碧……冗談くらい最後まで言わせてくれ。 3
運転席の窓から外を見ると、そこには電車から降りた人を襲おうと、のたのた走る人型の黒い人間――肌は焼けただれて、眼球は飛び出て、確かに人の形は保っているが、それは異形――人間とは言い難い姿をした化物だった。
俺は興奮する。
「すっげー!流石大都会!こうでなくっちゃ、こうでなくっちゃ!」
「こんな時まで、姉さんは!ほら、早く助けるよ!」
「あっはっは!暴れんぜ!」
俺は足元に置いてあったスーツケースを蹴って、電車から飛び出る。碧も手に持っていた荷物を放り投げて後に付いてくる。化物と逃げる乗客の間に入った俺たちは拳を構えた。
化物の数は全部で五体――
「俺が四体、碧が一体な」
「――!それってまさか……」
「いくぜ!」
「ちょっと、姉さん!」
俺の自慢の黒髪に似合う黒い瞳を、赤く染める。
ああ、興奮で笑えてくる。ここ最近ずっと抑えていた力が、漲る――!
俺の力なら、魔物に近づく必要もなければ、一歩も動く必要もないのに、高揚して思わず走ってしまう。関係ない――いいんだ、いいんだ!攻撃なんて近ければ近いほど効くんだから。
楽しみ、楽しみ、楽しみ!!母さんでもなく、碧でもなく、ググでもない――殺しても誰にも文句を言われない魔物!会いたかったぜ~こんなに早く会えるなんて思わなかった!
「俺の好きをおめえにあ、げ、るっ!」
我慢できずに、俺は滑りながら足を止める。
まだ魔物に手の届かない距離で、拳を構える。息を細く吐きながら、圧迫した肩甲骨を解放するように拳を前に突き出した。
「空砲衝撃拳!」
瞬間――触れていないのに、一体の魔物の腹が貫かれた。
空気を圧縮したり、空気の振動を増幅させたりすることによって、拳の一突きだけで遠距離からでも攻撃できる俺の得意技。
穴の開いた化物は倒れて転がった。
「化物の癖に腹が無くなっただけで、死んでんじゃねえよ……つまんねえな。歯ごたえがねえぞ」
残り四体の魔物。
俺が担当するのは、あと三体。俺が殺したいのは、太ってる奴とガタイのいいやつ、あとは……どっちでもいいや。
「碧!太っちょと肩幅と、なんか舌出してる奴――俺の!」
「はあ…………、姉さん」
俺の後を追っている碧から、普段の三倍深いため息が聞こえた。
「そのため息、増幅させて街壊すか?」
「シャレにならないよ!?」
「なら、今は魔物ぶっ殺すことだけ考えろ!」
「僕は姉さんみたいに短絡的じゃないんだ!後で怒るからね!」
「怒りは全部、この化物たちに向けろ――よっ!」
魔物と接触する前に、走る勢いを殺さないようにステップを踏み、助走をつけ――バク宙で一回転しながら―――
「空砲衝撃斬!」
蹴りで空を切り裂く――狙ったのは舌をだらだらしている奴。理由は気持ち悪いから。いや――魔物は全員気持ち悪いんだけれど。
舌出し魔物の体は斜めに真っ二つになる。
ん~~何とも痛快。人殺しってこんな感じなのかな?
お仲間が殺されたせいか、残り三体の化物は叫び散らし、俺を標的にスピードを上げて走る。これがなかなか速い。これじゃあもう、中距離攻撃は無理。すぐに接敵してしまう。
あ、これってピンチってことじゃないよ?赤い眼をギラギラさせるとこ!
