願は突き返されちゃったみたいだよ」
「は?」
今度はベルナーが呆然とする番だった。
なんと本の最後のページに、3枚の紙が挟まれていたのだ。
1枚は意外と綺麗な字で書かれた退職願。おそらくこれはベルナーが書いたものだろう。
もう1枚は辞令と書かれた紙。
そして最後は小さな紙に走り書きしたような文字の、手紙だ。
辞令にはベルナーを、冒険者ギルドの特任総隊長に任命する、というもの。
手紙には退職願とはまた違った、水が流れるような美しい文字で「ベルナーへ」と始まっていた。
「『君のお父様との約束で、王族に戻らない限りは面倒を見ることになっているんだ。最大限譲歩はしたから、これで許してくれ』だって」
「……はぁ……」
途端に、ベルナーは頭を抱えてため息をついた。
ちなみに手紙の下のほうには俺宛てのものもあり、『きっと暴走するだろうから、うまく手綱を握ってほしい』とあった。
やはり、アンはベルナーよりも1歩2歩どころか、30歩くらい前を進んでいるような気がする。二人束になってもこれは勝てないよ。
「まさかここで生まれが枷になるとはな……」
「まあまあ。でも帰ってくるのは年に2、3回で済むみたいだし、会議じゃなくてアンさんのところに顔を出せばいいみたい」
「あー……だが……ええ?」
まるで愚図る子供みたいに、眉間と鼻にしわを寄せるベルナーに、思わず噴き出してしまう。
「俺も調整屋のお店があるから、1年とかは開けるのは避けたいし、ちょうどいいんじゃない?」
「……お前が言うなら、仕方ねえか……」
なんとか言いくるめられたようだ。
ベルナーはこんなこと言ってるけど、人をまとめる能力はあるし、カリスマ性はあるから、約束があったとしてもアンも頼りにしたい節はあるのだと思う。
「じゃあ、これからどうするんだぜ?」
「そうだなぁ……」
足元にいたモモの問いに、うーんと考え込む。
調整屋のほうもなんとかしないといけないし、移動調整屋のものもいろいろと揃えたいし、ベルナーとモモと行くダンジョンの旅の準備もしないといけないし……
「いったん、家に帰ってから考えようか」
「わかったんだぜ!」
「ベルナーも。それでいい?」
「……おう」
まだ納得しきれていない様子のベルナーの手を引き、後ろからモモが押す。
調整屋のお店に戻ることにした俺たちは、ゆっくりと日が沈みかける大通りを進みはじめたのだった。
途中で買い物に寄ったせいで、お店につくころにはすでに空は随分と茜色になっていた。
肉串を食べて元気を取り戻したベルナーを先頭に、俺が最後尾で店に入ろうとしたとき、ふいに空に目をやるなり、胸がきゅっと締め付けられるような感覚になった。
「懐かしいなぁ……」
「カイン? どした?」
「いやぁ、王都の店から離れたときもこんな天気だったなぁ、と思って」
あのお店に未練はないし、王都にももうない。
でも、あのお店から離れたときから随分と人生が変わって、視野もひらけて、考えも変わっていった。
なんだか自分の過去が走馬灯のように流れてきて、つい懐かしくなったのだった。
って言っても、王都を出てからまだそこまでの時間は経ってないんだけど。
ベルナーは扉を開きながら、こちらを心配そうにうかがう。モモはもう店の中にはいったようで、姿はなかった。
「ベルナーには感謝してるよ。君が俺をここまで連れ出してくれてなかったら、視野が狭いままだった」
「へへっ、言うじゃねえか相棒」
「ただ、モンスターと会うたびに突っ込む癖はどうにかしてほしいかな」
「言うじゃねえか、相棒……」
そうして二人で見つめ合い、ハハハッと大声で笑った。
「ほら、とっとと作戦会議すっぞ」
「うん、わかった」
そうして俺はもう一度茜色の空を見てから、店の中に入った。
次に出会う旧文明の遺物はなんだろう。
次に行くダンジョンはどんなしかけがあるんだろう。
考えるだけで、心がウキウキしてくる。
――あー、楽しい!
考える時間も、動く時間も、楽しさで心がいっぱいになった。
まさか俺が冒険者になるなんて王国から出るまでは思いもしなかったし、汗水たらして体を酷使してダンジョン制覇しようとも思わなかった。
――意外と、やってみると楽しいんだよね……
運が良かった、というのは大きいが、みんなのおかげでやりたいことが新しく見つかったから、前より生活が充実していたりする。
武器調整屋をやっていたときよりも、なんだか幸せだった。
「おーい、カイン」
「はじめるんだぜ~!」
さっそく2階の居住部分に上がるなり用意が終わっているベルナーとモモの声がする。
「わかったってば!」
俺はその声に返しながら手元の本をぎゅっと握りしめ、るんるんと楽しい気分で、軽やかにベルナーたちの待つ2階へ向かったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!