第二話
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次の日。カダはクロに午前中だけ休みを願い出て、里の外に来ていた。
『私が一度花屋に行って話を聞いてみよう。その内容をトアに伝えれば、自分で花屋に行く時に話をしやすいだろう』
崖のところまで来てカダは荷物からロープを取り出すと、それを近くの木にくくりつけた。
『この崖は下から登るのは不可能だが、上からならロープをつたえば下りられる。私1人でも外に出られるようになれば、皆に迷惑をかけずに済むだろう』
結び目の強度を確認してカダは崖を下り始める。元兵士として鍛えていたこともあり、慣れた手つきでスイスイと下りていく。
『これなら簡単に下まで行けそうだ』
三分の一ほど崖を下りてカダが少し安心した時。
ピリッ
頭上で嫌な音がした。
見ると少し離れたところでロープが切れかかっている。
「そんな……なぜ………」
考える間もなくロープは切れ、体が落ちていく。崖の岩肌に体を傷つけられながら死を覚悟した瞬間。
ふわっと体が何かにくるまれる感覚があった。
「………糸?」
見慣れた糸が体を包み、上へと運んでいく。上がっていった先にはイザナがいつもの無表情に少し焦りをのせて立っていた。
「間に合って良かった」
「………イザナ殿。なぜここに………」
カダはイザナの前に降ろされ、体の傷を確認される。
「かなり深い傷もある。すぐクロの所に行こう」
そのままカダは里まで運ばれた。
クロの家に連れて行かれると、心配したクロが家の前で待っていた。傷だらけのカダを見て青ざめている。
「イザナ。すぐに家の中へ。シロ!布団を用意してくれ!」
2人に手早く指示を出すと、クロは治療の準備を始めた。
「骨は折れてないようだな。でも右腕と胸の傷が深い。シロ。薬を取ってくれ」
カダを布団に寝かせ、テキパキと傷にあわせた治療をしていくクロ。
「カダ。止血のために包帯を強く巻くぞ。痛みがあるが我慢してくれ」
そう言うと、クロは出血の酷い部分に包帯を目一杯力を込めて巻いていく。
「これでひとまずは大丈夫か」
「………すみません。布団を汚してしまって………」
やっとカダが口を開いたと思ったら、大怪我そっちのけで布団の心配をしている。
するとクロが大声で怒鳴った。
「………バカ!そんなこと、どうだっていいんだよ!」
黒い瞳から大粒の涙がポロポロ溢れてくる。
その様子を見て、シロがポンポンと背中を叩いた。
「………カダの様子がおかしいから気をつけてやってくれって、クロがイザナに頼んだんだよ」
シロの言葉を受けて、布団の反対に座っているイザナが説明を続けた。
「珍しく午前中休むと言ってきた様子がおかしかったってクロに相談されて、昨日のことがひっかかってたからカダを探してた。そしたら1人で里を出たって言うから嫌な予感がして追いかけた」
表情も口調もいつも通り無感情のようで、少しの不安と安堵が含まれている。
「カダ。あの崖は細かな刃のような隆起が沢山あって、ロープを垂らせば切れるし、体を沿わせれば傷付けられる。そのおかげでうちの里はずっと守られてきたんだ」
イザナの説明を聞いて、カダは自分がどれだけ浅はかだったのかを思い知った。
「それに帰りはどうするつもりだったの?下からじゃロープは結べない。いつも冷静で慎重派のカダらしくない行動だ」
カダは返す言葉もない。
落ち込んで黙っていると、少し落ち着いたクロが語りだした。
「お前が里に来た時、すごく心配したんだ。糸が使えないことを。ウォンイは長になるという役目を与えられたしチヤもいる。でもお前は寄るべが何もない。苦しい思いをしないようにと、せめてもの気持ちで色々な仕事を教え込んだんだが、それが逆にお前を苦しめてしまったんだな。本当にすまなかった」
まだ瞳に溜まっている涙が今にも落ちそうな顔で、クロがカダの手を握る。
その手の震えに気づいた時、カダはとんでもないことをしてしまったと後悔した。
「クロ殿……その様に自分を責めないでください………私はクロ殿のおかげで里での生活に生きがいを見つけられたのに………」
クロに感謝を伝えたいのに、起こしてしまった行動の前ではどんな言葉も無力だった。
「とりあえず傷が治るまではうちにいなよ。ほら、クロも。いつまでも泣いてたらカダが休めないでしょ。カダ、ひとまず怪我のことをみんなに伝えてくるから、ゆっくり寝てなよ」
