俺に熱血という言葉は似合わないが、紅という名にはちょっと似合う 29
学園へ行く前日の夜。
今日でやっと精神修行が終わると、清々する気持ちでいた俺に、ググはこう言った。
「全然ダメなまま終わったんじゃーーーー!」
そう嘆いた。
「なんで?ほら、眼が黒くなった」
「大前提までしかクリアせんかった………」
ググは肩を落とした。
「まあいいじゃん。これで魔人の力は隠せたわけだしさ。要はこれがコツなわけで、コツを掴めば、他はスルスルっと習得できんじゃない?」
「そんな簡単なものじゃないから修行をしているのじゃ……でも仕方ない。学園に行かせないわけにもいかない………くれぐれも魔力を使ったらいかんぞ!今の紅じゃ、すぐに神力の膜が破れてしまう」
「うん、なるべく使わない」
「なるべくじゃなくて、絶対じゃ」
「絶対じゃなくて、なるべく!」
「我をからかうな!」
と、こんなやり取りがあった。
結局、俺は魔人の力を使って真希と秘密を共有したり、一度教師をぼこぼこにしたりしたわけだが、なるべくという約束だったので、ギリギリセーフだろう。
俺が言いたかったことはそうではなく、魔人の力を勇者の力で隠しながら使用する――魔力偽装はまだ不完全ということだ。これはまだまだ成長の余地があるという意味ではあるが、魔力偽装の成長は勇者の力の成長と比例するため、一朝一夕というわけにはいかない。
現在の俺の限界を教えておこう。
一回戦目のあの試合でも使い方が限界だ。
寒空の下で何とかついた火くらいの魔力で、俺の膜は限界を迎えた。それを数秒でも続けると、破裂するだろう。つまり、魔力の先っちょを一瞬しか使えないという事だ。
ここからは俺の見解。
魔力の力の一端だけで、並みの勇者なら倒せるだろう。しかしあの審判の神力を見る限り、勇者部隊を倒すのはもちろん無理だ。そして一組の連中を倒すのも無理だろう。さらにここに神技という要素が加われば、クラスではなく個人での評価が必要になる。
これはあれだ………予想外ってやつだ。
真希に大見得を切った時には、もっとやれると思ってた。
そう、あの時の言葉を借りるなら――
「コツさえつかめば、後はスルスルっと習得できんじゃない?」
と楽観的に物事を見ていたのだ。
学園に来てから一か月、何もしてこなかった俺が、あそこまで出来るようになったことが奇跡といってもいい。それくらい難しい技で、それくらい俺がサボっていたという事だ。
「でも――これでまたサボったら、ググに叱られるし……真希にも失望されちまうな」
あんな大胆にキスしておいて、一歩目で躓くなんて、ダサくて見てられねえ。
他人から見て、授業もサボって何事にも無気力な俺はダサいんだろうけど………自分で自分をダサいなんて思いたくねえからな。
「紅様ー!頑張ってー!優勝してー!」
「紅様ーーー!勝ってーー!」
「紅様ーー!私も抱っこしてほしいです!」
応援団も背中に背負っているわけだし………まあ、これでやる気が出るかと言われれば、微妙なところではある。所々で「キスしてー!」とか「結婚してー!」とか、一回に明らかに男の声で「抱かせろー!」って聞こえたし。
んで、俺の相手は――
「今日の朝ぶりね~天飛ちゃん」
「気色悪りい呼び方すんじゃねえよ。きもちわりい」
「さすが五組から落ちてきただけのことはあるな。六組、全員吹き飛ばしたか」
「そのことは言うんじゃねえよ!すぐに五組に帰るんだ。六組にいた事実なんか消してな」
「寂しいこと言うなよな……お前はこのままずっと、六組の教室の扉を開け続けるんだぜ。一か月の間、俺と一緒のクラスでよかったって光栄に思いながらな!」
ま、俺授業に出てないんですけどね。
奴は怒りで震えながら剣を抜いた。普通の剣だ。なんの特徴もない。
「それでは構え――」
両手に短剣を持つ。
油断もない。
驕りもない。
澱みなく、
焦りなし。
「始め!」
天飛は愚直に突進してくる。
紗耶香よりも遅く、大型動物のようにドシドシと床の奥に埋まった土埃を立てて走ってくる。そして大ぶりな剣の攻撃――俺はそれを片方の短剣の刃を使って、受けとめ、軌道をずらし、避ける。
口笛を吹いた。