「やっぱり都会って最高だな!乗った事ない電車!見たことない街並み!そして――戦った事ない魔物たち!」
「集中してよ!もう目の前!」
「集中しまくり!ガンギマリ!碧こそ――油断してたら、全員俺が殺しちゃうぜ?」
「うぐっ……魔物と戦う経験は、積みたい…………」
「じゃあ、手打っとけよ!もう俺、我慢できないから!」
「あんまり暴れないでよ――不可視の防壁」
碧の眼がじんわりと青く染まる。
空気が断絶される――耳元でひゅんと風が靡き、そこにモノがある気配がする。手をやると、視認できない壁にあたる。空気を感じてその透明な壁の枠を見ると、壁は俺と碧、そして魔物を二対一に分断した。
「おい!そのでぶっちょ、俺のだろ!」
「しょうがないでしょ!無理すれば、姉さんの邪魔になる!」
「いい心掛けだが……無理してでも、俺の要求通りで俺の邪魔にならないような壁を作りなさい!」
「無茶いうな――!」
壁に隔たれている以上、俺が相手しないといけないのは肩幅くんとガリガリ骨マッチョだ。我儘言って、この透明な壁をぶち壊してもよかったんだが、そうなると本格的に喧嘩になるのでやめておく。
この透明な壁は、碧の得意技だ。俺が空気を操るのを得意としているようなもの。
創造できる壁は大小問わず、さらに位置も問わない。碧の感知できる場所になら、自由に壁を創り出せるのだ。視界に入っている場所はもちろん、視界の外でも壁を創る位置を正確に把握できているのなら、問題ない。
碧は一段スピードを上げて、魔物へ。
突進してきた魔物の前に壁を立てて、行く手を阻む。そして止まった魔物へ蹴る――その瞬間に自分の壁を消し、接触可能にしている。勢いのある蹴りに、魔物は飛んでいく。碧はそれを追いかけていった。
「――っと、ちょっと待てって………今、弟を見守ってんだ」
俺は碧を目で追いながら、二体の魔物の同時攻撃を跳びながら躱す。
透明な壁を駆使して、超至近距離――拳で戦う碧。
碧の攻撃は一見大振り――魔物でもそれを躱して、反撃に一手に出られる隙のある攻撃だ。しかし魔物はその攻撃を躱すことはできない。躱そうとしても、不可視の防壁によって阻まれるのだ。そして大振りな分、威力の高い攻撃を食らう。
俺はあの戦い方が好きだ。
冷静な碧が壁を乱雑に作り、強引に攻撃する完全インファイト型。
見えない壁という能力を持っていながら、防御的に戦わない。虎視眈々とカウンターを狙うという煮え切らない戦い方ではなく、自分から攻撃を仕掛けるのは、さすが俺の弟だと誇れる。
まあ、あの戦闘スタイルが好きな理由は、碧の得意技も含めて、全部が母さんの真似っこだからだろう。かなり再現されている。
「あーはいはい、ちょっと相手したげますよ」
熱烈に自分をアピールしてくる魔物たち。
顔が汚いから、減点。清潔感がない、減点。弱い、減点。合計、十点。この十点は、俺のために死んでくれるから。うん、かっこいいぞ。男らしい。
俺はガリガリ細マッチョの攻撃を躱し、コイツの後頭部に向けてデコピンした。ばちゅんという空気が破裂するような音と共に、ガリガリ君の頭が吹き飛んだ。
次に肩幅くんが俺を抱きしめるような攻撃を仕掛けてくる。
「おっと、まだキスもしてねえのに、抱くのはダメだろ。順序が大事だ――空砲衝撃斬」
俺は肩幅くんの腕から抜け出すように跳ぶにながら、奴の頭を狙って手刀を振る。すると、肩幅くんの頭は斜め横にスパッと切れた。
「あーあ、もう終わっちゃったよ……」
着地するして、碧の方を見る。
碧も壁を駆使して宙へ跳びながら、太っちょの顔面に蹴りを入れて戦闘終了。俺のように分かりやすく殺していないが、魔物は力なく倒れた。多分、死んでいる。
「ん~………」
不完全燃焼。
魔物のうわさは聞いていたが、これほどまでに弱いとは。『人間の脅威!都市陥落目前!』なんて見出しを見たから、ワクワクしてたのに。
ああ、言っておくけど、俺は新聞は見ない。ググに教えてもらっただけだ。
「お疲れ~い」
「…………」
全ての化物を倒した俺たちは合流する。碧は青く光った眼を黒色に戻し、俺を睨む目はいつもよりも黒々しい。
「何で怒ってるんだ?」
「姉さん、目が赤いよ」
「え、うそ……勝手に涙が――」
「違う」
ぴしゃりと一蹴される。この声色はガチおこだ。
「その力はここじゃ使わないって約束だったじゃないか。なんで早速破るんだよ」
「約束は――」
「約束は破るためにあるなんて言わないでよ」
「俺は絶賛――」
「俺は絶賛反抗期なんて言わないでよ」
「ぉ――――」
「お前だけ力が使えて、俺が使えないなんてずるいなんて言わないでよ」
「まだ何も言ってねえよ!」
こんなおふざけのようなやりとりなのに、碧の目は情深く真剣だった。ホントこいつ俺の嫌なことをやるのがうまいな。弟にこんな目で見られたら、お姉ちゃんとして譲歩したくなっちゃうじゃない!