シロがクロを連れて家を出て行く。イザナも「困ったことがあれば呼んで」と言って後に続いた。
ショックと混乱と傷の疲労で、カダは何も考えられないまま気づくと眠りに落ちていた。
カダ負傷の知らせを聞いてツギハが慌ててクロ達の家に行くと、なぜかシロが家の前で待っていた。
「何しに来たの?」
いつもの飄々とした雰囲気ではなく、冷たい空気を醸し出してシロがツギハに問う。
「何って!カダが怪我したって聞いたから!」
「それならきちんと治療したから大丈夫」
「え、いや、でも、大怪我って聞いたし」
「今は疲れて寝てるから邪魔しないで」
「で、でも、看病とか。一応同居人なんだし」
「カダには俺とクロがついてるから」
一刻も早くカダの顔が見たいのに、シロは扉の前で腕組みして一向に通してくれない。
「なんなんだよ!こんなに心配してるのに!なんで会わせてくれないんだよ!」
「カダが悩んでることにも気づかなかったのに?」
氷の様な一言がツギハの心を刺す。
「悩んでるって?え?」
「カダはずっと悩んでたんだよ。周りはみんな糸が使える中で、自分がここにいてもいいのかと。役に立ちたくて必死に自分ができることを探して。お前は誰よりもカダの近くにいたのに、カダの苦しみに全く気づいてなかったんだな」
シロは怒った顔をしているわけでも、声を荒げているわけでもない。でもその言葉からは激しい怒りが感じ取れた。
「好きだなんだと言いながら自分のことしか考えられないなら、1人で勝手に恋愛ごっこしてろよ。カダはうちで面倒見るから2度とこの家に近づくな」
それだけ言うとシロは家の中に入ってしまう。目の前で閉ざされた扉を見て、ツギハはただその場で立ちすくんでいた。
怪我が治るまで、カダはクロの家で世話になることになった。
最初は恐縮して家に帰ろうとしたカダだが、クロが「こんな怪我してるお前をほっとけるわけないだろ」とまた泣き出しそうだったので言われるままに留まるしかなかった。
クロの謝罪のせいでしばらくは気まずそうにしていた2人だが、シロのサポートや一緒に生活をしていく中で徐々にお互いの罪悪感を乗り越えていった。
「あ!カダ!また料理しようとしてんな!まだ動くなっつってんだろ!」
「しかしクロ殿!もう傷もほぼ完治してますし、いくらなんでも過保護が過ぎます!またチヤ様に怒られますよ!」
「う!チヤのことは言うな。小さい頃はあんなに可愛かったのに………なんであんなに強くなっちまったんだよ」
「いいことではないですか。クロ殿もいつまでも保護者気分でいてはダメですよ。少しは私達にも頼ってもらわないと」
「う〜。嬉しいんだけど、寂しいなぁ」
「いい加減、子離れしてください」
罪悪感を乗り越えるどころか、すっかり気心の知れた親友のようになってしまった2人をシロは嬉しそうに眺めている。
ちなみに療養中に沢山の人が見舞いに来てくれたのも、カダの心を軽くした。
チヤとウォンイはカダが目覚めるなり駆けつけてきた。
「カダのバカー!死んじゃうとこだったんだよ!」
「本当に!お前は!何を考えてるんだ!」
チヤは大泣きしてカダに抱きついたため「怪我人に何してるの」とシロにひっぺがされ、ウォンイは泣きそうな顔でカダに説教したため、珍しく「いいぞ!もっと言え!」とクロに応援された。
「すみません。お2人に心配をかけてしまって………」
「本当だよ!何ウジウジ悩んでんのさ!糸なんか出せなくてもカダが一緒に来てくれただけで僕たちは十分なのにさ!なんでそんなこともわからないのさ!」
「いい加減その頭のかたさを何とかしろ!1人で何でもかんでも抱え込みおって!私達はそんなに頼りないか!」
やいやい責め立てる2人にカダはひたすら謝るしかない。
流石にこれ以上は身体にさわると判断したシロが、適当なところで切り上げて2人を家から追い出した。
トアとセンは見舞いの品を山ほど持ってやってきた。
「ほんっと〜に、トアがごめんね。コイツがアホな質問しなければカダを困らせることなんてなかったのに」
「いや、トアは純粋にアドバイスを欲しがっただけで」
「そんなん自分で考えればいいんだよ!色ボケしやがって!結局里に咲いてる花を持ってったらしいし。まあ、それで喜ばれたみたいだから良かったけどさ」
「そうなのか?」
トアに聞くと、恥ずかしそうに頷いた。