「なかなかのパワーだ。ここまでの相手の中でナンバーワン」
「あんな奴らと比べるな――!」
横振りの攻撃――その瞬間、俺はわき腹を見た。今、あそこに俺が剣を投げれば、試合終了だ。魔人の力を使わずとも勝てた。しかし俺はそれをしない。
奴の攻撃を一本の短剣で止める。
「足腰が全然入ってねえ」
「うるせええよ!」
さらに力を入れてごり押しして来ようとする天飛。俺は短剣の角度を少し変えて、刃と刃を滑らせて、受け流した。すぐに奴は体勢を立て直し、俺へ縦の大振り。それを二本の短剣で受け止めた。
少し押される。
「どうしたよ!こんなもんかよ!やっぱりお前は出来損ないの姉だ!一生弟には敵わない。それどころか俺にだって勝てねえんだよ」
「五組に善意を置いてきたのか?もし五組に帰れるんだったら、悪意は六組に置いて行けよ」
「またふざけたこと言いやがって!それで俺を煽ってるつもりかよ」
「俺だってちょっとは考えたんだぜ?ちょっと言い過ぎたかなーって。お前が五組から落ちてきた奴だって聞いてな。申し訳ない」
「どこまで人を煽れば気が済むんだよ!」
天飛は剣を振りきって、俺を弾き飛ばす。体勢的はあっちの完全有利。それに乗じて、突進攻撃を仕掛けてくる。短剣を投げることによってそれを止める。
「くっそ………!」
ここでさらに短剣で足を狙って投げれば、やっぱり俺の勝ちになるんだろう。
見逃す。
「いくぜ、元五組―――」
魔族の炎をちょこっと燃やし、青色の炎に被せ、一瞬だけ大きく息を吹く。
ブワッと燃えた魔人のオーラは勇者のオーラの表面を膨れ上がらせて、一瞬で萎む。その一瞬のエネルギーで、俺は天飛に突撃する―――
思わず顔を狙って殺さないように――ちゃんと奴が俺の剣を、剣で受けられるように、真正面から攻撃した。
「くっ………」
「どうしたよ!早く五組に戻りてえんだろ?六組から離れてえんだろ?じゃあ俺くらい瞬殺してみろよ!」
「この――出来損ないがああああ!」
天飛は剣に力を入れるが、片膝をつき、上から俺に短剣一本で押さえつけられている今、こいつは反撃できない。
剣を震えるまで握り、歯を食いしばり、何かを言いたげにしている。このどうしようもない衝動を、剣ではなくて言葉にしようとしているのだ。ここまでの戦いで、剣ではどうにやっても表せないと知ったから。
しかし俺はそれを邪魔する。言いたいことがあったんだ。
「言葉を覆して悪いけど、別に申し訳ねえなんて思ってねよ。それにあれは煽りだから本気にしなくていい。だけどな――最後の言葉は本気だぜ?」
違うな。今日、六組の連中と関わって、試合をしてみて、本気になった言葉だ。
「自覚しろよ。お前は最底辺の六組で、ただの生徒だ。そんなもん、六組の連中はとっくに自覚しているんだぜ、旦那」
「俺は六組じゃない……俺は六組じゃねえし、それが頑張らない理由になんのかよ!」
「頑張らない?」
「そうだろ?そうやって自分たちは最底辺だって言い訳して、上を目指さずに頑張らない!努力しない!悔しくないのか!お前だって出来損ないって言われてんだぞ!姉なのに弟に負けてるんだぞ!それなのに……馬鹿にされているのに、なんで奮起しないんだよ!」
自分に言っているようにも聞こえたその台詞は、アリーナ中に響き渡った。六組の最終試合。すでに横では五組のトーナメントが始まっている。しかしやはり注目は決勝戦。六組以外の連中も見ている。もちろん六組の連中だって見ている。
これは天飛自身。そして六組に向けられて放たれた言葉だ。
でも今のこいつじゃ、自分の見直して反論と反省はできない。六組の奴らはもう、俺とこいつで全員潰した。今は観客席で俺を応援している。誰も天飛の言葉に反論できない。
なら、俺が俺の言葉で、何もかも全否定するしかない。
「じゃあ……」
「あ?」
「じゃあ、何を頑張ればいいんだ……何を努力すればいいんだ?教えてくれよ……教えてくれよ――旦那!」
俺はこの時、笑っていただろう。
短剣を天飛の剣から離し、こいつの胸を前蹴りする。魔人の力は使っていない。そこまで天飛は吹っ飛ばない。でもかなり後退させた。
俺は地面に落ちているもう一本の短剣を拾って、走る――!
