第一話(1) 温かい料理にありつきたい
夕方に店を出て、王都を出てすぐのところにある商業街道に着くころにはすでに、辺りはすっかり暗くなっていた。
さすがに夜移動をするわけにもいかないので、今日は商業街道の宿に泊まり、明日の朝から移動を始めることになる。
王都の外とはいえ王都のすぐそばということもあって、大きめの酒場や豪華な宿屋がいくつもある。
ひとまず、腹も減ったし酒場で飯でも食おう――そう思い、空いてる酒場に赴き、意気揚々と席に着いたのだが……
「ごめんね~お兄さん。かまどの火の調子が悪くてねぇ……」
「あー、なるほど……」
メニューを持ってきくれたマダム曰く、温かい料理が軒並み作れないとのことだった。
どんな料理があるのかざっと目を通すと、ステーキやスペアリブといった冒険者に大人気のガッツリしたものから、タンク職の人が好んで食べるポテトやナゲット、神官など菜食主義の人が食べやすいスープまであるのだが、すべて温かいメニューだ。
残念なことに、いまこの酒場で出せるのは、葉物系のサラダのみ。
だからか。
こんな酒場としてはめちゃくちゃ稼ぎの時間だってのに、人が全然いないのは。
百人はゆうに入りそうなとんでもなく大きなワンフロア。
たくさんある机だけでなく、奥にはカウンターみたいなところもあり、そこで調理を見ながらご飯を食べられるのだろう。
しかし、どこもかしこもすっからかん。
いるのは、葉物のサラダを丁寧な所作で食べる神官のみ。
その数も片手で収まる程度だ。
まず、夜の酒場の雰囲気ではない。
「もし温かい料理が食べたいのなら、他の酒場さんところ行ったほうがいいと思うんだけど……」
「ん~、そうですねぇ……」
心配そうにこちらを見るマダムを前に、考える。
たしかに、とっととガッツリしたメニューにありつくには、他の店に行ったほうが良いというのはその通り。
だが、こんな酒場の稼ぎ時、みたいな時間はどこもかしこも混んでいるだろうから、今いったとて1、2時間は食べるまで待ってしまうかもしれない。
俺も明日は冒険者ギルドに朝から行って護衛を頼まなきゃいけないから、なるべく早めに宿に帰りたい。
けど、夕飯には温かい料理が食べたい…という俺の欲もある。
少しの間考え込んで、出た返答が――
「ちょっとお伺いしたいんですが」
「なんだい?」
「このお店のかまどって、魔道具ですか?」
「あぁ、そうだけど」
「なら俺、応急処置くらいならできると思います」
「本当かい!」
マダムは目をみはって喜ぶ。
「ただ、魔道具を修理するわけではないので、応急処置を終えたらなるべく魔道具修理のプロに直してもらってほしいんですが」
「いや、応急処置でも助かるよ! 明日の朝にならないと修理の人は来ないからさ!」
そう言うなり、マダムはたいそう嬉しそうに、バンバンと俺の肩を叩く。
ちょっと痛い。
さすが酒場で大量のビールを一気に運ぶ訓練を受けてきた人の力だ。
「じゃあ、ちょっと見せてください」
俺はマダムの手をなんとか避けながら立ち上がると、マダムに案内されてキッチンの奥のほうへ向かったのだった。
キッチンは、フロアに比べると小さいものの、それでも俺がやってたお店に比べると大きな、十数人が一斉に動いてもまったく妨げにならない程度の大きさがあった。
壁には冷蔵庫や保存用の棚が並び、中央にはおそらく食材を切ったりする用の作業台が置かれている。
そのそばには何台ものコンロがずらりと並び、冷蔵庫とは反対の壁にはロースト機などの大きな機械があるものの、そちらは今は稼働していない。
ずいぶんと静かなキッチンだった。
「このコンロがねぇ、全然動かなくて……」
そう言いながら、マダムはコンロの着火ボタンを押すが、その上の炎が出るであろう場所にはなんの変化も見られない。
「それじゃ、ちょっと触らせてもらって……」
俺はコンロに手を置き、目をつむる。
すると、リリーの杖を直したときと同様、コンロの構造が見えてきた。
着火ボタンとその隣にある消火ボタンから回路がそれぞれ伸びていて、コンロの真ん中に置かれている石へと向かう、わりと単純な構造だ。
このコンロは、不安定な魔力が込められた石が入っており、着火ボタンを押して微量の魔力を消費して石に振動を与えることで、石が蓄えられた魔力を炎として発散させる、といった機序で動いているらしい。
ちなみに火を消すときは消火ボタンを押すことで再び微量の魔力が石に行き、石の魔力放出を抑える、という動きだ。
回路は良好。
途中で寸断していたり、壊れていたりする場所はなく、綺麗な回路だ。
わりとコンロの見た目自体は油汚れなどがあったから、使っていくうちに回路が壊れてしまったのかと思っていたけれど、意外とそうでもないのかもしれない。
つまり問題は、石にあるか、ボタンにあるか、だ。
「この中にある石って、いつぐらいに交換しました?」
「たしか……1週間前くらいになるかなぁ」
「なるほど……ちなみにコンロが動かなくなったのって、いつですか?」
「昨日の営業時間までは無事に使えてたから、今日の昼頃くらいかねぇ……」
となると、石に問題がある……というのはなかなか考えづらくなる。
石が不良品で、1週間も経たずに魔力がなくなる……というのは考えられなくはないが、基本的こういった石は1ヶ月くらいは保つし、俺が今見ている限りでも、魔力が枯渇しているようには見られない。
間違った種類の石を入れてうまく作動しない、という可能性もあるが、昨日までは使えていたということを考えると、それも考えにくい。
となると問題は、着火ボタンにある可能性が高くなる。
試しに着火ボタンを押してみる。
「……当たり!」
こういった普段使いするものは、本当に微量の魔力しか使わないように設計されているので意識を研ぎ澄ませないとなかなか魔力の消費というのはわからない。
しかし、いま着火ボタンを押したところで、魔力が消費されている感覚は微塵もない。
つまり、着火ボタンが故障してしまったことが原因だろう。