綺麗とか可愛いとか言われるより、面白いって言われる方が嬉しい。 9
由香里はもう既に出店を楽しんだ後なのか、周りには興味を示さずに目的地に一直線。俺も食にはあまりこだわりもないし、賑やかな雰囲気も興味がないので、立ち止まろうとは思わなかった。
「ここが更衣室だぞ」
由香里の案内で、すぐに更衣室に辿り着いた。
「本当は一組の子しか使っちゃいけないんだけど、紅は特別にご招待だ」
生徒の総数を考えると、あまりに狭くてすっきりしている更衣室だと思ったら、ここはなにやら特別な場所らしい。
「一組?まだクラス分けされてないだろ?」
「あれ?もしかして例の高等部の新入生?」
「そうだ」
「へ~珍しいな。ウチが言った一組は、中等部の時の一組だ。中等部も高等部と同じように選ばれし十人だけが一組なんだぜ。その一人がウチよ」
「お~~」
由香里があまりに誇らしげに言うものだから、俺も思わず感嘆の声を上げて拍手した。
ロビーを埋めるほどの人数の中の選ばれし十人だ。巧に言われたときはくだらないと思ったが、なんかすごい気がしてきた。
「一試合目も二試合目も全勝。特に二試合目は同じ一組のクラスメイトに勝ったから、もう一組は確定だぜ」
「すげーじゃん。遅刻してきた俺とは大違い」
「ホントだぞ。紅のことは気に入ったから、同じクラスになりかったけど、二回も不戦敗じゃ望み薄だな。それに――紅、弱いだろ?」
「おう。学園で一番弱い自信があるぜ」
「弱いって言われて、自信満々な紅が好きだ!」
すふん!と鼻息を立てて、胸を張る由香里。
少なくとも茜や巧よりは気持ちいい奴だ。あいつらも優しい奴ではあったけど、俺とは気が合わないだろう。
「それで――紅の相手は?」
「えーっと……」
俺は強引にポケットに入れた紙を見る。
急いでくださいとは言われたが、時間は少し余裕がある。その下には対戦相手の名前が書いてあった。
「――真希・トウミッド」
言うと、由香里の顔はみるみる青ざめていった。
「なにかまずいのか?」
「ままま、まずいってものじゃないぞ!真希は学年一の成績で、一番強い!ウチら、一組の中でも飛び抜けて、無敗の女王なんだ!」
「へ~~」
「へ~~って、不戦敗、不戦敗なんだぞ!その次に、真希だなんて……これじゃあ、六組確定だ!」
「別にいいよ、六組で」
「え、いいのか?」
「うん」
「じゃあ、いっか」
「うん」
由香里は気が抜けたように、更衣室の椅子に座る。天を仰ぎながら、溜息をつきながら微笑んだ。
「あははっ!やっぱり面白いぞ、紅は。ウチも含めて――この学園には力に囚われている人が多いからな。ただ強さに真っ直ぐな奴がいれば、強さを誇示する奴もいる。強さに嫉妬する奴もいれば、強さによって腐った奴もいた。紅は――どれにも当てはまらないな」
「俺は自由気ままに人生を送ってるからな。強さとかどうでもいいんだ」
俺が強いことは俺が一番知ってるしな。
強さに固執することもない。強さなんて楽しく遊んでれば、簡単に手に入れられるもんだ。強さは自分自身のモノ。俺は母さんが好きだが、母さんの力に憧れたこともない。強さに嫉妬とか、ありえない。
「さて――更衣室に来たんだ、着替えなくちゃいけないだろ?教えてくれ」
「もちろん。学園行事っていっても、本気で戦わなければ意味がない。だからこういう時は、勇者部隊から高機能スーツが支給されるんだ」
「え………それってまさか――」
「結構着心地いいんだぞ。ウチなんか、病みつきになって盗もうとしたくらいだ。ま、見つかって、懲罰を食らったがな!」
俺の想像しているものと一緒なら、どうしても着たくない。制服のままでも戦えるなら戦いたい。あれを着るのは………滅多に芽生えない俺の羞恥心が花咲いてしまう!
