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第一話(2) 温かい料理にありつきたい

 着火ボタンに焦点を当てて、再び魔力を流して構造を見る。

 コンロを見るときにもやろうと思えば着火ボタンの細かな構造まで見ることはできたが、そうすると自分の脳内に流れる回路が多すぎて原因がわからなくなってしまう。

 なので、まずは大雑把なところを確認して、ついで細かい構造を見ることにしているのだ。


 着火ボタン自体はシンプルな構造で、ボタン表面にある魔力を吸い取るためのシート、そして吸い取った魔力を回路に流す機構、最後に回路、の三段階。

 いま壊れているのはどうやら、一番目の魔力を吸い取る機構。

 どうやら長年使ったことでシートが擦り減り、手と触れる面積が極端に少なくなったことで、うまく手から魔力を吸い取れなくなってしまったようだ。

 このシート自体は普通の人の目で見えるわけじゃなく、魔力を意識的に使いこなす人じゃないと見えないものだから、マダムは気付かなかったのだろう。


「それじゃあ、こうすれば……っと」


『調整』を使い、まだかすかに残っているシートを薄く薄く延ばしていく。

 それをボタンの表面に出すことで手と触れる面積を増やし、魔力を吸い取る機構の応急処置の成功だ。


「こんな感じでどうでしょう?」

「あら、もうできたの? …………まぁっ!」


 ものの数分で処置したせいか、訝しげに俺を見るマダムだったが、コンロが無事についたところを見るなり、目をみはって嬉しそうに手を叩いた。


「ありがとう! これで無事に今日の営業ができるわ」

「どういたしまして。ただあくまで応急処置なので、明日にでも修理の人を呼んで、着火ボタンを直すか、新しいものに代えてもらってください」

「ええ、そうするわ!」


 そうしてマダムは「お礼に、温かいお料理をサービスするから、さっきいたところで待っててね」と言って、キッチンを忙しく動き始めた。

 邪魔になるのもよくないので、言われたとおりに席についた。


 ……のだが。


「イノシシ型のモンスターだ!!!!」

「はやく王都の中へ!!!」


 席に座って一息つくなり、にわかに外が騒がしくなる。

 しかも、モンスター、とな。

 王都の中ではほとんど聞かなかった単語に、焦りが募りはじめる。

 王都自体は結界魔法の使い手によって結界が構築されているので、基本的にモンスターが侵入してくることはない。

 数百年前に一度、結界がなんらかの理由で緩み、さらに同時に結界をものともしないモンスターの出現によって侵入した……と何かの本で読んだ記憶がある。


「王都の外に一歩出ただけでこれかぁ……」


 幸先がなんだか不安だ。

 しかし、どこぞのアホのせいで王都には入れない身だ。

 どうにか、王都に逃げ込む以外の方法で対処しなければ。

 俺はキッチンにいるマダムに「モンスター出たから王都の中に!」と叫びつつ、とりあえず外に出た。



 店の外に出ると、数十匹のイノシシ型のモンスターがこちらに向かってくる最中だった。

 街道には剣や弓矢、魔法銃、盾といった武具を携えた冒険者たちが各々待ち構えており、武器を持たない一般人と思しき人は皆続々と王都へ走って向かっている。

 残念ながら、俺に実戦経験はない。

 なのでひとまず、壁をよじ登って酒場の屋根の上にあがる。

 屋根の上には、偵察をしていると思しき男性が一人。


「あーくそっ! こんな暗くちゃうまく見えねえ!」


 長い癖毛後ろに一つで結んだ彼は、双眼鏡を眺めながら悪態をついていた。


「それ、ちょっとだけ触っていい?」

「わっ! なんだ突然……!」


 本当は何かを調整するときには事前に説明をしないとトラブルのもとになるのだが、緊急事態だ。何十分も説明していては、このあたりが壊滅するかもしれない。


「調整するだけ。ほら」


 そう言い男の持つ双眼鏡に触れ、魔力を通す。

 ざっと構造を確認するに暗視機能はついていない様子。そりゃこんな夜に遠くの景色が見えるわけがない。

 とはいえ、調整スキル自体は何かを新しく追加することはできない。

 なので、いったんレンズ部分をちょっと調整して、取り込む光の量を極端に多くしてみた。


「これでどう?」

「は? っと、おおっ! 向こうが見えるようになった!?」

「微調整できるから、もし要望があったら言って」

「……あんたもしかして、カインか!」


 双眼鏡から手を離して男の顔を伺うと、彼は目を見開いてこちらを見ていた。

 暗くてよく見えていないけれど、なんだか見覚えがあるようなないような……


「あ、もしかして顧客の人だった?」

「いや、店に行ったことはないんだ。ただ詳しい人から話を聞いていてね」


 なんだ、気のせいだったか。


「それで、どう? 双眼鏡の使い心地は」

「あーっと……もう少し光絞れるか? 逆に眩しすぎて目がチカチカしちまう」

「オッケー」


 もう一度双眼鏡に触れ、言われた通り取り込む光の量を少し絞るように調整する。

 すると、男はサムズアップで応え、すぐに街道で構える冒険者たちに大声で指示を出し始めた。


「さて、と……」


 今から街道に出て武器を調整することもできはするのだが、男の指示内容をかいつまむ限り、もうそろそろモンスターがやってきそうだ。

 となると十中八九邪魔になるだけなので、とりあえずは屋根で待機して、何か要望がでたら対応しよう。


「…………ふう」


 ため息をつくと、ぐ~、とお腹から音がする。

 結局酒場では何も食べられていないし、キッチンから漂う美味しそうな匂いは嗅いじゃったものだから、空腹が余計に刺激されてしまっていた。


「はやくあったかいご飯が食べたい……」


 思わずため息がもれてしまう。

 そんなため息は、やがて大きくなり始めた、何十匹ものモンスターが土を蹴る音にかき消された。

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