俺は手を上げて、赤く光る眼を閉じて黒色に戻す。
「はいはい……なるべく守れるようにしますよ」
「なるべくじゃなく、絶対!」
「絶対じゃなく、なるべく!」
わざと女の子みたいな声を出して、駄々をこねる。
「ふざけないでよ!絶対って言ったら絶対だからね」
「う~~ん」
「う~~ん、じゃないよ。ここは人間の世界なんだ。僕らが半魔だってバレたら、学園からも追放されちゃうんだよ」
「あ!そう――」
「そうすれば、学園に通わなくて済むな!じゃないんだよ!」
「せめて最後まで言わせろよ!」
「………僕は――僕は姉さんと一緒に学園に通いたいんだ!」
俺は困って、首の後ろを掻く。
碧本来の目の色である青には光っていないが、子供の頃から変わらない輝く瞳に、私は弱い。こいつ意識的にやっているんじゃなかろうな?こうすれば姉さんは絶対に言う事聞くって………そうだったらお姉ちゃんショック受けちゃう。
「あ―もう分かった、分かった……お前のお願いは聞くよ。学園から追放されないようにはするよ」
「姉さん!」
嬉しそうな声だ。これで碧も納得しただろう。
「………約束を守るって言ってないよね?」
冷たい声になった……
「約束しなければ、約束を破ることもないだろ?」
「意味わかんないし、破る気マンマンじゃん」
「だって姉さんが直情的なの知ってるでしょ~……俺、絶対使っちゃうよ~」
「気持ち悪い声出さないで。言ってるでしょ?力を使ったら、一巻の終わりなんだよ!」
「大丈夫だ!俺はお前を愛している!」
「脈絡ない!?」
「お前の害になるようなことはしないって言ってるんだ。そこだけは、俺を信じてくれよ」
「う~~~~~~~~~~ん」
碧は腕を組んで考えている。
ここは人間の街。魔族はいない。碧の言う通り、ここで俺たちが半魔だとバレたら、学園には通えない。実家に出戻りだ。
でも俺は感情のままに生きる。多分、約束しても守れる気がしない。
碧はこんなことを考えていそうだな。
約束しないと、姉さんは躊躇なく力を使う。やっぱり約束はしておいた方がいい、と。
「うん、やっぱり約束して!そうじゃないと、姉さんは抵抗なく力を使うでしょ。使うにしても、一階僕の顔を思い浮かべられるようにする!だから、はい!約束!」
ほら。
「約束のキッスは?」
「口約束だけど、その口約束じゃない。姉さん、力は使っちゃダメ。いいね?」
「はいよ~」
こうなったら碧は頑固だ。お姉ちゃんが退くしかない。
同い年なのに、俺の方がどんどん大人になっていくよ。最近、碧は我儘しか言わない。全く、困った弟だ。
こうして俺は、さっきみたいな殺戮ができなくなった。
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