とりあえず、碧に気の合う友達ができてよかった。 6
円加お姉さんの運転とお喋りのおかげで、あっという間に目的地に着いた。碧はお姉さんのトンデモ具合に若干引き気味だったが、俺は結構この時間を気に入っていた。窓の外を見ているより、彼女と話していた方が退屈しないで済んだ。
「さ、ここが白梅学園。勇者を育てるためだけに建てられた学園よ」
車は芝に囲まれた道を行き、キャンパス内に入る。
ビル群のように建物が密集している訳ではなく、横にも縦にも長い施設が、三つ。その一つは、外で見た王城と変わりないくらい派手な建築物で、それこそが俺たちが通う白梅学園高等部の校舎だ。残り二つは初等部と中等部の校舎。その他にも高いビル(時計塔のような作りで、ビル群にあったような無機質なものじゃない)が建っていたり、ドームがいくつか建っていたりしている。
「とうちゃ~く!」
円加お姉さんは敷地内にある駐車場に車を停めた。
「わざわざありがとうございました」
「お礼なんていいわ。私は君たちとこうして話せただけで幸せだった。咲も元気だって分かったし、なんか世界が明るくなった気分!」
思わず、くすっと笑ってしまった。
碧は俺のことを『母さんを縮めたようなもの』と言った。それを踏まえて、俺が円加お姉さんと友人になりたいと思ったってことは、母さんも――そうだったんだろうなあ。
俺たちはスーツケースを持って、車から降りる。
爽やかな風と揺れる芝の音が出迎え、俺のさらさらな髪の毛がベールのように揺れた。おい、シャッターチャンスだぞ。売れば大金だぞ。
「おーい、お母さーん!」
円加お姉さんに連れられて、駐車場を出ると、手を振りながらこちらに走ってくる少女と、彼女の後ろを追いかける少年がやってきた。
少女の髪は円加お姉さんと同じ赤色で、長さはロング。少年は黒髪で碧と同じくらいの髪の長さをしている。どちらも白いワイシャツの上に黒いブレザーを着て、ネクタイを着用。少女は赤いチェックのスカート、少年は紺色に赤いチェック柄のスラックスを履いている。あれは白梅学園高等部の制服だ。
「お母さん。遅いよ、どこ寄ってたの?」
「お疲れ様です、円加さん」
「おーお疲れ様。待っててくれたのね、二人とも」
「お母さんが駐車場の傍で待っててって言ったんでしょ!」
少女は片頬をぷくーっと膨らませて、ジト目で円加お姉さんを睨む。
円加お姉さんのことを『お母さん』と呼んでいたので、二人は親子なのだろう。仕草が似ている。
「そうだ、丁度いいわ!茜、この二人に敷地内の案内を頼みたいの」
「二人?」
茜と呼ばれた少女は、首を傾げながら俺と碧を見た。すると眼を見開いて、口をポカンと開けて、溜息をつきながら、俺に向けて言った。
「綺麗……」
「そうだと―――」
「やっぱりそうよね!流石、私の娘ね!見る目があるわ!」
なんでお前が喜ぶんだよ。
せっかく『そうだとも、そうだとも』とドヤ顔をしながら、髪をかき上げて、一番美しい俺を見せてやろうと思ったのに。
「円加さん、それで、この二人は誰なんでしょうか?案内ってどういうことですか?」
少年が聞く。
「おっと――そうそう、紹介しないとね。こちら、紅ちゃんと碧くん」
「紅・ファニファトファだ。よろしく」
「碧・ファニファトファです。紅の弟です。よろしくお願いします」
「ちなみに、私の娘と息子よ」
「違うだろ」
「違います」
「お母さん!それアリだよ!私、綺麗なお姉ちゃんと可愛い弟が欲しかったの!」
さすが親子だ。
円加お姉さんは俺たちが咲・ファニファトファの子だから、と理由は何となく分かるのだが、娘の方に至っては面識なく関係もない俺たちを姉弟にしようとしている。親が奇人なら、子も奇人か。
「で、こっちが私の娘の茜と、茜の友達の巧くん」
「茜・ツキカゲだよ。よろしくね」
顔つきは明るく、母譲りで胸も大きい。制服だからはっきりと体のラインは見えないが、きっとスタイルもいいのだろう。背丈は俺より小さめ。女子の標準的な身長だ。
「巧・アガシャです。よろしくお願いします」
彼は落ち着きのある顔つきで優しそう。背丈は俺たちよりも高く、体つきは制服越しには分からないが、かなり鍛えてると思う。
「二人は双子なの?」
茜が俺たちに質問する。
「そうですよ。顔、似てますか?」
「うん、似てる!でも男子と女子だから、そっくりじゃないかも」
幼少期の時はよく間違えられたものだけど、男の骨格と女の骨格は違うからな、しょうがない。
「それで――なんで円加さんがこの二人と?」
「それがね、巡回の途中で魔物が出たって報告があって、すぐに向かったら二人が魔物を倒していたの。でね、聞いてみれば、ここの高等部の新入生だったから連れてきたってわけ」
