第二十一話(2) 亡き第一王子!?
しかし周囲の人の驚きには目もくれず、ベルナーはリヒャルシをじっと見つめたまま、口角を上げた。
「それにしても、ずいぶん達筆だったな。誰が書いたんだ? あの通達書は」
「はっ! 私に決まっているだろう! だから妾の子は見る目がない」
「だとしたら、あの通達書は無効だ。ちゃんとした血筋のやつなら知ってると思うが、王族の血を引くものはこういった通達書を書くのは禁止されてるからな。……もちろん、令状もな」
「……え? じゃあ俺が王国を追放されたっていうのも」
「あいつが書いたってんなら、無効だ」
ベルナーがこちらをちらりと見て、仕方なそうに肩をすくめた。
記憶を思い返すと、見せられた営業停止と王国追放の令状は、めちゃくちゃ字が汚かった気がするし、たしか「私が書いた」みたいなことを、言ってたような、言ってなかったような……
「う、うるさいうるさい! 私が言えば、すべてはその通りになるんだから、そいつは王国追放なんだ!!」
「で、今度は招集しようとしていると」
「そうだ! 貴重な人材を招集して、何が悪い!」
「そもそもカインは、もう王国の人間じゃないから、王族の一声で招集することはできないがな」
ふるふるとかぶりを振り、ため息をつくようにベルナーは言う。
ただ、リヒャルシには聞こえていないようだ。……聞いていない、のほうが正しいかもしれないが。
「まったくお前は……昔から変わらず横暴な振る舞いばかりだな……。言っただろう、王族たるものそんな態度ではいけないと」
「私に説教をするな! 妾の血が入った汚らわしい王家の恥め!」
「あーあー、こんな風に育って悲しいよ」
泣き真似でもするように、ベルナーは目に手を当てる。
しかしすぐに不敵な笑みを浮かべると、ちらりと俺たちの後方に視線をやった。
「そもそも、貴殿から指名手配の依頼をされたとしても、我が国は承諾しかねるがね」
ふいに、そんな声が聞こえてくる。
俺たちもその方向を振り向くと、さっそうとこちらに歩いてくるアンの姿があった。
「あ、アンさん!?」
「時間稼ぎが間に合ったようで、何よりだ」
「や、災難だったようだね」
緊迫した様子だというのに、アンは以前出会ったときの飄々とした様子だ。
パッと見る限り、義足の調子も良さそうだ。
「次から次へと……この国は庶民がしゃしゃり出てくるのが好きなようだな……」
「おや。帝国の悪口かい?」
リヒャルシの舌打ちと独り言を聞き逃さず、アンはベルナーの前に立つ。
独り言というにはずいぶんと大きくて、俺たちにも十分に聞こえたけれど。
「そこをどけ。私はあの調整屋にしか用はないのだからな」
「断るに決まっているでしょう。私たちはあの調整屋を支援しているのだから。なぜ他国のあなたたちに渡す必要が?」
「もともとあいつは王国の国民だった! それ以外あるか!」
「今の彼は帝国の国民。その理由は通らないわ」
唾棄するような表情のリヒャルシに真っ向から反論する、笑みを浮かべるアン。
いや、アン強すぎないか……? アンが帝国の商業ギルドと冒険者ギルドの統括長とはいえ、相手は隣国の王子。そんな余裕そうにできるものなのか?
「ならば、力づくで奪いに行くしかあるまいな」
再び舌打ちをしたかと思うと、リヒャルシはついに腰に刺さった剣を抜いた。
…………あの野郎、またゴテゴテの装飾がついた見た目ばかりの剣を使いやがって。
どうせこの間のと同じで壊して終わるに決まっているだろ!!
「ベルナー」
「おう」
アンはその剣身を見るなりそれを見据え、普段よりも少し低い声でベルナーの名前を呼ぶ。
ベルナーはそれですべてを理解したのか短く返事をすると、すぐに俺たちのもとに駆けてくるなり俺たちを地面にしゃがませた。
「ねぇ、ベルナー……」
「今はとりあえず、なるべく地面に伏せておけ。飛ばされるぞ」
「飛ばされるんだぜ?」
モモが首を傾げる。俺もそれに追随しようと思ったが、前方からとんでもない量の風が吹いてきて、口を閉じて下を向いた。
嵐の日に匹敵する……なんならそれより強いくらいで、目が開けない。たしかにこれは、モモどころか俺たちが立っていたら飛ばされかねない。
ベルナーもアンたちに背を向け俺たちを風から守っているが、なんとか踏みとどまれている、といった具合だ。
ちりが舞い散り目が痛いが、なんとか薄目で前方を見る。
風の発生源は――アンだ。髪をなびかせながら、彼女は堂々と仁王立ちしていた。
「あれ? アンさんって、スキルは嘘か本当かがわかるものじゃ……」
この国に来たときに、そんなことを聞いた気がする。
でも今目の前にいるアンは、明らかに常人の力ではないものを使っている。
思わず呟いた俺に答えてくれたのは、ベルナーだった。
「アンはスキルが2つあるんだ。さすが、帝国の王族だよな」
「……ん? 王族?」
聞いたことがある。
基本的に人間はスキルを一つしか持たないが、どこかの国の王族の、その中でも選ばれた人間はスキルを2つ持つらしい。
いやでも、そうなると彼女は――
俺が答えを出す前に、アンは高らかに声を上げた。
「私の国民と私の護衛騎士に仇なさんとする行為、到底見逃すわけにはいかない。ここでちりと化すが良い!」
「ひ、ひぃいいいっ!!!」
リヒャルシの情けない叫び声が、風の中でも聞こえる。
彼は風にあおられたのか尻餅をついていて、一緒にいた護衛たちに背後から支えてもらっている状況だった。
そして、その下にはちょうど遺物が……
「アンさん! ちょっとだけ後ろ下がって!」
風の中なんとか大声で叫ぶ。聞こえたかどうか不安だったが、かすかに頷きが見えてアンが数歩後ろに下がった。
それを確認して、俺は地面に手を当てて調整スキルを使い、遺物をさっと使えるようにして魔力を込めた。
少女からもらった知識の中にあった。これは『ワープゾーン』という名前の遺物で、どうやら瞬間移動ができるようだ。
他に活性化されているワープゾーンに移動できるらしいが、どこに移動できるかはわからない。でも、少なくとも目の前からあいつらを消すことはできる。
大掛かりな設備だからか持っていかれる魔力は大きいけれど、調整スキルで魔力消費を抑えたのと、ジェシカの料理のおかげで回復していたおけがか、なんとか枯渇せずには済んだ。
辺りがかすかに青白く光る。
「なんだっ!? この青いのは!」
怯えるリヒャルシの声が届くが、聞こえなかったことにする。
向こうも俺の話、聞こうとしなかったからね。
「そりゃ!」
ひときわ強く、辺りが青白く光った。
「うわぁああああ――」
情けないリヒャルシの叫びがまた聞こえたが、途中でぷつりと消える。
それと同時に暴風も収まり、辺りが静けさに包まれた。
俺は魔力不足でふらつく体で立ち上がり、前方を見る。
――仁王立ちするアンの前に、あの男の姿はもうなかった。