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俺はキスしてやってもよかった。 4

「君たち!」


 俺が碧の疑念の目に肩身狭くしていると、すぐ傍から俺たちを呼ぶ声が聞こえた。超ファインプレーと思いながら、声の方へ振り返ると赤髪ショートのお姉さんが小走りでこちらに来ていた。


「は?」

「な―――」


 俺たちはその女性の格好を見て言葉を失った。


 ちょこまかと意匠がついている薄く青い外套を羽織り、内側には体のラインがもろに出る黒い全身スーツを股関節のラインまで着て、足にはタイツ。腰当や胸当てなどの防具も装着していて、外套のせいで分かりづらいが、腕には籠手が装備されていた。一番下はブーツを履いている。

 その服自体、俺たちにとっては刺激的なのだが、防具を着てもななお分かる豊満な胸だ。ていうか、防具の下から揺れている。なんちゅう状態じゃ。


「お姉ちゃん、自信無くしちゃう」

「元々ないでしょ」

「それは自信が?それとも胸が?」


 思わず俺は自分の平らな胸を触り、女としての敗北を認めた。


「君たち!君たちが魔物を倒したの?」


 お姉さんの声は迫真で、怒りも見え隠れしていた。碧は思い当たることがあるのか、お姉さんから目を逸らしたが、俺はお姉さんの言葉の含意まで分からないのであっけらかんとした。


「ええ!もちろんですとも!俺たちが倒しましたよ?えー倒しましたとも」

「なんでいきなり開き直っているのさ、姉さん」

「え?なんか怒ってそうだったから」

「僕らは今、怒られているの!」

「なんで?化物倒してやったんだぜ?褒められても、怒られる義理はないだろ?」

「そういう事じゃないんだ。本来、僕らが倒す必要がなかったんだよ」

「だったら先に言えよー怒られちゃったじゃん」

「姉さんが飛び出したんでしょ!?」

「お前だって『助けなきゃ』って言ってたじゃん!」

「……んぐっ!で、でも……」

「あはは!お姉ちゃんの勝ちー!あっはっはっは!」


 俺たちのやり取りを見て、お姉さんは頭を抱えた。


「大人に怒られている自覚があるなら、その態度はないでしょう……君たち」


 え、僕も?みたいな顔をする碧。もちろんお前もだろ……みたいな顔する俺。そして俺たちの態度に頬を膨らませるお姉さん。ちょー可愛んですけど。今度、俺も真似しよ。


「もう!分かってるなら、なんで戦ったの?危ないでしょ」

「見て見てーお姉さーん!ほらほら、傷一つないよー」

「私、注意しているのよ。なんで煽るようなこと言うの?」

「ふふん。煽られていると感じるのは、そちらの器が小さいからなのでは?」

「それは完全に煽っているわね!」

「ご、ごめんなさい。うちの姉さんが――」


 碧は俺の自慢の髪の毛をくしゃくしゃにしながら、無理矢理頭を下げさせようとしてきたので、直立不動の構えをとって抵抗した。


「ね、姉さん!」

「弟よ、男は本当に悪いと思った時にだけ頭を下げるもんだ」

「姉さんは女だよ!今回に限っては悪いって思ってよ、お願いだから!」

「化物を倒して文句を言われる筋合いはない。長いものには巻かれないタイプのお姉ちゃん」

「本当にそういう厄介な所だけ、母さんに似たよ!」

「あっはっは!誉め言葉だー!」


 俺は笑いながら、一応お姉さんの様子をうかがう。こんなに弟と楽しくじゃれ合っていたら、流石のお姉さんも顔を真っ赤にして怒っているのだろう――と思ったが、予想外のことが起こっていた。


「おい……碧。お姉さんを見てみろ」

「そんなことより頭を下げてって――なんで?」


 碧ですらも唖然とする。

 お姉さんは俺たちを見つめて泣いていた。ツーッと頬に涙を流し、これ以上流すまいと口元に力を入れて我慢している。眉を歪ませて、崩れた顔をしていてもお姉さんは美しかった。涙が似合う女ってわけだ。俺とは違う。


「あ、君たち……君たちってもしかして――ねえ、名前を教えて?」

「紅」

「碧です」

「下の名字は?」

「ファニファトファ」 


 俺たちの名字はファニファトファ。もちろんこれも母さんからの贈り物。大事にしないといけない名字なのだが、まあ、なにせ言いづらい。


「――――!」


 お姉さんは俺たちの名字を聞いて、手で口を押えた。涙は大粒に変わる。鼻を鳴らし、嗚咽を鳴らす。俺と碧は顔を見合わせて、頭にクエスチョンマークを浮かべた。


「ねえ――さき……咲は元気?」


 震える声でお姉さんはそう聞いた。俺はその質問でおおよその状況を理解した。


「元気だぞ。そりゃもう、自分のガキ相手に戦って、勝って大笑いするくらいに元気だ」


 咲・ファニファトファ。俺たちの母さんの名前だ。

 お姉さんは母さんの古い知り合いなのだろう。俺たちの顔や立ち振る舞いを見て、母さんの面影を感じて、泣き出した。そんなところだ。


 母さんは昔、俺たちがこれから行く学校に通っていて、過去最高と言ってもいいほど優秀な成績を修めた……らしい。咲という名前を知らない者はいない、とも言っていた。それを裏付けるように、入学手続きの時も、俺たちは豪奢な部屋に連れていかれたほどだ。