「えー!新入生なの?珍しいね!それに魔物を倒したってすごい!」
「いやいや、学園にもまだ入学していない人が魔物と戦ったら危険だよ。俺たちでもまだ戦闘行為は禁止されているのに」
「いいじゃん!見たところ、怪我もしてないみたいだし」
「そういう問題じゃないんだよな……怪我する危険性があるからダメなんだ」
「ぶ~~」
茜は唇を突き出して不満を表す。可愛いけど、あざと過ぎるな。不採用。この表情だけならいいけど、声を出してしまうところがわざとらしい。
「まあ魔物に関しては私が注意したから大丈夫よ」
注意している途中で泣き始めたがな。
「で、お母さんは私たちに案内を頼んだわけね」
「そう、本当なら私は二人とずっと一緒にいたいんだけど、まだ仕事が残っているのよ」
それを聞いて、碧は息をつき、安心した様子を見せた。俺は円加お姉さんとのお喋り楽しかったけど、碧は積極的なラブコールに困惑していたからな。
「それじゃあ、お願いね。紅ちゃん、碧くん、またね。今度、お家に来て。シチューご馳走してあげるから!」
ピクンと俺と碧の体が『シチューを御馳走』という言葉に反応して、震えた。
「はい!」
そして一番に碧が元気よく返事をした。
俺もそうなのだが――碧の大好物は、シチューだ。母さんの作るシチューは絶品で、子供の頃からよく食べていた。
そのシチューを指定してきたということは、俺たちの扱いを――もとい母さんの扱い方を分かっているという事だ。実際に釣れない態度をとっていた碧が、一番に餌に飛びついたのだから。
円加お姉さんは一生懸命、無邪気に手を振りながら、車に戻っていった。
エンジンをふかして、ハンドルを切り、車は出発する。窓越しに円加お姉さんは何かを叫んでいたが、叫んでいる事しか分からなかった。俺は適当に「ばいば~い」と手を振ると、両手を上げて喜んでいた。
あぶねえよ。
「それじゃ、学園まで行こうか。案内するよ!」
茜が胸を張って言う。それに碧が礼をする。
「よろしくお願います」
「任せて!あ、全然ため口でいいからね。私たち同学年だから」
「そうなんですか?」
「うん、今年から高等部一年。中等部からの進学だがら新入生って感じではないんだけどね」
「じゃあ、さっき茜さんが『新入生?珍しいね』って言ってたのは――」
「そう、高等部に上がるほとんどの生徒は中等部出身なの。だから二人みたいな、高等部から新しく入る人は少ないよ。いないって訳じゃないけどね」
「一般的に、ブラックエリアで生まれた子供が初等部に入学するんだ。勇者の子には神力が宿る。ここには勇者しかいないからね、ほぼ全員に入学資格があるんだ」
巧が茜の説明に付け足した。
「時々、別の都市の学園から転向してくる人がいるけど、二人はそういう訳じゃないもんね」
「うん、僕らが勇者育成機関に入るのは、白梅学園が初めてだよ。ずっと田舎の学校に通ってたんだけど、勇者だった母さんがこの学園を勧めてくれたんだ」
「……ブラックエリアじゃないってことは、父親は普通の人?」
「巧、そういう詮索、よくないと思うよ」
茜の指摘に、自分の質問がデリカシーのない事だと気がついた顔をする巧。碧も自分の父親には思うところがあるので、その質問に笑顔にはなれなかったが、うまく取り繕った。
「いや、大丈夫だよ。僕らの父さんは勇者じゃない」
「ごめん。普通、勇者はブラックエリアで過ごし、余生を終えるから、少し気になったんだ。別に力を持っている人をバカにしている訳じゃない」
「ほら~巧のせいでちょっと変な空気になっちゃったじゃん」
「だから、ごめんって」
それにしても、つまらん。
なんだこの世界一、つまらない会話は。
「そういえば碧くんって神技を持っているの?」
「あ!それ、私も気になる!」
「持ってるよ」
「やっぱり!碧くんって神力多いよね。見ただけでわかるもん」
「そっかな~」
褒められて、頭を掻きながら照れる碧。
やばい、弟がつまらない人間に見えてきた。碧は弟で対等な存在なのに、あんなつまらない話題で盛り上がっている所を見ると、思わず見下してしまう。まるで大都市の風景みたい。
俺は無意識の内に歩幅を狭く、彼らの後ろを歩くようになった。
神力やら神技やら。
まあ意味は分かりますよ。そりゃね、俺もその類の力やら技を使ってますし。でも俺はあんまりその呼び方好きじゃない。背伸びしている感じがして嫌だ。等身大でさ、俺の得意技って言った方が可愛げがあっていいだろ?そりゃ短くて統一感があった方が楽だけどさ。
溜息をつく。