「ん、そろそろ時間だろ?紅!勝つのは無理だろうけど、健闘してくれよ!」
「あ、ああ……応援してくれ」
「おう!もちろんだ!」
そして俺は、戦闘服が入っているロッカーを開けて、肩を落とした。
―――――
第二試合の結果を報告して、最終試合の時刻と対戦相手の書かれた紙を貰い、メインアリーナの観戦席へやってきた。そこには早くに二試合目を終えた茜さんと巧くんが待っていた。
「お疲れ!碧くん!」
「お疲れ様、碧くん」
「ありがとう、茜さん、巧くん」
「すごかったよ!まさか二組の子に勝っちゃうなんて!凄いね、あの……壁?なのかな?」
「まあ壁だね。透明な壁」
「いい神技だね!」
「ありがとう」
僕は一試合目、二試合目共に完勝。
防御壁は初めての相手にとても有効だし、それに大した相手じゃなかった。見た限り僕より強い人もなかなかいないし、この学園でも結構やっていけるかも?
「二人はどうだったの?僕、自分のことばっかで試合見れてなかった」
「私は勝ったよ!相手と相性がよかったし、一組として負けられないからね」
「俺は負けた。同じ一組に由香里さんって女子がいるんだけど……負けた」
途端に、巧くんの表情は暗く、俯き、肩を落とす。
クラス振り分け戦はたった三試合しかない。もちろん結果だけではなく、試合内容でも評価される。しかし負けは負け。どれだけいい試合をしても、負けという評価は覆らない。たった一敗でも、一組を目指す者にとって、それはあまりにも重い。
「ま、由香里ちゃんなら仕方がないよ!次、戦った時に勝てばいいよ。ほら、落ち込まない」
「分かってるよ。でも悔しいじゃないか。中等部の時から、トップ3が変わらないなんて。由香里と当たることになって、今度こそ!って思ったんだけどな~」
巧くんは力の抜けた自然な笑顔を見せた。
それが気になった。
「不安はないの?二組になっちゃうかもしれない――って」
「ないよ」
二人にクラスを聞いた時と同じ。
一組に入るなんて当然。見ているのは、誰に勝つか、誰に負けるか。彼にとっては、振り分け戦で絶対勝てる相手と戦うより、実力が拮抗している相手と戦った方が有益なんだ。全ては自分の強さのために。
「すごいね、僕は勝つことしか考えてなかった」
三勝すること。相手なんて誰でもよかった。
すごい、この学園で真に強い人は意識から違うんだ。
「振り分け戦はそれでいいと思うよ。碧くんは初めてだし。でも俺たちは中等部でも一組だったから、その分の評価も含まれてるんだ。ちょっとずるいけどね」
「そ、だから私たちは勝つことよりも、どう勝つかを考えられる。二組以下の人たちは必死に勝ちを求める中、これは一組の特権だね!」
「その分、一組が他の組の誰かに負けると、その分、振れ幅大きく評価が下げられる。その逆で、一組に勝った人は高く評価される。こっちからしたらたまったもんじゃないけど、強いから仕方がないって言われると、それはそれで嬉しいんだ」
「巧は理不尽に喜ぶタイプだもんね~」
「変態みたいに言わないでよ……」
「巧は虐められるのが好きなんだもんね~」
「変態みたいに言わないで!?」
強い故の理不尽。
それすらも楽しめてしまうメンタリティ――巧くんや茜さんの話を聞けば聞くほど、まだ僕は強者じゃないと思い知らされる。いつか二人のように強くなりたい。いつか母さんのように強くなって、母さんのようになりたい。
「どうしたの?碧くん」
茜が僕の顔の前で手を振って、不思議そうにこちらを見ていた。
どうやら考え込んでしまったようだ。
「い、いや!僕ももっと強くならなくちゃ――って思って!」
「そうだね、俺たちはもっと強くなる。碧くんとも切磋琢磨出来たら嬉しいよ」
「そうだね!目指せ、三人で一組!」
「おー!」
「おー!」
僕は恵まれている。
学園に入学してまだ一日で、こんなにいい友人に巡り合えたのだから。これは次の試合も気合を入れて、アピールしないと。絶対、二人と同じクラスになって、勇者部隊へさらに一歩踏み出すんだ!