 しかし咲・ファニファトファは悪名だ。

 母さんは国の研究所をぶっ壊して、追われる身となった。母さんが俺たちにそう告白した時のことを思い出し、再現してみよう。


「あっはっは、派手に戦ったら研究所ぶっ壊しちゃった!それで母さん、逃げてきたの!あっはっは!」


 だ。

 本人は全く気にしていない。母さんが気にしていないのなら俺も気にしない。碧は気にしていたけれど。

 そういう事情も含めて俺は言った。


「よく母さんで泣けるな」

「姉さん、僕は一周回って尊敬するよ。姉さんはどんな状況でも姉さんなんだね」

「褒めても俺があげられるのは、愛だけだぜ?」

「皮肉で言ったんだよ……度々すいません」


 碧はぺこりと頭を下げると、お姉さんは涙を拭いて、穏やかに笑った。


「いいの、いいの。なんか咲と喋ってるみたいで嬉しい。本当にあなたたち、咲の子供なのね――こんな形で咲に会えるなんて信じられない」


 なんかもう母さんが死んだみたいな言い方だな。いや、このお姉さんにとっては二度と会えないという意味で、母さんは死んだのも同然だったのかもしれない。


「母さんとはどんな関係だったんですか?」


 碧が聞く。


「ああ、ごめんなさい。まだ自己紹介がまだだったわね。私は第三勇者部隊隊員の円加・ツキカゲ。咲とは同じ学生時代の友人よ」

「へ~母さんに友人なんていたんだな」

「それに関しては僕も否定しずらいところだけど……物言いだけは注意しようよ。目の前に母さんの友人だって言い張っている人がいるんだから、そんな事は言っちゃだめだよ」

「お前の言い方の方が棘があるだろ」

「だって母さんに友人なんているわけないじゃん。姉さんには僕がいるけど、学生時代の母さんにググはいなかったんだから」

「それじゃあまるで俺に友達ができねえみてえじゃんか」

「姉さんなんて母さんを縮めたみたいなもんでしょ?姉さんが母さんに抱いている印象が、外から見た姉さんの印象だよ」

「むむむ……母さんに似ているって言われるのは嬉しいけど、釈然としない」


 俺たちのやり取りを聞いて、円加・ツキカゲは「ふふっ」と穏やかに笑う。


「碧くん、大変そうね」

「分かりますか?」

「ええ、分かるわぁ。学生時代はね、咲も紅ちゃんみたいにひねくれていて――」

「ひねくれてない。俺は真っ直ぐだ」


 俺は真っ直ぐに反抗的なんだ。


「咲はあんまり人に深入りするタイプじゃなかったけど、でもかなり友好的だったわ。あの性格だから言っちゃいけないこと、やっちゃいけないこともして周りを困らせていたけど、学内じゃとびきりに人気があったのよ。その分、妬み嫉みで嫌う人もたくさんいたけどね。誰と接しても態度が変わらないから、咲のことを友人と勘違いする人も多かったわ」