付き添いだからな、我慢しよう。楽しそうな碧が見られるだけで、価値があると思え。そうじゃなきゃ、俺がここに来た意味がないからな。
あーあ、魔物でも出てくれねえかな………出るわけないか。ここは勇者の街だ。
「ねえ……ねえ!姉さん!」
「ん?ああ、なんだ?」
舗装された歩道に混じった小石を踏みつぶしながら歩いていると、碧の呼び声で顔を上げる。すると、俺を覗き込むように見る碧、茜と巧が立ち止まってこちらを向いていた。
「話、聞いてなかったでしょ?」
「もちろん」
「全く、姉さんは……クラス振り分け戦の話をしていたんだ」
「振り分け戦?なんだそれ」
言うと、茜と巧は「嘘!?」と驚愕し、碧は呆れて溜息をついた。
「入学手続きの時、話してたでしょ?」
「知らん。聞く価値のない話は聞かないんだ」
「聞くべき話だよ――クラス振り分け戦。名前の通り、高等部に入るにあたって、どのクラスに割り振られるかを決める試合をするんだ。明日に!」
「ふ~ん」
「ふ~ん、じゃないよ、紅ちゃん!振り分け戦は学園行事で一番大切って言ってもいいだから!」
紅ちゃんって……少しむず痒い。
「全部で六クラス。実力順で振り分けられていって、一番上の一組はたった十人しか入れないんだ。そしてそのクラスによっては今後、勇者部隊にはいる時の配属先に関係してくる。まずは一組に入ること――それを目標に皆、戦うんだ」
巧の語る表情は真剣そのもの。茜もちょけてはいないようだ。彼らにとって、その振り分け戦は人生に関わるものなのだろう。それは多分、碧にとっても。
でも俺は絶賛反抗期なんだ。誰もが大切なモノを、ないがしろにしたくなる。
「そっか、じゃあ三人とも頑張れよ」
「頑張れよって……紅ちゃんは頑張らないの?」
「当然。俺はどんなクラスでも構わないのだよ。勇者部隊に入りたいわけでもないし。ただ自分勝手に、自由気ままに人生を送れれば、それでいい」
「じゃあ、なんで紅さんはここに来たんだ?小さい頃から勇者になることを宿命づけられた俺たちとは違う。自分の意志でここに来たんじゃないのか?」
俺は返答に困って、うなじを掻く。
真実は『弟の付き添いで学園にやってきた』なのだが、ここでそれを言えば、碧は侮られるかもしれない。お姉ちゃんが着いて来なければ、学園に来られない弟――なんてレッテルを貼られるかもしれない。
そういう気遣いもできるようになった、紅ちゃんです。
でもこういう時に、取り繕うのは嫌なんだよな――――
「そうだな……人類のために頑張ってる勇者ってやつを小馬鹿にするため、かな」
「え――」
「は――」
「姉さん!」
「俺は、人を見下せるなら、率先して見下す質なんだ。俺には沢山の選択肢があるが、君たちには――宿命?があって選択肢がない。それは可哀そうなことだ。本当に――可哀そうだ……」
母さんは稀に、勇者だった時のことを話してくれた。
碧はその話をよく気に入っていた。母さんの話は英雄的で、幼い少年心をくすぐられたのだろう。子供の頃から「僕は勇者になりたい」と夢を語っていた。
俺は母さんをかっこよくは思わなかった。別に胸打たれる内容じゃなかった。それよりも俺は母さんの表情に目がいった。
あの顔は忘れられない。母さんは表情豊かだ。基本的に笑っているけど、いっぱい怒るし、いっぱい拗ねる。でも勇者の話をする時は、仮面をかぶって取り繕っていたけれど、俺には無表情に見えた。
人それぞれ。
そう言ってしまえば、それまで。
俺は碧のことを否定したいわけじゃない。
でも勇者になることは、不幸になりたいと思っている愚者にしか思えない。だから俺はそんな奴らを見下している。憐れんでいる。
「姉さん!言っていいことと悪いことがあるよ!」
碧の怒号を無視して、俺は続ける。
「俺の中にも勇者部隊も選択肢の一つに入っている……まあ、可能性は低いけどな。流れに身を任せて、感情のままに生きる――それは短絡的な人生かもしれないが、脳無しのお前たちのような人生よりは、よっぽどマシだ。俺は無表情な人生を送りたくないんでな」
そして俺は一人だけ、歩き始める。
「案内はいいや。学園の位置は分かるから。あとは一人でどうにかする。碧は二人と一緒に、色々巡ってくるといい。じゃあな~」
三人の中央に割って入ると、全員が気を使って、俺に道を開けてくれた。覇王のようで、気分がいい。学園に来た理由なんてどうでもいいから正直に答えたけど、碧に怒られたのは失敗だったな。ありゃあ、後でグチグチ言われるぞ~。
あと一つ気に食わないことがあるとすれば――あの二人が、言い返して来なかったことか。あいつら、無自覚に俺の事、見下しているな。