「そうか!それは良かった!里の花とは思いつかなかった。やはり自分の想いを込めて考えるのが一番なのだな」
嬉しそうにするカダに、センははぁっとため息をつく。
「カダはいい人すぎるよ。まあ、そこがいいんだけどさ。あ、薪の件はこれ以上高く積むなって目印つけといたよ。あんまり高く積むのも単純に危ないしな」
「本当は俺たちがカダが困らないか気づけたらいいんだけど、なかなかわからなくてさ。だから困ったりこうして欲しいってことがあったら何でも言ってよ。カダが1人で悩んでるのは俺たちだって嫌だからさ」
トアの言葉にカダは泣きそうになる。
目が潤むのを見て、「あ〜。もう、そんな泣かなくたっていいよ」と2人は背中をさすってくれた。
イソラとイザナは何でもなかったかの様にひょっこりやってきた。
「調子良さそう。安心した」
「イザナ殿には本当に感謝してもしきれず……」
「ああ〜。もうそういう堅苦しいのはいいって」
深々と頭を下げようとするカダをイソラが止める。
「誰だって考え過ぎたり間違ってしまうことはあるだろ。助かったんだから良かったじゃない」
「うん。気にしなくていい」
考え過ぎたりしなさそうな2人に言われても説得力がない気もしたが、カダはいつも通りな2人に肩の力が抜ける気がした。
「あ、でも、お礼をくれるなら漬物がいいなぁ。元気になったらまた作ってよ」
「うん。それがいい」
明るく漬物を強請ってくる2人に笑いそうになりながらも、自分の作る物を喜んでくれることに純粋な嬉しさをカダは感じていた。
すっかり傷も癒え普段通りの生活を取り戻したカダだが、一つだけどうしたらいいかわからないことがあった。
『なぜツギハは顔を出さないのだろうか?』
初っ端にシロに追い返されて以来、ツギハはクロ達の家に近づいていない。
あのシロがあそこまで拒絶したということで、里のみんなもこの事に関しては余計な手出しはしないようにしていた。
『馬鹿なことをした私に呆れているのかもしれない。それなら家には帰らないほうが良いのだろうか。そろそろクロ殿達の世話になるのも申し訳なくなってきたのだが……』
う〜んと悩みながらも散々1人で抱え込むなと言われたカダは、持ち前の真面目さを発揮して周りに相談することにした。
「家に帰っていいか悩んでる?」
相談先として選ばれたのはクロだった。
「はい。ツギハが全く顔を出さないのは私に呆れてしまってるからかと思いまして。それなら一緒に住むのはやめたほうがいいのかと」
クロがチラッとシロの方を見る。シロは何も知らないよと言わんばかりにシレーッとしていた。
「う〜ん。うちはずっといてくれても構わないんだが。まあ、一度家に行ってみたらどうだ?ツギハの気持ちを聞かない事には決められないだろ」
いつもは説教役のクロだが、シロがこれでもかというくらいツギハを突き放したので今回はサポート役にまわっている。
「そうですね。1人で悩んでいても仕方ない。今から家に行ってみます」
決めたら即行動でカダはさっさと出て行ってしまった。相変わらずだなぁとそれを見送りながら、クロはシロの隣に移動する。
「なんでまた、今回は説教役にまわったんだ?」
「………俺がクロを泣かすヤツを許せるはずないだろ」
分かりきった答えが返ってきたことにクロは満足する。そのままコテンと頭をシロの肩に乗せて寄りかかった。
「あの2人、どうなると思う?」
「さあね。ツギハが根性見せるかどうかじゃない?」
カダが家に着くと、ツギハはちょうど帰宅した所だった。外からカダの声がするので「会いた過ぎてついに幻聴まで聞こえだしたか」と扉を開ける。
すると本人がいたためにツギハは完全に動きが止まってしまった。
「ツギハ。良かった。家にいたか。話があって来たんだ」
久しぶりの声。久しぶりの匂い。久しぶりの姿。
思わずツギハはカダを抱きしめる。
「ツギハ?どうした?」
ギュッと力を入れたところで、ハッと気づいて手を離した。
「ごめん!傷は?痛くなかったか?」
「ああ。もう大丈夫だ。すっかり治った」
ホッと胸を撫で下ろすツギハだが、次の言葉にまた緊張が走る。
「なぜ見舞いに来てくれなかったのだ?」
ツギハは答えられない。シロとの会話を思い出して顔が歪んだ。
それを見たカダはまたあらぬ方向へ勘違いをしていく。
「やはり呆れているのだな」
「へ?」