 早口で語った。


「じゃあ、円加お姉さんもその一人――」

「私はちゃんと咲から親友だって言ってもらったわ!」


 大きな胸を張ってそう言った。


「ねえ、碧君!さっき魔物と戦っている時だけど――」

「あ!す、すいませんでした!でも力を持っている以上、人を助けるのは当然かなって思って」

「それはもういいの!」


 いいのかよ。

 せっかく碧がかっこいい言い訳したのに。


「そんな事より、碧君の戦い方って咲のでしょ?」

「え?ああ、はい。そうです。見てたんですか?」

「最後の方を少しだけね。久々に見たから、気が付かなかったけど、咲の息子なら納得だ!んん~~なんで一目で分からなかったんだろう!悔しい~~!」


 テンション高いな……


「ねえ、お願いなんだけど、今から私と手合わせしてくれない?咲と戦うの好きだったの!」


 なんでそうなるんだよ。

 脈絡がなさ過ぎて、この要求が冗談なのか、冗談じゃないのか分からなくて、顔半分は作り笑い、半分は無表情になってるよ。

 器用ね、うちの弟。


「紅ちゃん!」


 碧の返事を待たずに、円加お姉さんはグリンと、首を一回転させる勢いで俺へ顔を向けた。


「な、なに?」

「うん!見れば見るほど、咲にそっくり!猫みたいな目元、薄くて艶やかな唇、サラサラな黒い髪――ああ、触りたい」


 ハァハァ……と息荒く、俺の髪に触れようとする手をわなわなと震わせながら、のしっのしっと一歩ずつ、こちらへ近づいてくる。

 俺は碧のように相手の意味不明な言動で動揺しない。こういう時は、逆に相手を動揺させてしまえばいい――


「キスしてやってもいいぜ」

「――――――」


 円加お姉さんの足が止まる。それと共に鼻息が俺の顔にまで届くくらい長くなった。


「わ、わわわわ私は!ひ、人妻よ!」


 だからなんだよ。

 女とキスだぞ?浮気にも不倫にもなんねえだろ。完全にいかがわしいものだと思ってる証拠じゃねえか。


「ででで、でも!さ、咲と――咲とキスなんて……念願の、念願のき、きす……。咲がいなくなって、惰性で結婚した夫なんかに捧げてしまった私の唇でいいの?」


 結構、最低なこと言っているぞ、コイツ。


 うん……円加お姉さんが母さんの友人だったことは確かだな。普通の人間なら、あの強烈な性格をしている母さんと深くは付き合えない。この図太い神経している円加お姉さんなら、なんとなく母さんとも気が合いそうだ。

 どんな付き合い方をしていたのかは、想像したくはないが。


「いいぜ。でも俺の初ちゅ~だからな。ガガガッ!と奪ってくれ!」

「初チュー!な、な、なんで子供がいるのにチューしたことないの!?おかしい……何かがおかしいわ!」


 おかしいね。俺と母さんを混同させすぎて、もう俺が母さんになってる。ちょっと嬉しい。


「でも私、そんなこと気にしない!さ、咲とキスできるなら、私に気にしないもん!」


 これがメスの顔――というかオスの顔。完全に俺を食いに来ている、野性の獣の目をしている。

 あーあ、俺が初めてなのは本当なのに。まあかなり美人だし、おっぱい大きいし。あ、キスしてる間におっぱい触っちゃおうかな。柔らかくて、気持ちよさそう。


「いくよ!いくよ!いくからね!」

「いいよー」

「いく……いく……いくよ。いっちゃう……ああ、本当に、いく――!」


 俺も避けるわけでも、受け止めるわけでもなく、ちょっと気を使って顎を上げて、棒立ちすると、ズドドンと地を蹴る音と共に、円加お姉さんは俺の唇へと飛び込んでくる――

 瞬間、目の前の空気にゆらめきが生じた。


「不可視の防壁」

「あう」


 人の顔面が壁に当たる瞬間を間近で見たのは初めてで、なまじ動体視力が発達しているせいで、円加お姉さんの鼻の先がめくれてちゃんと鼻の穴が見えた。唇も壁に押し付けられて、ちょっとたらこ唇に見えてしまう。

 不細工だったけど、安心してほしい。鼻の穴は綺麗だったし、唇だって見方によっては大分エッチだ。


「いててて」


 円加お姉さんは少し前かがみになって、一番ダメージがあった鼻を手で押さえ――いや、唇を指でなぞっている……?もしかして俺とキスした可能性を追っているのか?

 恐ろしいな。


「姉さん、おふざけはそこまでだよ」

「あれ?ちょっと怒っている?」

「こんな人が母さんの友人だったなんて失望しているだけ」


 そっぽを向く碧。


「そう?俺はなかなか好きだぞ、こういう狂った大人。こんな溜息多き大都会で働いてるんだ。好きだった女の娘とキスしたくなるさ」

「ならないよ!確かにストレスはあるかもしれないけど、同性とキスはしたくならないよ!それも好きだった人じゃなくて、その子供だなんて考えられないよ!」

「分からないだろ?もしかしたら、碧が俺の娘とキスしたくなるかもしれない」

「ん~~~~!どこからツッコめばいいんだよ!」

「お姉ちゃんのこと、そんな目で見てないやい!って?」

「まずは姉さんに子供ができることが疑わしいところだよ!」

「失礼な。俺だって女なんだぞ。あ?なにか?男が引いちゃう、女の子の体の事聞く?」

「やめてよとも言いづらいよ……そもそも姉さん、男と子供作ろう、だなんて思わないでしょ」


 まあな。


 強いて言えば、俺は男より女の方が好きだ。でもそれは女に好印象を抱いているのではなく、男に悪印象を抱いているからだ。その理由は――やっぱり、母さんの影響なのかな。いや、絶対そうだ。


「母さんみたいに強姦されないと、俺も子供は産めねえな」


 聞いた円加お姉さんは、声にならない叫び声をあげて倒れたのであった。


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