『これより、第三試合を開始します!順次、指定された時間内にメインフロア入場口に集合してください。それでは選手を呼び込みます。第一エリア――燈火・ルイレッド……』
アナウンスが鳴り、ゾロゾロと観客席に人が集まってくる。
アリーナは三つに区分されて、左から第一コート――と決められている。一つのコートの広さは横が約二十メートル、縦が二十六メートルの、幅のある長方形。一対一の闘いじゃ、あり余るほどの広さだ。
観客席は三つのコート全体を見渡せるように、高く作られている。
僕らが今いる場所も、第三コート寄りだが、第一コートの様子も見られる。様子だけで、詳細なことは分からない。
「そういえば、紅ちゃんは来なかったね」
人生の今後を左右するクラス振り分け戦なのに。
もう最終戦開始アナウンスが入ったのに。
姉さんは、名前を呼ばれてもアリーナに入場することもなく、僕の前にすら現れなかった。自分勝手で、自由奔放なのは知っているけど、外の世界に出てみるとそのだらしなさが顕著に表れた。
「まさか振り分け戦に出ないなんて思わなかった。この学園で腐っている人はたくさん見てきたけど、それでも僅かな希望を求めてここに来る。不戦敗なんて前代未聞だよ」
「せっかくかっこいいのに………」
「でも俺はちょっと気持ちわからなくもない。上に絶対的な才能がいるのは……ましてやそれが弟なら、落ち込むかもね」
違う。
それだけは違う。
逆だ。
それは逆なんだ。
僕にとって、絶対的な才能って言うのは――
「姉さんは……別に腐っている訳じゃないんだ。そういう性分というか……人が必死にやっていることに興味がなかったり、最初に興味があった物にも過ぎ飽きたり――気まぐれなんだ」
でも――唯一、姉さんが飽きないものがあった。夢中になってしまったものがあった。僕はそれを切り離すために、ここに連れてきたんだ。
『第三コート――真希・トウミッド、紅・ファニファトファ、入場してください』
姉さんの名前が呼ばれた。
しかしあの人は来ないだろう。クラス分けにこだわりなんてない、談笑する僕たちのことを冷ややかな目で見ていた姉さんが来るわけがない。
「ねえねえ、碧くん!」
茜さんが僕の肩を強く叩く。姉さんへの杞憂を一時停止させる。
「ど、どうしたの?」
「ほら、アリーナ見て!第三コート!」
言われるがまま、僕は真正面にある第三コートを見下ろした。遠くからでも艶とまとまりが分かるほど綺麗な髪、スレンダーな体格で女子なら誰もが憧れるスタイル、そして僕と似ているのに情熱的な顔立ちのその人を、僕は見た。
予想を裏切られ、期待を膨れ上がらせる。思わず笑みがこぼれる。
「姉さん!」
喜びで思わず叫んでしまった。お姉ちゃん大好きっ子みたいになって恥ずかしい。
短剣二本で手遊びをしながら、第三コートへ入場する姉さん。冷やかしではない証拠に、しっかりと勇者部隊の制服を着ている。姉さんのあの格好は、二度と見られないかもしれないから目に焼き付けておこう。
「――――って」
ふと見えた姉さんの顔――腹に一物にあるような、にやけ顔に寒気がした。
「ああ、嫌な予感がする」
「うん、相手が真希ちゃんだからね。あの子はこの学年で一番強いんだ」
「不戦敗から、真希さんの相手は……ちょっときついね。実力差がありすぎる」
「ああああ、物凄く嫌な予感がするよ!」
敵が強ければ強いほど……ああ、僕の学園生活、終わったかもしれない。
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