プロローグ(1) 馬鹿にはわからぬ、このスキル
この世界にいる人間は、スキルと呼ばれる能力を必ず一つ持つ。
人並み以上の力が出せる《強力》や、遮蔽物の向こうをも見渡せる《透視》、人間の能力を超える圧倒的な速さで移動できる《超速移動》、魔法をバカスカ撃てる《魔力上昇》などなど。
多種多様なスキルを持つ人間がいる中で、例外ではなく俺もスキルを持っている。
《調整》
それは戦士の斧や剣士の剣、猟師の銃、魔術師の杖などの武器や、魔法で動く魔道具に触れることでそのものの状態を知り、さらにその武器や魔道具に良い効果や悪い効果を付けることができる、鍛冶スキルだ。
スキルを使う際に使用する力――魔力を込めてそれらに触れることで、一定時間どんな能力でも付与することができるスキルである。
ダンジョンを冒険している間、剣の耐久性をかなり上げて壊れにくくしたり、魔術師の杖の効率性をあげて、魔法の威力をあげる手助けをしたり、結界を生成する魔道具の強度を上げて結界強度を強くしたり……と。
それなりに冒険者界隈の中では有用なスキルだ。
……強いて言うなら武器に触れないと能力を発揮しないのと、武器に付与したとて持ち主の技量がなければその効果を実感しづらい、というのはあるかもしれない。
「お前のやっていることは、詐欺だ!!!!!!」
「…………はぁ?」
目の前に現れた客を見ながら、俺はその後者の欠点を再認識することになった。
◇ ◇ ◇
王都の端のほうでこぢんまりとした武器屋を営む俺――カインは、『武器を作らない武器屋』として少しだけ有名だ。
たしかに武器は置いてあるが、これは常連客がダンジョンや廃墟などで拾った武器を置いていくだけ。そもそも売り物ではない。
俺の仕事は武器の状態を調べて、その武器にできる範囲で能力を付与することなのだ。
武器は作らないがこのスキルがある程度知られているおかげで、俺は今日もこの王都の端っこで無事に生活できている。
「魔法の出力が不安定?」
「そうなのよ……この間ダンジョンに行ってから、ちょっと調子が良くなくて……」
とある夏の夕暮れ。
俺が店を開けると、並んで待っていた魔術師の女性、リリーがそう言った。
彼女が手に持つのは、大人の男性よりも少し大きいサイズの杖。先に青い宝石がつ
いている上級者仕様だ。
「ダンジョンで無茶とかしました?」
「…………」
「正確に答えてくださいね」
「…………しました……」
「それが原因かもしれないですね」
ちょっと杖を貸してください、と俺が言うと、リリーはしょんぼりと項垂れながら手渡してくれた。
俺は目を瞑り、杖を水平に持つ。
少しだけ自身の中から魔力が消える感覚がすると同時に、杖の中にある構造が見えてきた。
この杖は、杖の表面から魔力を吸い取り、上部にある宝石で魔力を現象に変え発射する構造だ。
しかし何やら、杖部分と宝石部分を繋ぐ回路がおかしい。
普通は魔力の通る太い一本の線が見えるはずだが彼女の杖にはそれがなく、細い線が何本も見えている。
リリーは魔力をたくさん込めて魔法を大量に打つタイプの魔術師だから、回路が疲弊して壊れてしまったのかもしれない。
目を開けると、リリーが心配そうにこちらを見てくる。
「ど、どう……?」
「おそらく、杖の中の魔術回路が損傷しています。こればっかりは直すことができないので、新しいものに買い替えることをお勧めしますが……」
「あちゃー、やっぱりそう? でも今日からダンジョンに行かなきゃいけないのよ……」
「なるほど……」
ふう、とため息をつく。
となると、慣れていない新しい武器で行くより、慣れ親しんだ武器を強化して行くほうがよいかもしれない。
俺は再び目をつむり、杖に魔力を込める。
そして、杖内部の細い線の耐久を強化していった。
ぐぐぐっと体から先ほどよりも多くの魔力が消えていく感覚があり、魔術回路の細い線が少しだけ太くなる。ある程度まで太くなったのを確認してから、俺は目を開けて杖を彼女に戻した。
「これで、ダンジョンの冒険一回は耐えると思います。ただ応急処置ですから、戻ってきたらすぐに新しい武器に替えてくださいね」
「ありがと~! さすがカインちゃんね」
「ちゃん付けはやめてくださいよ……あ、お店の裏庭で試し打ちしてから行ってくださいね」
「りょ~かい、お代はここに置いておくわね~!」
リリーは手をひらひらと振って、さっさと店から出ていく。少しして、裏手でドコンバコンと大きな音が聞こえてきたから、きっと無事に武器が使えているのだろう。
「さて、と」
そんな攻撃音をバックに、俺は店の外に出てうーんと一つ伸びをした。
空を見ると、もう夕方。
基本的に冒険者たちが来るのは朝か昼が多く、夕方以降はあまり来ない。時折緊急で夜に来ることはあれど、本当にごく稀。そのときは
「そろそろ閉めるかぁ」
そう思い軒先に置かれた、客たちが置いていった武器を仕舞っていると、この辺りには似つかわしくない大声が聞こえてきた。