「見てみろよ、この小さな小さな勇者の力を。これで何を頑張ればいい?これで何を努力すればいい?頑張れ?努力しろ?じゃあ、こっち側に立って何をすればいいか考えろ!」
二刀の剣を同時に振り、それを天飛は転がりながら避ける。
「怠惰?怠慢?怠け者?じゃあどうしろってんだ!どう頑張ればお前らみたいに強くなれる?どう努力すれば、お前たちと同じクラスに行けるんだよ!」
天飛を追いかけ、剣を振り、奴は剣でそれを防ぐ。
「そんなの……自分で考えろ」
「―――考えたんだ!」
天飛の肩が震える。それに乗じて短剣の力を強め、奴にググっと顔を近づける。
「考えたんだよ、お前が放棄したこの問題を――あいつらは考えて、見つけたんだ。神力もなければ、神技もないアイツらに出来ることは………」
体を押し、奴を後ろへよろけさせ、追撃を図る。
「自分に合った戦闘スタイルを見つけること!小さい神力をどう使うかを考えること!基本的な戦闘技術に立ち返って、相手をいかに追い込むかを考えること!」
剣を振る。剣を振る。剣を振る。それを何とか防ぐ天飛。
「俺の一回戦の相手はな!自分の身体能力に合わせて、神力をスピードに使ってた……それもただのスピードじゃねえ。突進の速さはもちろん、次の攻撃に移る時の速さもだ。それで相手に隙を与えまいと戦ってた!それに比べて――お前は!」
剣を弾いて、天飛のわき腹に蹴りを加える。
「なんで連中がお前に負けたか……わからねえ――」
俺は鼻で笑い、今の自分の言葉に首を振って、次の攻撃に移る。
「いいや、分かってるさ――分かってるよ!そんなもん!神力がそれくらい絶対的だからだ。どんなに試行錯誤したって、アイツらは勝てない。神力任せの――!」
わき腹を攻められて、体勢不十分な天飛に剣を振る。なんとか奴は剣で受けたが、全く力は出せていない。
「お前たちみたいに、隙が大きくて!戦い方が雑な奴らに勝てねえんだ。そしてお前たちも気が付く時が来る、アイツらが考えてきたことが重要さに。そうすればもっとあいつらは勝てなくなるなあ!」
「……さっきから、お前は、何が言いたい?」
「分かんねえか?あーっはっはっはっはっは!分かんねえか、この面白さが!」
「何が面白い!」
「あいつらはそれでも弱いなりにやっていくんだよ、神力がなくとも戦えるように考えて!時には大きな権力を持った教師に嫌々従って!上を見上げたら泣いてしまうくらい強さに渇望して――なんでそんなことするか、教えてやろうか?」
天飛の剣を弾く。体勢低く、突進しながら肘で腹をえぐる。俺は一刀の短剣をしまい、拳で奴の頬を殴った。大した威力じゃないだろうが、天飛は満身創痍だ。
「……勇者だからだ。この学園にいる以上、勇者を目指さなくちゃいけないからだ。勇者になる宿命にあるからだ!笑っちまうだろ?弱いのに、勝てないのに、それでも勇者を目指すってよ!上のクラスにも行くことも諦めてる奴らが、勇者になることを諦めてない。それはな積極的なもんじゃない。そう生きてきたからだ。諦めてぬるま湯につかればいいのに、そう生まれたて来たなら仕方がない!同情するぜ、全く――よっ!」
強く天飛の肩を押した。抵抗はしてこなかった。無力に尻もちをついた。そして俺は短剣を向けた。
「……その頑張りや努力は無駄かもしれねえよ。でもな、その頑張りや努力をバカにはできねえよ。無かったことにはできねえよ。俺も―――誰もな。同じ努力を求めんな。お前はそんな六組で、等身大の自分を見つめなおせ」
くるくるくると魅せるように短剣をしまう。俺を見上げる天飛に背中を向けて、その場から立ち去った。
「試合終了。勝者、紅・ファニファトファ」
拍手が聞こえ、歓声はない。
俺は六組がいる観客席を見ることはしなかった。
なぜか。
そんなの六組の連中を語ったが、結局俺は二時間ちょっとしかアイツらと接していないからに決まっている。碧に言わせれば、「毎日、授業サボってたくせに、なに分かったような口きいているのさ」だろうな。
さて、なんて言われるだろうな。
あんだけ嘲笑ったんだ。紅様ファンクラブの会員は減ってしまうな。