「私が勝手に思い悩んで皆に迷惑をかけたから、呆れているのだろう?だから見舞いにも来なかったのか?」
カダの推理にツギハは開いた口が塞がらない。
「それなら一緒に住むのも無理だな。たしかまだ空き家はあったはずだから、そこを整備して使わせてもらおう。まだしばらくクロ殿達の世話になるのが申し訳ないが」
「ちょ、ちょっと待って!」
ツラツラと勝手に話を進めていくカダに、ツギハが懸命にストップをかける。
頭の中には酔って言ってしまった「好き」の顛末がよぎっていた。
『あの時、俺が逃げたからこんなことになってるんだ。今を逃したら2度とカダに好きって言えなくなる』
「見舞いに行かなかったのは、俺が自分を許せなかったからなんだ」
「?どういういことだ?」
予想外の答えにカダはどう反応していいかわからない。
「お前が周りの役に立とうと、自分の居場所を作ろうと必死だったことに気づかなかった自分が許せないんだよ。1人で悩んで苦しんでるお前を助けられなかった。だからお前に顔向けできなかったんだ」
「それはお前が責任を感じる事じゃないだろう。私の問題だ」
その言い方にツギハの中で何かが切れる。
「責任を感じたいの!俺が背負いたいの!里に行くのを怖がってた俺の背中を押してくれたのはお前なんだから!俺もお前を助けたいの!」
一気に言い切って息を切らしているツギハに、カダの嬉しそうな声が返ってきた。
「………そうか。そこまで思ってくれていたのか。私ももっとお前を頼るべきだったな」
やっと想いが伝わった。ツギハはそう思ってカダを抱きしめようとした。のだが……
「だが、お前がそこまで恩に感じることはないんだぞ。お前を助けたのは、私にとっても救いになったのだから。お互いに助け合うのは大切だが、私のためにと考え過ぎないでくれ」
カダは穏やかな笑みを浮かべているが、対するツギハは絶望に打ちひしがれていた。
『ダメだ。やっぱりコイツには、キチンと言葉にしないと伝わらないんだ………』
意を決してツギハはカダの肩を掴む。
「俺が酔っ払って言ったこと覚えてるか?」
「?ああ。たしか、好きだとか。気づいてくれとか」
「………あれは俺の本音だ」
ここまで言っても、まだカダの頭にはハテナが浮かんでいる。
「………俺は好きなの!お前が!恋愛的な意味で!」
言葉の意味がわからず首を傾げていたカダの顔が、急に真っ赤になる。
「な⁉︎は⁉︎え⁉︎」
「お前は強いって言ってくれた時からずっと好きなの!もう、その首傾げるポーズもクソ真面目な性格も勝手に突っ走るところも、何もかも全部好き!だからお前のことなら何でも背負いたいの!全部俺の物にしたいの!」
吹っ切れた果ての怒涛の告白に、カダは混乱してひたすら反論してしまう。
「わ、私は男だぞ!」
「知ってるよ!それ言ったらあんたの主人やシロ達のことはどうなるんだよ!」
「私はクロ殿やチヤ様のように美しいわけでも魅力があるわけでもないし!」
「可愛いわ!俺の中じゃ、お前が世界で一番可愛いわ!」
「せっかくの混血のお前が血を繋がなくてどうする!」
「知るか!俺は子供作るために生きてんじゃないんだよ!子供よりカダが欲しい!」
「………なんで私なんだ………」
泣きそうになりながら聞いてくるカダに自分自身を愛して欲しくて、ツギハは優しく頬に触れる。
「………お前だからだよ………」
そのまま唇を近づけていく。
………が、すんでのところで止まった。
「………なんで目閉じないんだよ!」
「目?なぜ?」
「なぜって、キスする時は普通閉じるもんだろ?」
「………キス⁉︎」
キスの2文字を聞いた途端、カダはツギハを突き飛ばした。ツギハは盛大に尻餅をつく。
「ダメだ!ダメだぞ!婚姻前の男女が、キ……キスだなんて!」
「いや、男女じゃないけど」
「は!それを言うなら、交際中の身で同じ家に住むなど言語道断!やはり私は一緒には暮らせない!すぐに空き家を使えるか確認してこなければ!」
それだけ言い残してカダは風のように走り去ってしまう。残されたツギハは1人、カダの言葉を思い返していた。
「え?結局一緒に住めないの?」
混乱した頭は、だが、大切なフレーズは聞き逃さなかった。
「………って言うか交際中?つまりオッケーってこと?」
あー!と叫びながらツギハはその場で大の字に転がる。
「俺、なんであんなめんどくさいヤツ好きになっちゃったんだろ」
そう呟く顔は、どこか晴れ晴れとしていた。




